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29.望まれぬ合流

 リーティの頬を切る風は、今までに感じた事がないほどのもの。出しているのは、恐らく現状での最速だ。
「全速でも逃げ切れないかぁ……」
 けれど、後ろの様子をちらりと見れば、翼の巨人は黒い烏の後ろにぴったりと距離を詰めている。そこから距離を離す事も縮める事もないのは、それが相手の全速なのか、それとも余裕の行動なのかは分からない。
(霊石は大丈夫だけど……これ以上は、限界かな)
 感覚的に伝わってくる各所の状況を確かめて、リーティはため息を一つ。
 神獣は人工物ではあるが、あくまでも生物だ。そして生物である以上、疲れもするし、限界を超えれば身体は壊れてしまう。
 その上限は、完全な機械であるアームコートに比べて、はるかに脆いものだ。
 最高速では逃げ切れない。酷使させたマヴァの体調で、空中機動も厳しいだろう。いま戦って勝てる見込みは、さらに少ない。
(せめて、空じゃなかったら話しようもあるのに……)
 そう思い、胸元に伸ばした手に触れるのは、硬い感触だ。指輪ではない。先日メガリに使いに出掛けた時、こっそりと買い入れた、武器の一つだ。
 しかし今の速度、速さで、それは役に立ちはしない。何よりもこの場所は、薄紫の大気に覆われた滅びの原野だ。
 どうしようか……と思った所ではるか彼方に見えたのは、こちらに向けて進んでくるアームコートの一団であった。
「あ、アーデルベルト!」
 反射的に通信回線を開き、悲鳴じみた声で救援を求める。
「リーか! 総員、対空迎撃! リーはスピードを緩めるなよ!」
「合点!」
 リーティの返事と同時、こちらに向けられた幾つかの弩が火を噴き、空中に鋼の綱を打ち放つ。
 その光景には正直良い思い出が無かったが……覚悟を決めて全速で飛び込めば、それらの拘束兵器はリーティの飛び去った空間を切り裂き、後ろのロッセへと殺到する。
 流石にロッセも、それら全てを空中で避けきるほどの機動は無理だったのだろう。軌道を一気に直上に変え、そのまま戦域を離脱していった。
「……ああ、助かったよ。死ぬかと思ったぁ」
 上空を大きくくるりと回って体勢を整え、リーティは陣形を行軍隊形へ戻したアーデルベルト隊の上に付く。
「それは構わんが、あいつは……?」
 明らかに無人機の動きではなかった。無人機であれば回避など選ばず、そのまま綱を切り裂こうと突っ込んで……第二射で備えていた網の餌食となっていただろう。
「師匠……ロッセが乗ってたんだよ」
「ロッセ・ロマが……?」
 唐突に出てきたその名に、アーデルベルトは僅かに考え……。
「…………リー。お前を助けたのは失敗だったかもしれん」
「どういう意味だよ!」
「別に死ねと言っているわけではない。あれが戻ったという事は、連中の軍師が戻ったという事だぞ」
 その予想が正しいとすれば、今も指揮網を寸断され、散発的な反撃しか出来ずにいるだろうイズミルは……。
「急ぎ戻る! 総員、全速!」
 アーデルベルトの掛け声に、対空兵装を収めた隊員達は移動速度を一層速めるのだった。


 炎に包まれた式典会場を抜け、ハギア・ソピアーを拾ったソフィア達が向かうのは、一路南。
「万里。……もうすぐだからね」
 彼女の肩に乗る少女に声を掛け、ソフィアは機体の速度をさらに上げていく。
 乱入してきた翼の巨人達や炎に分断され、彼女たちも昌達と合流する事は出来なかったのだ。仕方なくイズミル警護用に置いていたハギアを拾い、二人で南の神獣厩舎へ向かっている。
「……ごめんなさい、ソフィア」
「気にしないで。イズミルは、また立て直せるから」
 イズミルが攻められている事を見過ごしてはおけなかったが、かといってこんな戦場で万里一人を放り出すわけにもいかない。
 移動の途中で昌達と合流し、万里を預けるのが理想的な流れではあったが……混乱の極致にあるこの地で、その偶然は難しいだろう。
「万里様! ソフィア殿!」
 だが、飛んできたのは背後からだ。
「半蔵!」
 半蔵が連れているのは、フードを目深に被った人物だった。その姿にソフィアは覚えがなかったが、恐らくは神揚の関係者を避難させてきた、といった所なのだろう。
 しかし、その人物の名前はソフィアにとってはあまりに意外な名前だった。
「シャトワールも無事だったのね。良かった」
「シャトワール!?」
「ええ、半蔵が連れてきてくれたの。式典が終わった後に言おうと思ってたんだけど……」
 被っていたフードを外し、ハギア・ソピアーの黒金の機体を静かに見上げたのは、確かにソフィアも見覚えのある禿頭無毛の人物だった。
 半年前の戦いの前後で行方不明になっていたはずだが、どうやら無事に見つかっていたらしい。
「それより半蔵。万里を厩舎に連れていってくれる? あたしは戻ってあの翼の巨人達を倒さないと!」
 巨人の攻勢は、式典会場から本営の方へと移りつつあった。避難は終わっているはずだが、かといって好きにさせて良いはずがない。
「承知したでござる!」
 半蔵の頼もしい言葉を聞いた時には、既に万里は既にソフィアの肩から飛び降りていた。腰部装甲、膝の上を身軽に飛び移り、あっという間に半蔵の元へと降り立っている。
 これで、万里は大丈夫だろう。
 そう思い、戦場を向いたその時だった。
 彼女の元に殺到する、赤い装甲を目にしたのは。
「……アーレス!」
 それは、赤く塗られた獅子の兜を持つ機体。
 アーレス・ファーレンハイトのまとうソル・レオンであった。


続劇

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