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「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 それは数百年の間、ずっと繰り返されてきた言葉。

「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 存在と引き替えに巻き戻した歴史。
 弾き出された刻の向こうで彼女が見守る中。
 甦った愛しき者がした事は、新たな歴史で彼女を知らずに笑って過ごす事ではなく……彼女への想いを歪ませたまま、世界を薄紫の霧で包み、南と北に退ける事だった。

「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 魂が流れ着いたのは、刻を越えて存在する古代の遺産。
 大いなる英知の片隅で、彼女が静かに見守る中。
 彼女の遠い裔が行なったのは、愛しき者の裔と結ばれる事ではなく……彼女の遺した力を使い、巨大な帝国を築き上げる事だった。

「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 幾度も幾度も繰り返される時巡り。
 世界の果てで彼女が泣きながら見守る中。
 彼女の裔は、ひとり、またひとりと歴史の外へと弾き出されていく。

「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 その光景が繰り返される度に心は乱れ、擦り切れ、それでも刻を外れた魂は、燃え尽きることを許されなくて。

「こんなはずじゃ、なかったのに……」
 全てを終わりにしたい。
 そう願いながらも、それは叶わず。

「こんなはずじゃ……」
 涙も尽き、声も枯れ果てたそこに伸ばされたのは、小さな手。

「こんな……はずじゃ」
 神でも、王でもない。
 ただの少女としての名を呼んでくれた、その手は……。





〜The last one step〜

第6話 『最後の一歩』




1.再会と、離別と

「ペトラ!」
 駆け寄るのは、燃える翼のバルミュラから飛び出した白銀の髪の娘。
「セノーテ!」
 飛び付いてきた小さな身体を力一杯抱き留めるのは、赤い猟犬から降りていた黒髪の少年だ。
「たくさん……待たせちゃったね。ごめん」
 イズミルの街で会った、彼女を知らない彼ではない。十三年間ずっとずっと待ち侘びてきた、セノーテを知っているペトラである。
「……長かった……です」
 掛けられる声も、撫でられる手も、あの日のそれと同じもの。
 十三年という時間は楽しく濃密な、あっという間の時間であったが……それと同時に今までの数百年と同じか、それ以上に長いものでもあった。
 語りたいことは、山のようにある。
「でも、ありがとう……」
 聞きたいことも、山のようにある。
「あらあら」
「ば、万里様……ソフィア様まで……」
 セノーテが周囲の状況に気付いたのは、穏やかな笑い声を向けられてから。
 白銀の髪の娘はペトラの腕の中。表情の薄い顔にわずかに朱を散らし、どこか居心地が悪そうに彼女達から視線をそらしてみせる。
「なら後は、あいつだけか……」
 そんな少女を微笑ましそうに眺めていたソフィアが見上げたのは、西の空。
 イズミルを越えてさらに彼方。それだけの距離がありながらはっきりと形が見えるのは、その物体が桁外れの大きさを備えていたからだ。
「あれって……」
 空飛ぶ大樹と形容するのが相応しいだろう。太い根を風をはらませるように大きく広げ、大樹はゆっくりとこちらに向かってその姿を進めている。
「ウナイシュ島の世界樹よ」
 誰にも気付かれないほどの欠片が残っていたのだろう。それは十三年という時間を掛けて自らの力を取り戻し、彼女達の前に再び姿を見せたのだ。
 本来ならばウナイシュ島にいる時点で終わらせておきたかったのだが……一度目は緑の巨人に過去へと飛ばされ、二度目に来た時は手遅れだった。成果と言えば、ダンを拾えたことくらいだ。
「……風然」
 十三年前のウナイシュ島の決戦の果て。セノーテの力を利用しようとしたヒサ家の長は、大地の底へと姿を消した。
 その時はそれで全てが終わったと思っていたが……それは、始まりにしか過ぎなかったのだ。
「それだけではありません。マグナ・エクリシアに、メガリ・イサイアスから派遣された先遣隊が向かっています」
「……カイトベイか。このタイミングで動くとはな」
 恐らくそれも、一連の事件と連動するように仕組まれたものなのだろう。アレクは闇に染まった記憶の中、ドゥオモ達が弟王子と連絡を取ろうとしていた事を思い出す。
「万里様! ソフィア様!」
 そんな彼女達の元に、転移の術で音もなく姿を見せたのは……。
「ドゥオモ、ミラコリ!」
 緑の巨人を駆っていた、ヒサ家の双子だった。
 周囲は一瞬緊張に包まれるが、彼らの雰囲気は今までとは違うものだ。
「姫様とスーダンスが!」


続劇

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