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4.スーダンスの決断

 三つに分かたれた緑の巨人を包むのは、天さえ灼き尽くすほどに燃え上がる炎であった。
 動きは鈍く、さほどの物でもない。人型に転じた九尾の白狐は巨人の周囲を駆け抜け切り裂き、周囲に舞い踊る狐火は巨人の再生が追いつかないほどの速度で切断面を灼き尽くしていく。
「万里様、お退き下さい」
 そんな九尾の白狐の通信機に響くのは、イズミルからのドゥオモの声だ。
「我が軍の兵やペトラ達が頑張っているのに、そういうわけにもいかないでしょう」
 本部の指揮をヒサの双子に任せ、万里は手薄な領域の掩護に向かっていた。
 ただでさえイズミルの兵達は先程の戦いで疲弊しているのだ。動ける者なら、例え女王でも……いや、女王だからこそ、率先して戦いの場に立つべきだろう。
「そもそも私達の立場は……」
 困り顔で呟くのは、ヒサの妹だ。
 もしミラコリが再び異変を起こしたなら、その場で首を刎ねてくれるのではなかったのか。彼女の言葉を汚名返上の最後の機会と取り、ヒサの双子はイズミルの女王に今一度の忠誠を誓ったはずなのに……。
「諦めろ、ドゥオモ。こうなった万里は、梃子でも動かん」
「……存じてはいますが」
 それは、九尾の白狐に続いて戦場を駆ける灰色の騎士も同じだろう。
 それでも言いたいのが、人情というものだ。
「他はどうなっています」
「南北は大丈夫です。やはり西が一番の激戦区かと」
 敵の本陣……空中の世界樹は、イズミルの西側にゆっくりと近付いてきている。そこから落ちてくる敵だけに、最も陣が厚いのもまた、西側だった。
「分かりました。引き続き、私はここで遊撃に回ります」
 そう言う間にも三体の緑の巨人を灼き尽くし、九尾の白狐は四つ足に転じる。近接戦の間はともかく、移動するなら四つ足の方がやはり速い。
「……ペトラ。カズネ……」
 疾走を始めた白狐の中。万里が案じるのは、上空に戦いの場を移したらしき子供達の事だった。


 一気に彼我の距離を詰めるのは、双刀を構えた犬頭の騎士だ。
 応じるように動く異形の動きは、十分に見抜けるものだった。ダンの慎重さと機転を欠き、残っているのはひたすら前へ進もうとするカズネの悪い癖だけだったからだ。
 そんなカズネが今までペトラに勝ち越していたのは、生来の決断の早さと思い切りの良さ。そして、装甲の厚さゆえ。
「……ちっ!」
 振り下ろされた片手半を腕ごと断ち切った所で砕け散ったのは、二本の刃。
 危険と判断したセノーテの反応だろう。だが、後ろへ引っ張られる感覚の中で捉えたのは、いまだ茨の再生を始めることなく宙を舞っていた異形の腕だ。
 いける。
 まだ、退く時ではない。
「セノーテ!」
 僅かにひねった体の動きと視線の向きに、少女の翼は声より迅く反応する。翼のひと打ちで、伸ばし、それでも届かなかった先に、手が届く。
 ようやく茨に絡め取られた黒金の指から強引に片手半をもぎ取って、猟犬は大地をカウンター気味に蹴り付けた。翼の羽ばたきを受けた加速は、茨に引き戻される腕よりもはるかに迅く、鋭く。
「ああああああっ!」
 エイコーンのどこに何があるかは、幼い頃からの手合わせで体がしっかりと覚えていた。
 機体中央。絡み合う蔦の奥に輝くコアと呼ばれた青い水晶状の部品は、例え貫いたとしてもカズネを傷付ける事はない。
 腕の修復に気を取られた所に加わった、こちらの予想外の動き。そして、周囲に生まれた無数の閃光に眩まされてもいたのだろう。
 黒金の異形は大盾を構える暇もなく、ペトラの片手半にしたたかに貫かれ……。
「今です!」
 外部スピーカーに響くセノーテの声と共に、貫いた剣が青く輝く。
「それが、道って奴か!」
「中に入ったら、カズネに会う事だけを考えて!」
 まるで水晶の色が移ったかのような片手半の輝きの中に、ダンは吸い込まれるように消えていく。
「……やった!」
 だが、上手く行ったのはそこまでだ。
「ペトラッ!」
 コアへの干渉に意識を向けていたセノーテの回避では間に合わない。
 異形の面頬の内側から放たれた閃光に、片手半を握りしめていた猟犬の両腕が蒸発する。
 その反動でコアから抜き放たれた片手半も宙を舞い……。
「………くうぅっ!」
 突き刺さった黒金の刃の傍ら。
 両腕を失った猟犬の騎士は、失ったバランスを立て直せずに、がくりと片膝を着く。


 そこは、一面の闇の中。
「ここが……世界樹の中って奴か……」
 泥か油に沈み込みでもしたように重く、冷たい場所だ。世界樹の中という事前知識がなければ、それこそ神揚神話に伝わる冥府に迷い込んだと言われても信じてしまうだろう。
「セノーテ……って、聞こえないか」
 どうやら頼みの思念は通じないらしい。懐の髪束を握って意識を集中させても、それらしき反応は返って来なかった。
「ククロさんから聞いてたより、随分と殺風景な場所だな……」
 整備の師匠がかつて見たという世界樹の内側は、滅びの原野に似ていたという。そんな師匠の説明から、一つのことを思い出す。
 この世界では、想いが形になる。
 故にセノーテも、カズネの事だけを考えろと言ったのだろう。
 彼女達の助言に従って背中の翼を広げ、一人の少女と会うことだけを願いながら、ダンはゆっくりと無明の闇の中を進んでいく。
 やがて見えてきたのは、その場にぽつりと立つ、一人の影だった。
「あれは……!」
 それが誰か、ダンは知らない。
 けれど本能で理解する。
「風然、てめぇぇぇ……ッ!」
 背中の翼を羽ばたかせて一気に加速。大きく拳を振りかぶり……。
「だめーっ!」
 その寸前で拳が止まったのは、一人の少女が忽然と飛び出してきたからだ。


続劇

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