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15.揃い踏む鍵たち

 青空の下に並ぶのは、出撃準備を整えた鋼の巨人と巨大な獣……そして、それを駆るべき兵達だった。
「ヴァル……それ何?」
 その一角。巨大な箱状の物体を担ぐ漆黒の騎士を見上げたのは、碧い瞳を赤くしたジュリアである。プレセアの手伝いが忙しかったのか、それともその後で思う所でもあったのか、目の下にはうっすらと隈のようなものも浮かんでいた。
「秘密兵器だ。ククロに無理矢理作らせた」
 アームコート一体分ほどもあろうかというその箱は、予備の剣や槍を入れたケースにしても大きすぎるだろう。ククロもクロノスの調査やバルミュラの動力炉の調整で忙しかったはずだし、こんな巨大な装備を準備する暇はなかったはずだが……。
「秘密兵器……ねぇ」
 それこそ、大鎌を片手に提げた漆黒の機体の背負うそれは、棺にも似た不吉さを感じさせるものだ。
「……おい、ヴァルキュリア少尉。それは何だ」
 そしてヴァルキュリアに声を掛けた者が、もう一人。
 だがリフィリアが指したのは、彼女の背後に立つ棺を担いだ黒い騎士ではなく……ヴァルキュリア自身であった。
 正確には、彼女の頭にしがみ付く、両手に乗るほどの人型の物体だ。
「俺、ミニククロだよ!」
 指差すリフィリアに、頭上のそいつは元気よく言い返した。
「ただのゴミだ。ククロに無理矢理持たされた」
 秘密兵器の準備をする代価だと言われれば、従わないわけにもいかなかったのだ。アームコートの各種機構と連動して色々な情報を伝えてくれる補助機構の一種だとククロは自慢げに語っていたが、今のところ邪魔以外の何物でもない。
「そうか……」
「欲しければやるぞ?」
 どこに捨てるか悩む手間も省けて一石二鳥だ。この騒がしいククロもどきも、自分の所にいるよりは居心地が良いだろう。
「い、いらんっ!」
 そもそも今回の作戦はリフィリアはアームコートを使わない、歩兵部隊としての参加である。こっそり操縦席に持ち込むならともかく、こんな物を連れて敵の基地内を歩けるはずもなかった。
「本当はみんなに持って欲しかったんだけど、間に合わなかったんだよ! ワンオフだよ! 超レアー!」
「…………そうか」
 リフィリアは、ヴァルキュリアの秘密兵器とやらさえ準備しなければ間に合ったんじゃないのか……とも思ったが、さすがに口には出せずにいる。
「じゃ、そろそろ出撃でしょ。また後でね、ヴァル」
 そんな話をしていると、やがて出撃用意を示す笛の音が聞こえてきた。
「…………ああ」
「ばいばーい!」
 地上班のジュリアとリフィリアは自分たちの隊の元へと戻っていき、ヴァルキュリアも頭の上の騒がしい物体を何とかすべく、自身の機体へと歩き出した。
 戦いが始まるのは、もうすぐだ。


 ククロの目前にそびえるのは、灰色の塊に覆い尽くされた、かつては石碑だったもの。
「…………本当に、これで良かったのかな」
 アークと呼ばれたそれを分厚く覆っているのは、イズミルの建物やメガリ・エクリシアの補修に使われていたセメントである。
 無論その石碑は、このイズミルで見つかった遺構のごく一角ににしか過ぎない。アーク本体は地下深くに根を張るように広く設置されており、容易く持ち出せるものではないのだ。
 けれど、アームコートで言えば操縦席に当たるその箇所をこのような形で封印してしまうなど……。
「こちらを守るためですもの。連中には絶対に渡せない物である以上、仕方ありませんわ」
 ミーノース達がイズミルを襲った理由の一つが、アークと呼ばれるこの石碑の存在だったのだ。
「それに、アークの機能そのものに、影響はないのでしょう?」
 アークはこのイズミルの清浄化を支える貴重な設備である。単純に破壊する事は出来ないし、他に持ち去る事も設備の大きさから出来るものではない。
 だとすれば、これを敵方に渡さないためには、こうして操作盤を埋めてしまうのが一番だろう。
「ふむ。その筈ではあるがな」
 相手に渡らないよう封印してしまえという考えは、ムツキにも分かる。しかしアークはまだ解明されていない事の方が多く、確実に大丈夫かどうかは実のところ誰にも分からないのだ。
「では、行って参りますわね。もし何かあったら、それも使ってくださいまし」
 なだらかな丘のようになってしまったそれをぼんやりと眺めているククロ達にプレセアはそう言い残し、アークの研究がされていた天幕を後にする。
 今回はプレセアも出撃部隊に加わる事になっていた。最後尾の部隊とはいえ、突入に間に合わなくなっては問題になってしまう。
「なら、儂も少し空けるぞ。リーティから、しばらく瑠璃の守り役を代わってくれと頼まれているのでな」
 ムツキもプレセアの用事を確認するために顔を出していただけだ。
「……うん」
 大柄な老爺も姿を消して、アークの元に残されたのはククロ一人。
「守るため……か」
 制御盤が埋められた事で、アークの研究は大幅に立ち後れるだろう。
 そして……。
 ククロの手に握られたボタンは、プレセアから預けられた『もしもの時の備え』だった。
「今も大事だけど、先に繋げる事も必要なんじゃないかなぁ」
 今回の選択が果たして良い事なのか、悪い事なのか。
 ククロはそれを、まだ判断出来ずにいる。


