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7.復活の翼

 構えられた槍を断ち切る勢いで振り下ろされたのは、赤く塗られた大太刀だった。
「この、クソ王子がぁっ!」
 力任せに槍を弾き、浮いた体に次の一撃を叩き付ける。それを防ぐ事が出来たのは、ひとえに灰色の騎士の迷いの無さと、自在に間合を変える両腕のおかげだろう。
 しかし、その槍に意思はない。
 相手を圧倒するための怒りも、ねじ伏せる殺意も……原動力となる闘志さえ、あやふやなままだ。
「アーレスさん、加減して下さいね、加減!」
 九尾の白狐と相対しながら呟くのは、赤い犬の意匠を備えた人型の機体だ。ただ、こちらの構えた二刀は未だ迷いが抜けきらず、噛み構えられた白狐の斬撃を受け流すだけに留まっていた。
「義体なんだから手足の二、三本はどうにでもなるだろ」
「そ、それは……!」
 赤い獅子を模したトリスアギオンを噛みつかせんばかりの勢いで、アーレスはアレクを攻め続ける。
 理屈は間違ってはいない。しかし理屈を理解する事と、それが実際に形にできるかは、全くの別問題だ。
 そして少年の刃はまだ、その領域には至れずにいる。
「それよりお前が加減出来る相手か。殺す気でやれよ、御大将!」
 実際の所、少年と目の前の相手には大人と子供という年齢以上の経験の差がある。この短期間に何かしらの大きな経験を積み、一足飛ばしの成長を遂げたようではあったが……その成長分になおかつ本気で殺す気概を加えて、ようやく万里の足元が見えるかどうかといった所だろう。
(珀牙あたりが来てくれりゃ、もっと楽なんだが……)
 だが、彼は徳勝門軍の実質的な指揮官である。彼と昌が軍全体を上手く操ってくれているからこそ、アーレス達はこうして敵の大将と戦う事が出来たのだ。
 そんな中、ノイズ混じりの通信機から響くのは彼らの計算外の声だった。
「この声……カズネ!?」
 北の国境に向かったきり、消息を絶っていた幼馴染みの声だ。マグナ・エクリシアの異変を聞いて心配してはいたが……。
「……面白えこと言うじゃねえか。負けてらんねぇぞ! ペトラ!」
「もちろんです!」
 変わってしまった母親を救うべく、ペトラも双の刃を構え、目の前の九尾の白狐へと自らの機体を駆けさせる。
 殺すのではなく。
 救うために。


 それは停戦の要求などではない。
「あんたたち! 何ケンカなんかしてるの! それどころじゃないんだってば!」
 ひたすらに感情にまかせた、極めて一方的なものだった。
「剣を退く!」
「けど、こいつが……」
 カズネの剣幕に押し切られ、徳勝門の紋章を備えた神獣が恐る恐る指差したのは……つい先程まで刃を交えていたアームコートである。
「あなたはどうするの! ホントに戦いたいの!?」
「それは……」
 もちろんアームコートの男も戦いたかったわけではない。敬愛すべき女王の命令だったからこそ、こうして戦場へと赴いたのだ。
 イズミルには妻も子供もいる。彼女達を守るためならば、たとえ元の同僚と言えど、刃を交わさざるをえない。
「だったらあたしに降りなさい。ペトラじゃなくってイズミル女王のあたしだったら、文句ないでしょ?」
 女王の権威を振りかざす事に抵抗が無いでもなかったが、それで平和が勝ち取れるならば安いものだ。そう割り切って、カズネは言葉を押し切った。
「それにクーデターの起きたマグナ・エクリシアに、イサイアスからの先遣隊が近付いています」
「……それは聞き捨てならんな」
 ダメ押しとなるセノーテの言葉に、アームコートも膝を折る。
「なら、あたしは行くわね。皆も周りの戦いを止めて回って!」
「御意!」
 その様子を見届けて、カズネは再び空へと戻った。通信機と思念、外部音声の全てで言葉を放ちながら、カズネは戦場を駆け抜けていく。
「上です!」
 だが、そんなカズネの頭上へと降り注いだのは、無数の炎の弾丸だ。慌てて機首を翻したセノーテの制御で直撃こそ免れるが……彼女達の脇を抜けた炎の嵐は、大地に無数の爆発を巻き起こす。
「こいつ……」
 彼女達の頭上に忽然と現れたのは、エイコーンの倍はあろうかという巨大なトリスアギオンの姿だった。
 背中に広がる連結式らしき巨大な翼は、エイコーンとケライノーのような複座式の構造をしているのだろう。檜皮色の内部装甲を幾重にも覆う深緑の外装は、樹木がそのまま歩き出したかのような印象を抱かせる。
 そこから導き出される名は……。
「……緑の……巨人」
 セノーテが言っていた、ソフィアを退けた巨大なトリスアギオン。
 それが、カズネ達の前に現れたというのか。
「ええ……。来ましたよ!」
 だが、考えている暇はない。
 緑の巨人は通常のアームコートほどの大きさのある大刀を振り上げ、その場から忽然と管を消した。
「転移術!?」
 背後に現れた巨体の繰り出す斬撃を大盾で受け止めようと考えた瞬間には、既に機体は急上昇を済ませた後。弧を描く軌道の中で片手半を構えれば、緑の巨人の周囲には炎の弾丸が音もなく浮かび上がる。
「ってか、神術展開早すぎない!?」
 続けざまに放たれる火球を端から躱し、片手半で撃ち落としながら、カズネはそいつの猛攻に悲鳴を上げた。
「攻撃と神術の担当が別れているのでしょう」
 カズネは攻撃と防御、セノーテが機動と担当を分けているのと同様、向こうは攻撃と神術で担当を分けているのだろう。だからこそ転移と同時の斬撃や、相手が攻撃を回避した隙を突いての追撃も出来るのだ。
「それにしても、息が合いすぎてる!」
 カズネとセノーテもここまでの移動でそれなりに機体を制御出来るようになったが、付け焼き刃のそれとは桁が違う。
 まさに二人が一人になったかのような連携を前に、黒金の装甲は裂けて穿たれ、燃えるような炎の翼に本物の炎が絡みつき、カズネ達はあっという間に追い詰められていく。
 けれど、その斬撃を受ける度。
 神術を躱す度、見えてくるものもあった。
「この戦い方……」
 二人で一人の見事な連携。
 剣士と術士。
 ソフィアが戦えない相手。
 浮かび上がるのは……。
「ドゥオモ! ミラコリ!」
 常に二人が共に在る、ヒサ家の双子。


