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11.新たなる世界へ

 工廠に響く作業の音は、昼夜を問わず変わらない。
 設備の大半を焼かれて機材が足りない上、様々な事が並行して急ピッチで進められているのだ。音の密度は、今までのイズミルでさえ考えられないほどの域に達している。
「おはよう、ククロ。MK-IIの調子はどうだい?」
 そんな工廠で作業中のククロに掛けられたのは、セタの穏やかな声だった。
「ああ。とりあえず組み立ては何とかひと息って所だね。後は動力炉の調整と、ランチャーを載せたときのバランスの取り直し……って何やってるの!」
 ククロが珍しく声を荒げたのは、セタが飛行形態のMK-IIに平然と乗り込もうとしていたからだ。
「いや、組み立てが終わったなら行けるかなって」
「どこに行くつもりなの!」
「これがあればネクロポリスに行けるんだろう? なら、急いで行くに決まってるじゃないか」
 セタの表情は、いつもの穏やかなそれと変わりない。だが穏やかに微笑みつつ口にしたその言葉は、明らかにククロの話を聞いていない事を伺わせるものだ。
「まだまだまだ! いまバスターランチャーなんて使ったら動力炉が爆発しちゃうってば!」
 そもそも機体の重量バランスも取っていないのだから、飛ぶ事すらも出来ないだろう。ただ、今のセタにそれを理解させたなら、間違いなく地上でランチャーを撃っていただろうけれど。
「大丈夫だよきっと」
「大丈夫じゃないよーっ!」
「姫様を助けられる手段があるなら、使わない手はないだろ? ……あれ?」
 そんな事を言いながら操縦席のハッチを閉じようとするセタだが、MK-IIはいつものその操作にも反応する気配がない。
「あ、危なかった……」
 まだ組み立てが終わっただけなのだ。事故防止のために機体に巡る一切の動力はカットされており、操縦席からの操作でも機体は起動出来ない状態にある。
 本来はランチャーや動力炉の暴走を防ぐためにしていた処置だったが、どうやらその判断は正解だったらしい。
「……だったら外に」
「……何やってんだ?」
「ああ奉、ムツキ、良い所に! とりあえずセタを押さえてて!」
 ククロの様子にただならぬ物を感じたのだろう。奉とムツキは状況がよく分からないまま、セタの身体を押さえつけた。
「何をしたのだ、セタ」
 最近の細い食事の影響だろうか。掴んだ手は武官としてはいかにも細く、頼りない。
 もともと優男然とした彼ではあるが、その雰囲気がより悪化しているようにも思えてしまう。
「別に何も……」
「別にじゃないよ! あと誰かアーデルベルト呼んできてーっ!」
 恐らくこの後どれだけククロが言葉を尽くしても、今のセタには通じないだろう。
 ならば、もっと話の通じそうな相手を呼んでくるしかない。


