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6.ジャイアニズム

 イズミルの本営の屋上。寝転んで青い空をのんびりと見上げていたのは、午前中の訓練を終えたリーティだった。
「リーティ、お前も呑めよー」
 そんな彼に掛けられたのは、陽気な女の声だ。
 まだ日も高いというのに顔は赤く、その手にはリーティにも見慣れた瓶が掲げられている。
「オレは任務中なんだってば。呑むなら三人で勝手に呑んでなよ」
 のんびりとしているように見えても、周囲にはそれなりに気を張っているのだ。何しろ彼の数歩先には……。
「何よぅ。向こうじゃあたしの子分だったくせに、生意気ー」
 いや、既にリーティの目と鼻の先にやってきたそいつは……鷲の翼と銀の瞳を持つ、ネクロポリスの捕虜なのだから。
「ちょっと姐さん……。そっちのオレ、師匠の弟子じゃなかったの?」
 師匠の大切な女性だからと彼女の護衛を申し出たのはリーティだったし、それを瑠璃も抵抗なく受け入れていたが、確かに随分と物分かりが良いと内心怪しみもしたのだ。
 だがまさか、逃げるのが楽そうや、話が合いそうなどという理由ではなく、そんな暴力的な理由だったとは……。
「ロッセの弟子なら、あたしの子分も同じよ。同じ飛行神獣乗りだったし」
 茫然とするリーティを前に、やはりほんのりと頬を赤くした瑠璃はニコニコと笑っている。
「だ……だから、それでも無理だってば。向こうのオレとこっちのオレは別なんだから!」
 エレ達と呑むのが余程楽しいのだろう。瑠璃は逃げる様子もなかったし、一瞬はそんな楽しい輪に交じってもいいかな、などと思ってしまったリーティだが、最終的にはほんの僅かに責任感が勝った。
「しゃーねぇなぁ。だったらお前はその辺で任務でも何でもしてりゃいいよ!」
「だねー。三人で呑んでようよ」
 既に程よく回っているのだろう。呆れ気味のエレと昌に誘われて、瑠璃もつまみや菓子が置いてある辺りに戻ってしまう。
「……ったくもう」
 そんな姦しい女達を見て、リーティは小さくため息を吐くだけだ。


「半蔵!」
 黒大理の廊下に響き渡る名前には、棘というには余りにも鋭く大きな、刃とでも言うべき攻の意思が込められていた。
「何でござるか? アーレス殿」
 だが、そんな強い言葉も風を受ける柳の如く、半蔵は穏やかに応じてみせる。
「テメェ、オレは何つった?」
「ふむ。万里様達を一箇所に集めておくのは危険でござるから、別室に分けておくように……でござるな」
 どうやら大意は通じているらしい。
「既に分けておるでござるよ?」
 だがその報告を受けても、アーレスの怒りは収まらない。
「縛り付けて、監視も一人ずつちゃんと付けとけって言っただろうが!」
 アーレスの考えでは、一人につき一人の監視を付けるはずだった。しかし先程、それを命じていたはずの二人が揃って訓練をしているのを見て……その指示が伝わっていない事を知ったのだ。
「人質に危害を加えるのは得策とは言えんでござる」
「……腕の一本や二本、変わんねえだろ」
 特にソフィアは体の大半が義体である。手足を少々壊した所で、生命維持に支障はない。
「それを見たウィンズ殿やミズキ殿を逆上させるのが関の山でござるよ。……人質は商品価値を落とさぬようにするのが一番でござる」
 実のところ、人質を取って脅迫するいうのは、あまり賢いやり方ではないのだ。人質が死ねばもちろん、下手に傷を付けてもそれで決裂する事がある。
 酷い場合には、交渉が終わった後にその損傷を理由に難癖を付けられて、約束を反故にされる事さえあるのだ。
「なら監視は……!」
「いくら何でも人が足りないよ。わたしはソル・レオンの改良もあるし……」
 それに首を振ったのは、半蔵の傍らにいたシャトワールだった。
「済んだのか?」
「組み付けはね。後は細かい調整だけだよ」
 ただ、ここからは機械には任せられない。シュヴァリエならば多くのデータから最適解が求められるのだろうが、アームコートのデータとシュヴァリエのそれでは必要な情報が全くといって良いほど変わってくる。
「監視の装置はある故、監視はブルーストーン殿に頼んでいるでござるよ」
 ネクロポリスですぐに動ける将は、この場にいる三人と、キララウス達、あとは沙灯くらいしかいない。
 指揮を取るべき軍師はあの奇襲戦以来自室に籠もりがちだったし、神王に至っては普段どこにいるのかさえ見当が付かない。
(キララウスの野郎……半蔵の見張りしてろって言っただろうが……クソッ)
 恐らく、二人に上手く丸め込まれでもしたのだろう。
 確かにこの半年で以前のような覇気はなくなり、どこか疲れたような表情も見せていたが……それでも、野望達成の障害となる可能性の高い半蔵を見逃すなど言語道断だ。
「それに、どうせあの連中の事でござる。何らかの方法を見つけて、お二人を取り返すべく攻めてくるのは必定」
 将としてすべきこと自体はさして多いわけではないが、それでも対策を立てたり、戦うための訓練を行なう必要はあるのだ。捕虜の監視ばかりに時間を割いてはいられない。
「……ネクロポリスはどうやってあの人数で回してたンだよ」
 アーレス達が来る前は、神王とヒサ姉妹、あとは黒豹の足の軍師くらいしかいなかったはずだ。たった四人でこの巨大な城塞やシュヴァリエ達を維持出来るとはとても思えないのだが……。
「ほとんどの事が自動化されているんですよ。正直、キングアーツなどよりもはるかに進んでいます」
 シュヴァリエ達の基本的な整備調整はおろか、食事や服の洗濯まで設備の側がやってくれるのだ。シャトワールがこの地を訪れて半年ほど経つが、シュヴァリエの整備作業はともかく、家事に関しては食事の支度どころか、掃除もろくに行なった覚えがない。
「古代文明の遺産って奴か……」
 食事も洗濯も機械任せとは、古代文明の民はどこまで面倒くさがりだったのか。アーレスもその辺りに関してはまめな性格ではないが、それでも想像も付かない。
「それより今から食事でござるが、ファーレンハイト殿も一緒にいかがでござるか?」
「飯……? まさか捕虜に作らせたってバスマルが言ってた……」
 その誘いで、アーレスは自身が怒っていた理由の一角を思い出す。シャトワールも半蔵も理由付けが上手いから、うっかり丸め込まれる所だった。
「おや、既にご存じでござったか。煮込み料理や大皿料理がほとんど故、一人二人増えた所で構わんと……」
「いらねえよ馬鹿野郎!」
 最初と同じ苛立った声を吐き捨てて、アーレスは再び黒大理の廊下を立ち去っていく。


続劇

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