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29.扉に至る子

 炎と雷の雨が降り注ぐ黒大理の世界の中。
「ロッセの馬鹿野郎ッ!」
「ははは、その意気だ! 倒すべき敵はいくらでもいるぞ!」
 景気よくバルミュラ達を薙ぎ払うラススヴィエートと雷帝のもとに駆けてきたのは、三騎の神獣であった。
「昌、千茅、珀亜三名、ただいま戻りましたー!」
「早く乗れ! お前らで最後だ!」
 広域に放つ雷で周囲のバルミュラ達を牽制する鳴神に促されるように、神獣達は一杯になったホエキンの格納庫へ。
「これは……入るのか?」
「何とか頑張って下さいまし!」
 とはいえ、既にホエキンの船体上部にはプレセアの大蜘蛛が掴まっているし、格納庫も神獣やアームコートで一杯なのだ。必要ない荷物を下ろせるだけ下ろしても、この有様である。
「うぅ……これ、降りる頃には潰されちゃいませんか!?」
「人間、努力と根性だよ! しばらく我慢してて」
 操縦席のタロとやり取りをするために思念通信を開いてみるが、周囲から伝わってくるのは痛覚カットの出来ない神獣の駆り手達の怨嗟の声だ。
 重いだの狭いだのの声ばかり響く思念の感知を、千茅はため息を一つ吐いてカットする。
「ホエキンも準備出来たよ! 鳴神さんと奉さんは?」
「俺は殿を務める。奉は先に乗れ」
「俺も殿でいい。……ってか、もうホエキンの格納庫は一杯だろう」
 辺りは鳴神の放つ雷に満ちているが、それでもその雨の中を抜けてくるシュヴァリエはゼロではない。近寄って来たそいつらを大太刀で薙ぎ払うのが、今の奉の役目であった。
「なら、奉君はスレイプニルの脚に掴まりなさいな」
「分かった。そうさせてもらう!」
 外側に固定されたプレセアの大蜘蛛に掴まって良いなら、それこそ退去ギリギリまで時間稼ぎが出来る。周囲に神術の狐火を生み出して、奉は近寄って来たバルミュラを二体同時に焼き払った。
「……わたしまで、良かったんでしょうか?」
 そんな光景を窓の向こうに見つめながら。
 出港準備を整えるホエキンの操縦席で不安げな顔をしていたのは、沙灯である。
「脱出するまでは同行するって約束したでしょ。まだ私たちは脱出してないよ、沙灯」
「……はい」
 形が変わるほどに神獣やアームコートが詰め込まれた格納庫と違い、歩兵達しか乗っていない操縦区画には幾分かの余裕があった。
 そのスペースで小さく息を吐き、沙灯は不安げに窓の外を眺めるだけだ。


