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26.終わらぬ戦い、終わる戦い

 薄紫の荒野を切り裂く突撃を、誰も受け止めはしなかった。
「……躱すだと?」
 正面から受け止めるのではない。左右に分かれて躱した後、分かれた左右の軍勢は、一気に左右から襲いかかってくる。
「この数で挟撃をするつもりか……!」
 挟撃とは、本来数が多い方が少ない方に対して行なうものだ。五機の相手が十機の相手にするものでは、けっしてない。
(……いや、それだけ機体性能に自信があるという事か)
 飛行能力があり、装甲も厚い。噂どおりに無人の機体というならば、死をも恐れずに戦うのだろう。
 確かに汎用機で構成されたアーデルベルト隊からすれば、五対十とはいえ圧倒的に有利な状況……というわけでは決してない。
「作戦B3号! 相手を空中に上げさせるな!」
 麾下の九体のアームコートに指示を送って、アーデルベルトも防戦に加わるべく自らの斧を振りかざす。
 そんな乱戦に近い戦いの中でも、アーデルベルトは思考することを止めはしない。
「この兵の動かし方……」
 機体性能に偏重した兵の動かし方をする将を、アーデルベルトは一人だけ知っていた。
「キララウス・ブルーストーン!」
「……少佐だ」
 試しに全帯域に向けてそう叫んでみれば、訂正の言葉が僅かに戻ってくる。
「既に『元』だよ!」
 キララウス中隊は解体され、兵は各地へ散り散りになってしまった。そしてキララウス自身も既に軍籍はなく、本国では反逆者として扱われている。
「ならば、そのように振る舞うまでよ」
 そのまま会話は途切れてしまうが、会話の中で僅かに挙動を変えていた機体が一機あったことを、アーデルベルトは見逃さない。
「仮称三番の機体は有人機だ! 中に乗っているのはキララウス元少佐と確認した。作戦変更! 仮称三番を標的に、作戦C8号でいく!」
 アーデルベルトが指示を終えるより早く、麾下の九機のアームコートはアーデルベルトの意のままに動いていた。
 隊の一機がアーデルベルトと立ち位置を変え、アーデルベルトとキララウスを一対一に。
「…………勝てるつもりか?」
 その言葉と共に、キララウスの駆る翼の巨人が剣勢を増す。先日の改装でアーデルベルトの機体も基本性能の底上げがされたはずだったが、それでも攻撃を受け流すのが精一杯だ。
 だが。
「お前に勝つつもりはないさ」
 あえて一対一に持ち込んだのは、アーデルベルトならばキララウスに勝てると踏んだからではない。
 まずは相手にキララウスがいる事を確実に確かめるため。
 そして……。
「……お前にはな!」
 彼がキララウスに勝つ必要はない。
 そう。勝つ必要など、どこにもないのだ。


