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4.翼、今一度空へ

「お前ら、いい加減にしろ!」
 戦いの続く空。少女達の会話に割り込んだのは、エレを守るようにホエキンの屋根で刃を振るっていた黒い九尾の狐だった。
「うるさいなぁ、奉。ちゃんと戦いながらなんだからいいじゃない」
「よくない!」
 叫んだ奉の背後に襲いかかった緑の鳥型を蹴り飛ばしたのは、射撃に集中していたはずの紺色のアームコートだ。
「そうだぞ。これで肩の力が抜けて戦えたりするんだから!」
 空中で体勢を整えようとしたそいつをダメ押しの射撃で打ち抜いて、エレは再び銃口を上方へ。
「……エレがこっちの肩持つなんて珍しいわね。沙灯ちゃんはいいのー?」
「アタシはコトナんところに行くからいいんだよ。邪魔すんじゃねえぞ」
「交渉成立ね! まーかせて!」
 エレの狙撃を紙一重で躱した上空の敵を獅子の焔で灼き払い、柚那は楽しそうに笑っている。
「わ、わたし抜きでそういうことしないでくださいよ……。ロッセさぁん……」
 だが、そんな涙目気味の沙灯の言葉に、少し離れた所で迎撃に集中していたロッセからの援護はない。
「ロッセは瑠璃と乳繰り合うので忙しいだろうから、頼っても無駄だって」
「そんなあ……」
 空中戦をしているメンバーの中では、一番まともに面識のある相手なのに……。
「……なんか言われてるよ、師匠」
 ネクロポリスにいる間、瑠璃から空戦の講義でも受けたのだろう。リーティと戦っていた時と同様、必死に空中戦を制御しているという雰囲気はない。
 だが、周囲の下らない話はおろか、苦笑するリーティの思念通信に対しても、ロッセは反応を寄越さない。
「なんだ図星か。意外とやる事はやっておるのだな」
「……鳴神殿はどうなのです。鏡家には跡継ぎがいないと聞きましたが?」
「死んだアイツ以上の佳い女がいれば考えてやるわ。それより、第二陣が来るぞ! 我々は少しホエキンから離れて迎え撃つ!」
 ようやく返ってきた皮肉に高笑いで言い返し、鳴神は黄金竜の頭をゆっくりと巡らせた。
 今回の作戦は、ホエキンの安全確保が第一だ。敵の主力を地上と黄金竜に引きつければ、それだけホエキンの生存率は高くなる。
「頼むよみんな! 本営に着いたら精力の付く料理、たくさん作ってやるからな!」
 はるか彼方に見える炎と刃の煌めきは、本営の部隊がホエキンの受け入れ場所を確保するために戦っている光だろう。
 ホエキンの行程はこの時点でほぼ半分。残る半分を抜ければ、作戦の第一段階は達成だ。
「楽しみにしてるぜ! タロ!」
「そういうのは作らなくていいですからーっ!」
 沙灯の悲鳴が響く通信機に笑いながら、タロはホエキンの速力を一杯まで引き上げる。


