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6.足迅きもの

 振り下ろされたそれを受け止めたのは、三つの刃だった。
「大丈夫か、カズネ!」
「アーレスさん!」
 一つは、アレクの剣を受け止めたキングアーツ様式の両刃の剣。
「父様……母様……一体なにを!?」
 そしてもう二つは、万里の白鞘を受け止めた神揚様式の双の刃。
 振り下ろされた剣に、いつもの万里の鋭さはない。それがどうしてかは分からないが……。
 分からないからこそ、問いただす必要がある。
「ダンはカズネを! ここは僕が食い止める!」
 そしてそれは追われていたカズネでも、それを守ろうとするダンでもなく、彼女達の息子であるペトラの役割だろう。
 競った刃をアーレスとの打ち合いで会得したばかりの重心移動で受け流し、峰に向けた刃で万里の体を打ち据える。
 もちろんただの牽制だ。
 当たるとは思っていなかったし、事実万里は僅かに距離を取り、間合を計っているようだった。……どうやらカズネだけでなく、息子であるペトラも刃を向ける相手だと認識したのだろう。
 ペトラは小さく息を呑み、イズミル屈指の剣士を前に双の刃を構え直す。
「ダン、とりあえず環とヴァルを頼れ! あいつらなら何とかしてくれる!」
 アレクと刃を打ち合わせていたアーレスは、その声と共に振り下ろされていた刃を弾き返した。
 そもそも一切の事情が分からない。分かるのは、カズネが何故かアレクと万里に命を狙われている、という一点だけだ。
「ここはペトラと俺で何とかする。さっさと逃げろ!」
 倒して良いものかも分からない以上、ここはひとまず時間を稼ぎ、距離を取るしかない。
 そしてイズミルから最も近く、頼るべき相手がいる場所と言えば……北の国境、マグナ・エクリシアに他ならなかった。
「……ありがとうございます。カズネ、行くぞ!」
 続けざまの異常事態に逃げる気力も失ったのか、助けに緊張が途切れたか。動けそうにないカズネを抱きかかえたダンは、その場から全力で走り去っていく。
 彼らを追おうとするアレクと万里の進路を塞ぎながら、アーレスは再び剣を構えてみせた。
「さて。だったら、自分の姪っ子手に掛けようとした理由、じっくり聞かせて貰おうじゃねえか! 万年王子様よォ!」
 かつて反逆の刃として振るったこともある、その刃を。


 イズミルの城は、広くはない。それはトリスアギオンを置く工廠や格納庫にも近いという利点も持ち合わせていた。
「……行けるか、カズネ」
 声を掛けるが、抱えた少女の反応はない。
 手慣れた様子で黒金の騎士の操縦席を開き、中にカズネを滑り込ませる。普段なら搭乗と同時に義体の各所にコネクタが接続されていく所だが、カズネの意思を感じたか、黒金の騎士は沈黙を守ったままだ。
「ケライノーで連れていく。掴まってるだけでいいからな」
 本来ならカズネ自身の意思でエイコーンを動かしてくれるのがベストだったが、今のカズネにそれは酷というものだろう。幸いダンの駆る飛行型トリスアギオンは、エイコーンを吊り下げて飛ぶ事を前提に調整されている。
 耳元にそう囁いて操縦席を去ろうとすると……僅かな抵抗に気が付いた。
「…………ダン」
 抵抗の源は、カズネの指。
 服の裾に絡みついた彼女の指が、離れていくダンを嫌がったのだ。
「あたし……何か悪い事、したかなぁ……」
 ソフィア達の事は、仕方ないとも思った。旅であれ日常であれ、不慮の全てを防ぐ事など出来はしない。思う所は色々あったが、それでも真っ暗な部屋の中で、カズネは自分なりに心の整理を行なったのだ。
 しかし、今起きた事は、それとは違う。
 万里が。
 アレクが。
 母のように、父のように思っていた二人がしたのは、明らかにカズネを排除するための行為だった。殺気こそ感じはしなかったが……もしそんなものまで感じていたら、カズネはベッドの上から動くことさえ出来なかっただろう。
「お前は悪くねえよ」
 そんなカズネを抱きしめて、ダンは小さく言葉を放つ。
「……お前は、悪くない」
 二人の女王を巡る良くない噂は、確かにあった。けれどそれは根も葉もない街の与太話でしかなく、実際の万里とソフィアの関係はずっと良好だったはず。
 実際、万里はカズネを実の娘のように可愛がっていたし、必要な時は叱ることもあった。
 ダンはカズネ達の学友でもあったから、カズネのいない所で万里と話す機会も多かったが……カズネの実の母はソフィアではなく万里なのではないかと思った事も、一度や二度ではない。
「何かの間違いだ。こんなの」
 そうだ。
 間違いとしか、思えない。
 だからこそ、その理由を確かめる必要がある。
 カズネの頭をもう一度撫でて、自らもケライノーの操縦席へ。機体を浮き上がらせてエイコーンの接続具を掴み、イズミルの夜空へと舞い上がる。
「……マグナ・エクリシアに行くぞ」
 繋がった伝声管で呼びかけておいて、いつもより重く感じるエイコーンを下げたまま進路を北へ。
 そこに、いた。
「あれは……?」
 イズミル市街の外れ。
 イズミルからキングアーツまで続く浄化空間……大回廊の空に浮かぶ、黒い影。
「何だ? ケライノーと同じ……?」
 迫り来るそれは空中で、それまでの半人半鳥から翼の騎士へと形を変える。
「……いや、バルミュラタイプか!?」
 国の歴史を綴った文献で読んだ事がある。
 十八年前のイズミルを巡る戦いで使われた、神王軍の主力大型兵器だ。
 彼の知るそれと違うのは、可変機構がある事と、直線で構成されていたはずの翼が……。
「燃えるような翼の……」
 その時、ケライノーの操縦席に響いたのは、ダンの知らない声だった。
「……バルミュラ!」
 ダンですら初めて耳にする、怒りに満ちた少女の声。

続劇

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