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36.箱の底の希望

「結局、目的が分かっただけで、敵の規模は分からんままか」
 瑠璃の話を聞き終えた鳴神が漏らしたのは、率直な感想である。
 神王なる人物の目的は、イズミルのアークで二度目の大後退を起こす事。アーレス達がそれに荷担したのは、ソフィア達に対する復讐を兼ねての事だろう。
 分かりやすいと言えば分かりやすいが、敵の本陣へ向かう手段がない以上、こちらからはどうしようもない。
「……あたしも神王様から最低限の事しか聞かされてないのよ。バルミュラくらいの戦力ならいくらでもいるみたいだけど」
「人質は四人、クロノスまで向こうにある。……こちらがアークを押さえているのがせめてもの救いか」
「そうでもないかもしれん」
 そんな場に足を踏み入れたのは、周辺の偵察に出ていたヴァルキュリア達だった。
「お帰り、ヴァル」
「あら。久しぶりね、ヴァル。元気だった?」
「……誰だ?」
 馴れ馴れしく声を掛けられるが、ヴァルキュリアには見覚えのない顔だ。夢の中の沙灯や、彼女に化けた半蔵に似ている気もしたが、雰囲気や目の色が全く違う。
「悪い。こいつは瑠璃の時の記憶がないんだ。沙灯の巻き戻しは覚えてるらしいんだが……」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、初めましてかしらね?」
 そんな立場にも慣れているのだろう。環の補足に小さくそう呟いて、瑠璃は改めて笑顔を向けてみせる。
「悪いが、自己紹介は後だ。……どうだった?」
「ホエキンの航路を辿って八達嶺まで向かってみたが、途中で大量の物資の投棄跡があった。エレに確認してもらったが、その中にはバスターランチャーとやらが残っていた」
「ふむ」
 事態がよく分からない。小さく呟き、無言でヴァルキュリアの言葉を促してみせる。
「それから、八達嶺の船着き場に置きっ放しになっていたクロノスも、柚那の判断で回収して持ってきた。いまホエールジャックから降ろして研究棟に搬入させている」
「……どういう事だ?」
 ヴァルキュリアの報告に、アレクは首を傾げるしかない。
 ミーノースがホエキンを制圧したのは、イズミル侵入のためもあるが、何よりクロノスを押さえるためだったはずだ。それがどうして……クロノスが、八達嶺に置きっ放しになっているのか。
(……半蔵か。あやつめ)
 その事に、確証はなかった。
 けれどあの場でクロノス輸送に関する裏の裏のさらに裏をかけるのは、あの裏切り者を除いて他にない。
「……理由は分からんが、切り札がもう二つ、手元に転がり込んできたって事だよ」


「ごめん。もう一回説明して」
 長々とした説明の最後に返ってきたリーティの言葉に、ククロはため息を一つ。
「だからー」
「……出来れば結論だけ」
 そう言ったのはリーティではなく、エレだった。
 ククロはもう一つため息を吐き、足元に置かれた巨大な木箱を指してみせる。
「クロノスとバスターランチャーがあれば、ミーノースの基地に行けるんだよ」
「珀亜は分かったか?」
「…………」
 珀亜からの返事はない。
「……無理っぺえな」
 エレやリーティは理解の限界を超えたのだろうと思っていたが、もちろん珀亜が考えていたのは、全く別の事だった。
「……要はだね。ミーノースはどうやら、移動に転移神術みたいなものを使ってるっぽいんだけど……」
 呟き、視線を壁へと向ける。
「この神術の仕掛けって、空間を歪めて、そこに穴を開けるって事らしいんだよね」
 ククロの目の前に広がっているのは、昼間の戦いで開けられた大穴だ。工廠の中からでも、イズミルの緑の森と夜空が見える。
「昼の調査で、ジュリアのブラスターも空間に影響する事が分かったんだけど、あれと同じ力をもっと強力にすれば、最終的には空間に穴を開けられる」
「……で、その位置を決めるのがクロノスってわけか」
「そういうこと」
 奉達の話を聞いた限りでは、クロノスはその手の力に特化した神獣のようだった。ミーノースの基地から転移術でこちらに移動出来るなら、こちらから逆に仕掛ける補助にも使えるはずだ。
 だからこそ、ロッセ達はこの神獣の存在を脅威に感じ、奪取しようと狙ってきたのだろう。
「で、ジュリアのブラスターじゃ足りないの?」
 彼女は今も、外で黙々と負傷者の手当や復旧作業を手伝っている。考える事が多すぎて頭の中がまとまらず、寝る気にも休む気にもなれないのだという。
「うん。ハギア・ソピアーのブラスターくらいなら何とかなりそうだけど……」
 操縦席をこじ開けられ中破したハギア・ソピアーは、既に工廠で修復作業が始まっている。だが、ハギアのブラスターは先日ククロがソフィアでなければ使えないように封印を施したばかり。ソフィアがミーノースの基地にいる以上、ハギアを戦力に加える事は出来ない。
「じゃあどうするんだよ」
「そのために使うのが、これだよ」
 クロノスと並んで回収された、大型砲だ。
「でも、コイツも動力が足りねえんじゃねえのか?」
 エレの新たなイロニアが背負っている電磁砲は、出力不足で使えない。エネルギー砲であれば、その条件はさらに厳しくなるのではないか。
「……メガリが回収した翼の巨人の動力炉を直せば、使えるんじゃないかって考えてる」
 大破した翼の巨人は、半数以上はミーノースの転移術によって回収されていたが、損傷の酷い物は術の力も及ばなかったのか、そのままになっていた。
 その中には動力炉が生きているものも、ごく少数だが残されていたのだ。
「……コネクタの形状は同じだったしね」
 コネクタの形状が同じ事など、偶然にしては出来すぎている。だとすれば……。
「アタシらの敵は、古代人の生き残りって事か」
 キングアーツと神揚の源流となった存在。
 神話の時代の住人を相手に、果たして今のエレ達が勝つ事は出来るのか。
 小さく呟き、エレは大穴から覗く清浄な夜空を見上げるのだった。


続劇

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