 戦いを見守っていたプレセアにようやく返ってきた千茅の言葉は……。
「よく……分かりません」
 そんなひと言だけだった。
「私は、一族の中でも落ちこぼれでしたから」
 熊埜御堂の家は術士ではなく、武門の家。そして武門の求める力量にさえ届かず、一般人としてこの地に流れてきたのが……千茅という娘なのだ。
 故に千茅は、強い力の有り様を知らない。それを操るための心積もりも、覚悟の持ち方も、何もかも。
「沙灯さんの事ですか?」
「ええ……」
 さすがに上ばかり見ていては、気付かれるだろう。
 短い問いに、プレセアは正直に頷いてみせる。
「時巡りの術なら、もう使えないって聞きましたけど……」
 瑠璃も沙灯も既に力を使い、この世界から弾き出された身。神獣やシュヴァリエを操るのに必要な程度の術力はあるようだが、既にヒサ家の秘術であるあの力を使う資格は、彼女達からは失われているのだという。
 使う回数や効果に制限のある術は、神揚でもそれほど珍しいものではない。
「……それは分かっているのだけれどね」
 プレセアが気にしているのは、彼女たち二人だけではないのだ。
 神揚という国自体がそうだとしたら……。
「……ごめんなさい。悪い事を聞きましたわね」
 けれど、これ以上千茅に問うても、それは彼女を無駄に苦しめるだけだろう。
「あ、気にしないで下さい。それでも、今はこうやって万里様たちのお役に立ててるんですから……!」
「千茅! そっち行ったわよ!」
 弱々しい笑い声の届いた次の瞬間。無線機を揺らすのは、予備の武装を大量に背負って戦っていたジュリアの声だ。
 プレセアの大蜘蛛にまっすぐ向かってくるのは、重装型の異形の姿。分厚い装甲を備えたそいつは、近寄る敵を弓やブラスターで端から射落としていたジュリアさえものともせずに突っ込んでくる。
(……さすがにこの距離じゃ、ブラスターは無理か!)
 だが、今はもう距離が近すぎた。ここでブラスターを撃って敵を倒しても、爆発に味方を巻き込んでしまう。
「え、あ……っ。えい、えいっ!」
 千茅も巨躯に向けて弓を放つが、ジュリアの弓さえ通じない相手だ。当たったとしても弾かれるだけで、いたずらに焦りを加速させるだけでしかない。
「ちっ!」
「千茅!」
 反対側を守っていたアレクやリフィリアも、このタイミングでは千茅のフォローには間に合わない。
 だが。
「千茅! おぬしの得手不得手を考えよ!」
「あ……はいっ!」
 突如響いた声に、千茅は反射的に持っていた矢を捨てた。
 一歩前に踏み出せば、既に相手は手の届く距離。
 弓は当たらない。当てられない。
 けれど。
「……ふっ」
 短い息を吐きながら、振り下ろされた相手の拳をくぐり抜けて。するりと懐に飛び込めば、後は身体が勝手に動く。
 一撃。
 砲撃のような音と共に神獣の倍ほどもある巨躯が一瞬浮き上がり……地に足を着いたそれは、力なくその場に崩れ落ちる。
「それで良い。お主の得手は弓ではなかろう?」
「えへへー。ありがとうございます! ムツキさん!」
 世界樹の上層から突如現れたムツキの言葉に、千茅は照れくさそうに笑い返している。
「でもムツキ、どうしてこんな所に?」
 確かムツキは世界樹の成長に巻き込まれた本営にいると聞いた。それがどうしてこんな根元にいるのか。
「ちと野暮用でな。それに、上に続く道筋の地図も必要であろう?」
「地図か! 助かる!」
 地図があれば、進軍の効率はかなり上がる。それはアームコートだけでなくネクロポリスへの突入兵も連れているプレセア達にとっては、貴重極まりない情報だった。
「とはいえ、登るのはホエキンが入ってからだな。万里達は世界樹内の偵察を。我々はここで敵の攻撃を引きつける!」
 ジュリアの持ってきていた棺の中から大弓を取り上げ、アレクは上空の敵を引きつけるようにそれを打ち放つ。
 上空のホエキンが本営の部隊が確保した空域に辿り着くまであと僅か。それが成功すれば、作戦の第一段階は完了だ。
(一騎当千……か。この辺りから、学び直した方が良さそうですわね)
 ムツキも、千茅も。
 千茅の才能が八達嶺で開花した事は想像に難くないが、自分を落ちこぼれと呼ぶ彼女でさえそれだけの素質を持っている。キングアーツと比較して、力というものに対する根本的な考え方が違う。
 まずはこの力に対する概念の差から考えなければ、この先のやり取りは上手く行かないだろう。プレセアは改めて彼の国への思いを巡らせようとして……。
「イクス准将。ちょっと来ていただきたいんですが」
「……何ですの? リフィリアちゃん」
 意識を引き戻すリフィリアの声に、千茅を連れて機体を歩ませる。
「あれ……何でしょう?」
 木の根の間に打ち捨てられていたのは、半人半鳥の神獣……いや、金属の光沢を放つ装甲を備えた、シュヴァリエの姿。
 傷付いた様子もないそれは、上空でホエキンを守っている沙灯のシュヴァリエに酷似した外観を持っている。
「これは……」
 ムツキは世界樹の側から現れたから、彼の仕業ではないだろう。
 突如現れたアエローの姿に、プレセアは息を呑むしかない。


続劇

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