23.抜け殻の矜持 打ち合わされるのは、刀と剣。 ぶつかる度に火花が散り、刃を纏う剣気がぱちぱちという破裂音を撒き散らす。 「その太刀筋……やはり珀牙殿か!」 無線通信でも思念でもない。外部音声で珀亜が放ったのは、目の前のバルミュラに聞かせるための問いかけだった。 (……珀牙? 私が倒したという、あの……?) 前衛として攻めてくる翼の巨人の攻撃を捌きつつ、その言葉を聞いたヴァルキュリアは思わず息を呑む。 神揚の武人が、気配や太刀筋などで相手の正体を見抜くという事は知っていた。戦い方の癖による相手の特定はキングアーツでも珍しくないから、それ自体は何ら驚くことでもないが……。 どうして珀亜は目の前のバルミュラの戦いぶりに、死んだはずの兄の姿を結び付けたのか。 「そのバルミュラに乗っているのは誰だ!」 それが気になり、ヴァルキュリアも外部音声で相対するバルミュラに向けて問いかける。 「ヴァルキュリア少尉か」 「……キララウス・ブルーストーン。ということは、そちらはシャトワール・アディシャヤか」 もう一体の翼の巨人は直接攻撃に加わる事もなく、隙を伺っているように見えた。敵側に寝返った者で積極的に前に出てこない相手となれば、なおさら数は絞られる。 「お久しぶりです。随分とよくお話しになるようになったのですね、ヴァルさん」 シャトワールの知るヴァルキュリアは、もっと誰とも関わりを持とうとしない、寡黙な女性だったはずだ。シャトワールに色々あったように、彼女にも色々なことがあったのだろう。 「あのバルミュラに乗ってるのは誰だ」 「神王陛下ですよ。このネクロポリスの長です」 「……珀牙ではないのか?」 珀牙を殺したあの戦いは、いまだ夢に見る事もあるが……その剣気やスタイルまでは覚えてはいなかった。だが、珀亜が見当違いなことを言っているというのも、彼女の性格上考えにくい。 「さあ? その珀牙という人物も、わたしはよく分からないのですが……」 半蔵が少し気にしていた気もするが、シャトワールも半蔵と常に一緒にいたわけではないのだ。 「ならいい。ここで叩き潰して、全部聞かせてもらおう」 「いくら環の直属とはいえ……片腕だけで我らに勝てるつもりか!」 ヴァルキュリアの修羅の如き戦いぶりは、キララウスも良く知っている。けれど今のヴァルキュリアは片腕がほとんど塞がれており、死角も多い。 シャトワールと二人がかりで挑めば、倒せない相手ではないはずだ。 「勝てるかどうかは分からんがな……」 だがそんな二人を前に、ヴァルキュリアは自らの鎌をゆっくりと持ち上げ……。 「潰すだけなら、容易い事だ!」 静かにそう、呟いてみせる。 戦の衝撃に揺れる、黒大理の通路の中。 「それを……ソフィア達に伝えればいいの?」 「お願いできるでござるか?」 耳元で紡がれた問いに、ジュリアは静かに首を振ってみせた。 縦ではなく、横に。 「それは、半蔵が伝えないと……ダメだよ」 だが、そう答えるジュリアの細い腕を、半蔵は優しく振りほどく。 「拙者はもはや、戻れぬでござるよ」 特徴の薄い顔に浮かぶのは、穏やかな……そうとしか取れぬ、貼り付いたような笑顔だった。 「必要な事とはいえ、主を裏切り、仲間を裏切り。大切な友人にも、刃を突き付け申した」 絶対に許さない。 半蔵が友人と思っていた人物は、笑いながらそう言った。 その怒りは当たり前の事だし、半蔵としても償うべき事だとは思う。 しかし、今の半蔵には……償うよりも、相応しい役回りがある。 「それに……思いを別にする二つの国の想いを統べるには、明確な悪役がいるのが一番手っ取り早いでござるよ」 「なら……私も、その悪役に…………」 「それ以上は、ダメでござる」 そんなジュリアの唇を指先で軽く押し留め、半蔵は彼女の体をそっと後ろへと向かせてみせた。 「この道をまっすぐ行けば、広間に出るでござる。……拙者の想い、ちゃんと預けたでござるよ」 進むようにと軽く背中を叩かれて。 ジュリアが振り向いたときには、既にその忍びは彼女の背後からも姿を消している。 打ち合わされた刃がまとうのは、鋭い剣気。 練り上げられ、研ぎ澄まされた、武人のそれだ。 (……やはり私ではないのか) 感じる剣気は、まごう事なき珀牙のそれであった。 しかし彼の大切な妹を目の前にして振るわれる刃には、妹と相対する事に対する迷いも、愛情さえも感じられない。 (既に人としての魂を失った抜け殻か……) 神揚には、屍に宿る怪異の存在も多く伝えられている。だからこそ人を葬る時には怪異にその身を奪われぬよう、その身を炎の中へと投じ、残った灰を死者そのものとして奉るのだ。 故に、クズキリの家に伝わる死者蘇生の秘儀は、死者の体そのものではなく、術者の体を用いるのである。 灰と化した体に代わる、新たな依り代として。 「ならば、我が剣で敵として葬り去るまで!」 彼の魂は、間違いなく今ここに在る。 だとすれば、その体の中に宿るのは、人の魂ではないおぞましい何かだろう。 「征くぞ、ビャク!」 珀亜の声にその身を震わせ、虎面を被ったコボルトは自身には不釣り合いに大きな刀をしっかりと構えてみせる。 その剣気に応じたか、神王と呼ばれた珀牙ならぬモノも、珀亜の良く知る構えを取って……。 「破ァッ!」 打ち合わされたのは、ほんの一合。 けれど珀亜のその一撃は、神王に届くことはなく。 「ヴァル殿! すまん、抜かれた!」 翼を広げた神王のバルミュラは、キララウス達と相対しているヴァルキュリアの機体も吹き飛ばし、随伴機を連れて戦場の深部へと突っ込んでいく。 (あそこで勝負を掛けぬか……。あの神王という奴、何が目的なのだ……!?) こちらの戦力を削ぐことが目的なら、あの一合で珀亜とヴァルキュリアを倒す事も出来たはずだ。 それよりも優先する目的があるとすれば…………! |