 ホエキンの背後を守るのは、雷帝とラススヴィエート。
 眼前に立つのは、黒金の鎧をまとうアームコートと、鷲頭の神獣の二体であった。
「……うん。やっぱこれ、落ち着くわ」
 ソフィアがハギア・ソピアーと接続するのは数日ぶりでしかないが、その感覚は随分と懐かしく感じられるものだ。
「けど、本当にこれで何とかなるの?」
 ハギア・ソピアーの頭部にブラスターと呼ばれる古代の武装が詰め込まれている事は、以前から話には聞いていた。けれどソフィアはいまだそれを使った事さえなく、撃てば具体的にどれほどの威力があるのかも良く分かっていない。
「大丈夫だよ。弓を撃つのとそんなに変わらないから。……柚那さんは行けそう?」
 ものすごい威力があると聞いていたが、通信機から聞こえてくるセタの例えを聞くと、随分と楽なように感じられる。
 軽く震える手を押さえつつ、ソフィアは小さく息を一つ。
「イズミルに行くだけなら難しくないから大丈夫。座標送るわよ!」
 柚那のその声と一緒にソフィアの頭の中に流れ込んできたのは、言葉にはしがたい標的に向けてのイメージだった。
「ああ、やっぱ思念通信って便利ねぇ。この感じは無線じゃ分かんないわ」
 図で説明されても分からないだろう。柚那の感じた感覚をそのまま渡されたからこそ、この一瞬でソフィアにもその感覚は容易く理解出来るのだ。
 ソフィアもまだそこまで思念通信は得意ではないが、それでも練習していて良かったと思う一瞬である。
「いけそう?」
「ええっと、このぶわーってしてる辺りに撃てば良いのね……」
 ハギア・ソピアーのブラスターには、悪用を防ぐためにソフィアの声による封印が施されていた。けれどそれも、この一連の会話でロックが外れ、エネルギーの蓄積も始まっている。
「うん。力一杯撃って大丈夫だよ!」
「なら、行くわよ! ブラスター!」
 少女の叫びと共にハギア・ソピアーの頭部装甲が展開し、内にあった機関からまっすぐな光条が放たれた。
 それはホエキンの正面、黒大理の空間をまっすぐに貫き、何もない空間に黒い歪みを生み出して……。
「開いた!」
 柚那に伝わる歪みの先の感覚は、いつもの薄紫の荒野と同じ物。少し座標がずれているのは、神王達の行なった爆破で空間が捻れているからだろう。
「リフィリアさん、ジュリアさん、お願い!」
「了解!」
「思いっきり倒せば良いのね!」
 操縦席の脇にあった明らかに後付けの巨大なレバーを、リフィリアとジュリアは二人がかりで力一杯引き絞る。
「ホエキン、出力全開! いっけぇぇぇぇっ!」
 タロの叫びと共にホエキンの背中に積まれた後付けの大型推進器が唸りを上げ、積載上限をはるかに超えた飛行鯨の巨体をゆっくりと動かし始める。
「奉君!」
 そんなホエキンに、周囲にいた四体が乗り込む隙間など残ってはいない。
「ああ!」
 奉は予定通りにプレセアの脚に。
「ソフィア、柚那、雷帝に掴まれ!」
 殿で周囲に雷をばらまく鳴神は、自らの竜の巨体に掴まるように指示をして……。
 全速の巨大鯨は、既に閉じようとしている黒い穴の中へと飛び込んだ。


「半蔵、テメェ……今まで何してやがったッ!」
 ふらりと現れた黒猫に似た神獣に苛ついた声を上げたのは、アレク達との戦場から逃げ延びたアーレスであった。
 何とか広間に辿り着き、自身の機体に乗った所で、雨のような雷撃が降り注ぎ始めたのだ。
 それがようやく収まったかと思ったら……再び半蔵である。
「今はそんな事を言っている場合ではないでござるよ! あのゲートが閉じたら、それこそ拙者達も誰もいないネクロポリスに閉じ込められてしまうでござる!」
 半蔵はある程度状況を見守っていたのだろう。ホエキンの向こう側辺りで煙が上がっているのは見ていたが、どうやら色々と面倒な事になっているらしい。
「…………チッ! あそこに突っ込めばいいんだな!」
 最後の一瞬まで敵の進入を防ぐつもりなのだろう。鳴神の駆る黄金竜は開いたゲートの前で無限とも思える雷を放ち続けている。
「なら付いて来い! こっちにも、切り札の一つや二つ、ないわけじゃねえんだぜっ!」
「承知!」
 力任せの叫びと共に、背中の推進器が咆哮を上げる。オリジナルをはるかに超える素材強度と精度で組み上げられたその推力は、元のそれとは比べものにならない。
「どっけぇぇぇぇぇぇっ!」
 普段に数倍する加速とともにまとうのは、獅子の兜から生まれた光の壁だ。
 それで触れたバルミュラ達を弾き飛ばし、降りしきる雷を切り裂きながら、赤い獅子はさらにさらに加速する。
「む…………貴様……っ!」
 一条の光の槍と化したソル・レオンは、正面からぶち当たった黄金竜ごと黒い渦の中へと飛び込んで……。
 巻き込まれたバルミュラの爆発が、生まれたゲートを再び異界の彼方へと消し去っていく。