 シャトワールと共に南へ向かう半蔵に掛けられたのは、頭上からの声。
「半蔵っ!」
 アームコートのスピーカーから響く、少女の声だ。
「イノセント殿か!」
 恐らく神揚の控え室のすぐ脇にアームコートを停めていたのだろう。シャトワールの足に合わせて動く半蔵達と比べれば、明らかにアームコートの方が早い。
「半蔵、どうしてこんな事を……っ!」
 式典会場だけではない。倉庫でも、裏手の居住区でも、次々と火の手が上がっている。その仕掛けを施して回ったのが彼らだとは信じたくなかったが……。
 半蔵にそんなスキルがある事は、ジュリアもこの半年で嫌と言うほどよく分かっていた。
「答える気はござらん!」
「半蔵さん。……ロッセさんが、困ったらこれを使うようにと」
「……これは?」
 シャトワールが差し出したのは、手の中に収まるほどの卵に似た物体である。卵の頂に当たる部分にボタンが付いている以外は、特に仕掛けらしいものはない。
「そこのボタンを押して、広い所で投げるようにだそうです。一時的にイズミル内でも転送用のマーカーを展開出来るとか……」
「よく分からぬが、頼むでござる!」
 爆発するものなのか、それ以外の秘密兵器なのか。
 少なくとも、今が困った状況である事には違いない。
 シャトワールに言われるがままボタンを押して、ジュリアに向けて放り投げる。
 だが、それは後ろに向けて跳んだジュリアには届く事はなく……。
「むむ……?」
 爆発も、しない。
「不発……?」
 けれど、変化が起きたのは次の瞬間だ。
 卵を中心に空間が捻れ、曲がり、その内から巨大な物体が姿を見せる。
「おお…………っ!」
 四対の足に、極端にくびれた胴。後ろに大きく伸び膨らむのは、不釣り合いなまでに肥大化した腹部である。
「ちょっと、なによこれ……!」
 プレセアのスレイプニルに似ていたが、それよりも禍々しく、はるかに大きい。ジュリアの機体に比べれば、それこそ子供とアームコートほどの差があるだろうか。
「これは良いものでござるな! それでは、そいつの足止めをするでござるよ!」
 恐らくは翼の巨人と同じ無人機なのだろう。半蔵の指示を受けたそいつは低い唸り声を上げると、弓を構えたジュリアに向けてゆっくりと近付いていく。


 炎が生まれたのは、それこそ何もない虚空から。
 だが、燃え落ちたのは、クロノスの表面を覆っていた封印を示す分厚い布だけだ。流石の神術師の炎も、神獣を介した増幅なくして神獣や耐術加工の施された厩舎を焼けるほどに強くはならない。
 けれどその正体を曝く程度には、十分な威力を持っていた。
「ほら。ただのゴブリンだ」
 焼け落ちた中から姿を見せたのは、彼女の求めていた時を操る神獣ではない。量産され、歩兵としての役割を与えられた近接戦用の神獣だ。
「その話、どこから聞いた」
 ムツキの口調は、先ほどと変わらぬ平板なもの。けれどその内容は、本来ならば動揺し、息を呑むくらいでは済まされないものだ。
 それをしなかったのは、ひとえにムツキの重ねてきた年の功があってこそ。
「どこでもいいでしょ」
 だが、そんなムツキの問いに、瑠璃はどこか勝ち誇ったように笑ってみせるだけ。
「それじゃ、お菓子はごちそうさま。王家の谷って食べ物は全然美味しくないから、嬉しかったわ。……アエロー!」
 身軽にその場を立ち上がり、指をぱちんと一つ鳴らせば、厩舎の天蓋を突き破って現れたのは鳥に似た鋼の獣だ。
「まあ……そうね。役目は済んだし、お菓子のお礼にひとつだけ教えてあげる。あなた達の裏切り者は……」
 瑠璃が言いかけた、その時だった。
 神獣厩舎の入口に大きな音が響き渡り、そこに半壊したカメレオンに似た神獣が飛び込んできたのは。
「そのシュヴァリエ、使わせてもらう!」
「ちょっと、何するのよっ!?」
 そいつは瑠璃が乗り込もうとしていた飛行型神獣に飛び付くと、そのまま瑠璃より先に騎体の中へと乗り込んでしまったではないか。
「うるさい! 俺はまだ死にたくないんだッ!」
 半狂乱の声で荒々しくそう言い放ち、、アエローと呼ばれた鋼の鳥は瑠璃を残して急上昇。
「ちょっと………冗談でしょ………!?」
 まさしくそれは、一瞬の出来事だった。
 残されたのは、白木の床に落ちて動かなくなったホーオンと、中空に浮かんで茫然としている瑠璃。
 そしてそれを地面から見上げるムツキだけだ。
「どうする。戻る手段はもうないか?」
「……ちっ」
 掛けられた言葉に瑠璃は舌打ちをひとつして、開けられたままの天蓋からどこかへ飛び去っていくのだった。


続劇

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