「心配致しましたよ、姫様」
 斬撃と共に通信機に響くのは、男の声。
「御無事で何よりです。姫様」
 神術炎と共に思念で届くのは、女の声。
「ドゥオモ、ミラコリ……どうして……」
 けれど、予兆はあったのだ。
 その可能性を感じながら、考えないようにしていただけ。
「ドゥオモ! カイトベイ伯父様にエレ達があたしをさらったって伝えたのは、あなた?」
 鍔迫り合いの中で問うのは、メガリ・イサイアスで聞いた伯父の話だ。その連絡があったからこそカズネ達はメガリ・イサイアスで追われ、彼女はダン達と離ればなれになってしまった。
「それは、姫様を心配したが故のこと」
 押し込まれそうになった刃を力任せに蹴り上げて、セノーテはその隙に騎体を離脱させる。
「違う!」
 最初にその話を聞いた時は、ヒサの双子の無事を素直に嬉しいと思った。
 だがそれが出来たのは、ドゥオモが万里達の側に立っていたからこそ。
「ミラコリ! 燃えるような翼のバルミュラがホエキンを落としたなんて話、本当に万里様達が話してたの?」
 カズネ達を追尾するように放たれた風の塊を躱しながら問いかけるのは、あの晩、イズミル城の廊下で囁かれた話だった。その言葉があったからこそカズネは燃える翼のバルミュラを敵と信じ、幾度もセノーテと刃を交えてしまったのだ。
「それは、姫様を不憫に思ったが故のこと」
「違うっ!」
 片手半で切り裂き、大盾で受け流しながら、カズネはそれも否定する。
 恐らく万里達は、そんな話はしていない。
 その話をミラコリが出来たのは……ソフィア達と緑の巨人の戦いを見ていたからだ。
 緑の巨人の内側から。
「ドゥオモは、あたしをメガリ・イサイアスに捕らえておきたかったんでしょ!」
 二人がどうしてこんな事になってしまったのかは分からない。
 二人は万里の補佐官であり、カズネ達の教育係でもあり。
「ミラコリは、あたしをセノーテと合流させたくなかった!」
 分からないからこそ、カズネは次の攻撃を放てない。
 ずっと一緒に育ってきた相手だから。
「悲しゅうございます、姫様」
 それ故に、カズネの動きは一瞬で鈍る。
 ミラコリの放った、たったひと言で。
「……ちっ!」
 牽制に放ったセノーテの風の神術も、緑の巨人の檜皮色の装甲を浅く傷付けるだけだ。しかしその傷も、瞬きする間に消えてしまう。
 生体部品を多用した神獣系のトリスアギオンは、軽い損傷であれば時間を掛けて自らの体を修復させる。しかし今ほどの深手をこの一瞬で再生させるなど……まともな技術ではありえない。
(この再生速度……やはり……)
 トリスアギオンのそれではない。
 これほどの再生速度を持つ存在は、たった一つ。
 けれど、セノーテがその正体を口にする暇もない。
「やはり、姫様には教育が必要なようですね」
 乱れた連携に、動けないカズネ。
 息を合わせたヒサの双子に勝る要素は、何一つない。
 彼女達の眼前に転移した緑の巨人は、彼女の片手半に檜皮色の手を伸ばし……握り込む。
「……ミラコリっ!」
 咄嗟の反応で何とかなったのは、刃を掴まれた片手半を手放した所まで。その間に詠唱を終え、下向きに放たれた神術嵐がカズネ達の体を巻き込み、引き裂き、浄化された大地へと叩き付ける。
「きゃああああああああああああああっ!」
 上下左右、天地前後。何もかもが分からなくなるような感覚にカズネは悲鳴を上げ、大地に叩き付けられた衝撃にセノーテはくぐもった息を漏らす。
「ぐ…………ぅ」
 伝声管ではない。通信機から聞こえるセノーテの声は、鈍く、か細い。もともと病み上がりの身を無理矢理押して戦っていたのだ。既に体は限界を超えているだろう。
「これで……反省ください」
 未だ揺れ、涙に滲む視界の中で。映るのは、連結を解除されて転がる半人半鳥と、大刀を掲げる緑色の巨人の姿。
「ドゥオモ……!」
 断とうというのか。
 もう動けないだろうセノーテの事を。
「セノーテ……!」
 それはダメだ。
 誰の命も、失われて良いはずがない。
 ぐらぐらと揺れる意識の中、無理矢理に機体を引き起こし。
「負ける……もんかぁっ!」
 片手半は失われた。けれど、まだ左の盾は残っている。
 セノーテに向けて袈裟懸けに叩き付けられた大刀に、カズネは自身の大盾を正面から打ち付けようとして……。
「そこで退かないのは、大したものね」
 響いたのは、力強い女の声だった。