 薄紫の世界に立つのは、三つの犬の頭を備えた人型の神獣であった。
「柚那、様子はどうだ!」
 騎体の内で周囲の状況を確かめながら、柚那は後付けされた通信機に向けて静かに言葉を返してみせる。
「……確かに凄いわね。空間を歪ませるのは無理でも、場所は上手く特定出来そう」
 コクヨクの中で転移術を使う時よりも、随分と楽に転移先を見通す事が出来る。大まかにレクチャーされた技術や理論については半分ほども理解出来なかったが、実践面での手応えだけであれば、恐らく技術者達の誰よりも分かっている……そんな感覚さえ伝わってくる。
「歪ませるのは無理だって、昨日説明しただろ」
「そうだっけ?」
「……誤魔化すのはいいけど、張り切りすぎて主機まで発動させるんじゃないぞ」
 はいはい、と奉の言葉を軽く流しながら、柚那は転移先の空間の様子をゆっくりと探り出していく。
「転移先は敵のゲートの近くで良いのね?」
「その方がいいだろう。外からだと、入口は分からなかったんだろ?」
 瑠璃から聞いた敵状の構造から、格納庫や出撃口を兼ねた大広間は、かなりのスペースがあると目されていた。
 激戦になる事は間違いないが、兵の居住区にも直結しているというし、短期決戦の奇襲を掛けるなら直接殴り込んだ方が確実だろう。
「ええ。翼の巨人が出てきたから、出入り口はあるんだろうけどね」
 何度もゲートが開かれただけあって、空間にはその痕跡も多く残されていた。城外に打ち込んだ矢の特定も一応は出来たが、そちらから大回りで入るよりは攻めやすい所に穴を空ける方が確実だろう。
「アーデルベルト君。こちらも準備、大丈夫だよ」
 続いて聞こえてきたのは、セタの声だ。さすがに今日は突入間際とあって、先行でランチャーを撃つような事はないらしい。
「座標特定完了。座標情報、セタに送るわよ」
 思念通信を解放して、セタに情報を送りつける。セタ自身は神揚の思念通信を使えないが、彼のMK-IIに搭載された制御装置の大半は神揚の生体部品だ。限りなく神獣に近いその機構を経由して、『なんとなく』の情報をセタの感覚機構へと流し込む。
 武器も装置も突貫工事だらけの代物だが、それでもないよりははるかにマシだ。
「受信完了。……なるほど、これは普通の通信じゃ送れないね。……あの辺の、少し奥辺りだね」
「それでお願い。こっちも騎体、乗り換えるわ」
 クロノスは戦闘用の神獣ではないから、奇襲戦でまでクロノスを使うわけにはいかない。非常用の防御神術を展開し、柚那はおっかなびっくり薄紫の世界へ身を躍らせる。
「作戦時間は、ゲートが保つと推測される約一刻。遅れた者は殿下といえども容赦なく置いて帰りますわよ」
「ならば、出撃する。セタ!」
「了解!」
 アレクの言葉に、セタが構えた巨大砲が火を噴いて……。
「これが……ゲートというやつか」
 やがて砲跡の中に生まれるのは、大きく歪んだ穴のような物だった。
「もう通れるはずよ……って、セタ!?」
 コクヨクに戻った柚那がそう言ったときには、既にセタは機体を変形させ、その穴の中へと飛び込んでいる。
「待ちなさいよ!」
 そしてその背中には、いつの間に飛び付いたのか、昌の白いウサギも乗っかっていた。
「……大丈夫なのか?」
「予定通りの所に繋がってるはずよ。転移した先だから、通信機は使えないけど」
 昌に思念を送れば、空間を挟んで不安定ながらも、戦闘中らしき強い意志が流れ込んでくる。少なくとも、戦闘出来る状況にはいるらしい。
「アーデルベルト。後は任せる」
「承知しました」
 頷くアーデルベルトに小さく頷き返し、アレクは槍を握った片腕を振り上げた。
「ならば総員、セタに続け! 突入!」


続劇

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