(まだ……死んでおらんかったか)
 ムツキが意識を取り戻したとき、露わになった視線の先に見えたのは、セメントの山を見上げる神王の背中であった。
 プレセアによって封印された、アークの成れの果てである。……だが、それを見上げた神王の表情は、何一つ変わる事がない。
「…………無駄な事を」
 神王がそう呟いて軽く手をかざせば、閉鎖空間であるはずの天幕内に穏やかな風が吹き……その先にある巨大なセメントの山がさらさらと崩れ始めたではないか。
 土を操ったか、水を操ったか。いずれにしてもアークが神王の手に落ちるのは、それこそ時間の問題であろう。
「神術かー。セメントを砂に変えるなんて、凄い術だね」
 そこに響き渡ったのは、深刻な状況にはそぐわない、楽しそうな少年の声だった。
 手のひらに乗るほどの小さなボタンを握った少年を神王はちらりと一瞥し……。
「……貴様が最後の守人か」
「守人……まあ、そうなのかな?」
 やがて露わになった石碑には、帯のようなものが幾つも巻かれていた。
 爆薬を束にし、帯状に連ねた連装爆弾である。
「ククロ、このまま爆破してしまえ……!」
 それが、プレセアの施したもう一つの……そして、最後の防衛手段だった。
 この至近距離での爆発だ。アーク本体はおろか、神王も無事では済まないだろう。もちろんククロやムツキも巻き込まれるだろうが、それで大後退が止められるならさして分の悪い賭けでもない。
 だが。
「んー。それは、やっぱり出来ないかなぁ」
 手の中にあった起爆スイッチを、ククロはあっさりと放り捨てた。
「だってこれ、俺達のご先祖さまが遺してくれたプレゼントだよ。本当なら、俺達の子孫にもちゃんと伝えなきゃいけないはずの物だもの」
 しかもアームコートや義体、他のアークなどの不完全な知識とは違う、完全な品なのだ。もはやこれが世界最後の一つともなれば、その価値は想像を絶するものとなる。
「俺達の都合でぶっ壊しちゃ、ダメだよ」
「ならば、大後退を……」
「それもダメだよ」
 けれど神王の言葉にも、ククロは首を横に振るだけだ。
「……別に俺、世界が滅びたって仕方ないと思うんだよなー」
 さらりと呟いたククロの言葉に、神王は伸ばしかけた手を止めた。
「頑張って、出来る限りの事をやって、それでも世界が滅びるんなら、それはそれでしょうがないよ。……滅びるって言ったって、ホントに世界中の全員がいなくなるわけじゃないだろ?」
 仮に国同士の大戦争になったとしても、最後の一人まで、本当に殺し合うなどという事はないはずだ。
 半分か、三分の一か……十分の一か。
 戦えない者達、逃げ切った者達は、間違いなく生き残ってくれるだろう。
「その生き残った人達がまた世界を作って、また住処を広げて……。俺達が生きてた……俺達が選んだ証をちょっと見つけてくれりゃ、それで十分だって思わない?」
 後世の者達には、バカな戦争をした連中だと笑われるだろう。けれど、それでいいと……ククロは思うのだ。
 彼の義体やアームコートにも、そんなバカな事や愉快な事をした先祖達の部品が、幾つも幾つも使われている。今度はククロが、その一つになるだけの話だ。
「何が言いたい」
 ただの時間稼ぎなのか。しかしその割には、目の前の少年は物事を随分と楽しそうに言葉を紡いでいる。
「面白くないってこと」
 そう言ってククロが取り出したのは、もう一つのスイッチだった。
「神王さんも本気なんだろうけど、前と同じ選択じゃ、それこそつまんないやり直しだよ。バカって笑われるのは望む所だけど、マンネリって言われるのは納得出来ないよね」
 スイッチから伸びるケーブルは、一方はククロの首筋のコネクタに繋がっている。
 もう一方の先は、ククロの足元を通り、床を這い……。
「……まさか」
「この手のシステムと意思を交わすのは、キングアーツのお家芸だよ」
 先に繋がっているのは、アークそのもの。
「やめろ! 我より先にそれは……ッ!」
 その時、ずっと無表情だった神王の顔に、初めての表情が浮かんでいた。
「あ、やっぱり接続は先着順? だったら残念でしたーっ!」
 驚きと、焦り。
 反応が生まれた分、神王の次の挙動には遅れが生じ、その隙に……。
「貴様ぁ……っ!」
 ククロは、アークに接続した。


続劇

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