 差し出された物をまじまじと見つめ、リフィリアは震える声で息を呑む。
「こ、これを……私に付けろというの……か……?」
「ダメかな?」
 短い鳶色のウィッグ。
 動きを阻害しない、神揚様式の短衣。
 そして……コンパクトに畳まれた、大鷲の翼。
「悪くな…………いや、ダメだっ! ダメに決まっているだろう!」
 一瞬揺らぎ掛けた心を慌てて立て直し、リフィリアはそれを差し出したリーティに力一杯にそう言い返してみせる。
「ちぇ……やっぱダメか。リフィリアならイケると思ったんだけどなぁ……」
「ロッセ対策で瑠璃の偽物を仕立てるという、作戦そのものは悪くはないと思うがな」
 そう。作戦そのものは決して悪いとは思わなかった。
 その偽物役を任せられるのが、リフィリアでさえなければ。
「そもそもリフィリア殿はネクロポリスの攻撃組だろう。瑠璃殿の替え玉は難しいのでは?」
 一緒に訓練をしていた珀亜の言う通り、ククロ達の作業が順調に進めば、万里達の奪還作戦は明日には決行される事になっていた。
 それはロッセ達ミーノースの軍勢が動くよりも早く動くためという期日設定ではあったが、万全ではない。こちらのゲートを利用されたり、向こうの準備が想像以上に早かったりといった、入れ違いになる可能性も既にプレセア達から挙げられていた。
 その対策として、瑠璃の偽物は有効に機能するはずだったが……。
「……だよなぁ。背の高さもそこそこ近いと思ったんだけど……」
「だからといって私を見られても困るんですが」
 確かにコトナは攻撃組ではなく、後方の支援部隊だ。しかし彼女にも相応の役割はあるし……そもそも、瑠璃よりも頭一つ分近く小さい。
「瑠璃の背の高さなら、私たちより昌かジュリアのほうが近いだろう?」
 リフィリアの背は瑠璃よりも拳一つ分ほど高い。どちらかといえば、彼女より気持ち低い昌やジュリアが適役だとは思うのだが……。
「昌にそんな事言ったら怒られるに決まってるだろ。耳だってあるし」
 昌も当然ながら、奪還作戦の突入班に志願していた。そんな彼女に後衛に残れるかと聞いた瞬間、リーティがどんな目に遭うかなど想像に難くない。
「それに、ジュリアは朝からどっか行ってるみたいでどこにも見当たらないんだよ……」
 工廠が騒がしかったからそちらにいるかとも思ってみたが、そこではセタがアーデルベルトに叱られているだけだった。
「…………」
「どうしたんだ、日明」
「……いえ。何でも」
 そんなリーティの言葉に、コトナは嫌な予感を覚えるが……いくらジュリアでも、そこまでの無茶はしないだろう。
「だから、リフィリアに頼むのがいいかなーって思ったんだけど」
「……私が怒るとは思わなかったのか?」
「まあ、その時はまだ何とかなるかなって……」
 少なくとも現状のリフィリアは、昌達のように理不尽な苛立ちはないように見える。そうであれば、まだ切り抜けようはあった。
「城に残っていて、影武者も出来そうな者か……」
 ある程度腕が立つ者で、瑠璃にも似た背格好となれば、自ずとその数は絞られてくる。その顔を珀亜が思い出していると……。
「ああ、こんな所にいた」
 掛けられたのは、抑揚のない静かな声だった。
「いた」
 リフィリアと同じくらいの背丈で、腕も立つ。
 少々金属質が過ぎる気もするが、長めの上着なり衣装なりで誤魔化せるだろう。
「ヴァルは今回も本営詰め?」
 彼女なら、いつも環の側で護衛を務めているからきっと今回も本営にいるはず……。
「今回は私も出るが、どうした?」
「…………いや、何でもない」
 よりにもよってのタイミングであった。
「……お前が珀亜・クズキリだな」
 そんな落ち込むリーティの様子など気にすることもなく、ヴァルキュリアが顔を向けたのは白虎の少女に向けてである。
「私に何か?」
 確か、キングアーツの軍師の護衛を務めている少女だ。遠目には何度か見たこともあるが、この半年の大半を本国で過ごし、そのままこの戦いになだれ込んだ珀亜としては大した面識もない。
 そんな彼女が、珀亜に何の用事なのだろうか。
「……ああ。話しておきたい事があってな」


 暴れるセタと、困るククロ。そして、それを取り押さえようとする奉たち。
「…………スゴイ事になってるわね」
 そんな光景を工廠の外から眺めていた影が、一人いた。
「でも、これなら今のウチに……」
 工廠の作業スペースを確保するため、作業を受けていないアームコートや神獣は露天駐機の状態にある。
 訓練や偵察の名目で引っ張り出そうと思っていたが、今の騒ぎの最中ならこっそり持ち出しても気付かれないだろう。
 彼女は駐機された愛機の元に向かおうと、そっとその場を振り向くが……。
「…………」
 目が合ってしまったのは、彼女の背後にいた白猫の娘とだ。
「…………どしたのぉ? ジュリアちゃん」
 向けられた金の瞳はそう問いつつも、楽しげに歪められている。まるで、ジュリアの考えやこれからしようとしている事など、全てお見通しだと言わんばかりに。
「え、ええっと…………朝の訓練?」
「なら、あたしもご一緒させてもらおうかしら? ……朝の訓練」
 それでもあえて誤魔化そうとしたジュリアに、白い猫の娘は愉しそうに微笑んでみせるのだった。


続劇

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