 トリスアギオンの身の丈ほどもある大刀を受け止めたのは、弱々しく突き出されたカズネの盾ではない。
 黒と金に彩られた剣。
 片手剣にしては大きく、大剣にしては小さな……片手半。
 左の盾を放り捨て、片手半を握ったのは両の腕。片手で扱える軽便さではなく攻撃力に重きを置いた、一撃必殺の構えである。
 その威力を持って大刀を受け止めたのは……真っ赤なマントを翻す、黒金の騎士。
「バルミュラ・ソピアー……」
 呟いたのは、白銀の髪の少女。
「……母様!」
 叫んだのは、金の髪の娘。
「なんか、心配掛けたみたいね」
「掛けたじゃないわよ……!」
 黒金の騎士の剣気に圧されたか、緑の巨人は大刀を引き戻し、既に上空への転移を終えている。
 ある程度大きな術で一気にカタを付けるつもりなのだろう。周囲に浮かび始めるのは、少しずつ数を増していく炎の弾丸の群れだ。
「ま、それはともかく……戦わないの?」
「だって……ドゥオモとミラコリだよ……?」
 緑の巨人の様子を気にする気配もない。そんな母親の言葉に、片膝を着いていたカズネはふらつきながらも立ち上がる。
「あなた、どうしたいの?」
「……止めたい」
 ドゥオモとミラコリを。
 この戦場で戦う、全ての同胞達を。
「ならあいつは貴女に任せるわ。止めてみせなさい」
 ソフィアから渡され、握りしめたのは、黒金に輝く片手半だ。
「……分かった」
 ヒサの双子も言っていたではないか。
 言う事を聞かない相手には、教育が必要だと。
 ならば、今度はカズネが教育する番だろう。
 二人を操縦席から引きずり出して、カズネの分からなかった全てのことを聞かせてもらうのだ。
「母様。セノーテをお願い」
「ですが、空が飛べないと……」
 相手がいるのは空の上。神術も使えず、火器の類を備えた様子もないエイコーンでは、いくら気力を振り絞ろうと手も足も出ないだろう。
「何とかする」
 疲労の極致にあるセノーテには頼れない。
 既に五十を超えた炎の弾丸を前に、カズネは一歩を踏み出した。コトナから伝えられた大盾を構え、母から託された片手半を握りしめる。
「一人で何とかできるわけねえだろ。バーカ」
 けれど、そんなカズネの言葉をあっさりと否定したのは、はるか上空から届いた無線の声だった。
「え…………」
 それが誰かなど、考える必要もない。
「ぼうっとするな! 背中向けろッ!」
 緑の巨人の傍らを掠め、矢のような勢いをまとって現れた黒い翼。
「あ……うんっ!」
 喜びに満ちあふれた声と共に。
 本当の翼を取り戻したカズネは、再び空へと舞い上がる。


続劇

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