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13.天国と地獄

 目の前にそびえるのは、肥大化した両脚を備えた異形の機体。
「これが、ソイ研の新型機……!」
「新型っつーか、相変わらずの寄せ集めだけどな」
 今までは肥大化した両脚に、バランサー程度の両腕と最低限の上半身が付いているような機体だった。しかし今は、両腕のあった場所には槍に似た棒状の武装が直付けされている。
 もちろんそれは、槍ではない。
「長銃、完成したんだな。資料では読んでたけど、強度の問題って何とかなったんだ……」
 ククロが読んだ資料では、アームコートの倍ほどの、据え置き型の武器だと記されていた。強度的な限界があって、アームコートに乗せられるほどの小型化は難しいと聞いていたが……。
「やっぱりこれも、神揚の技術のおかげかい?」
「ああ。向こうの金属はこっちより丈夫なのが多いらしくてね。まあ、加工が難しいから、量産の目処は立ってねえらしいけど」
「本国の工廠でもそういう動きなのか……」
 セタの機体も、神揚の技術があったからこそ実現がなったものだ。こうして少しずつ、お互いの出来る事が増えていくのだろう。
 そんな中……。
「で、この背中のは? こんなの、ソイ研のロードマップに載ってなかったよね? 試作品?」
 ククロが目を止めたのは、紺色のその機体の背中に備えられた棒状の装備であった。
 両腕に備えられた銃に似ているが、それよりもはるかに大柄な作りをしている。途中のヒンジらしき機能が折り畳みのための関節部だとすれば、それを伸ばせばアームコートよりも長い巨大砲になるだろう。
「隅に置いてあった奴をとりあえず乗っけてきたんだよ。何とか投射砲とか言うらしいけど……」
 実際の所、使い物になるかも分からないのだ。ただ、長いぶん振り回せばそれなりに役に立つだろうし、イズミルで研究材料にする手もある。
「どうかしたのかい?」
「ああ。これ、見てよ」
 セタの問いにククロが傍らの書類の束から取り出したのは、一枚のスケッチだ。
「これは……バスター……ランチャー?」
 それは、確かにイロニアに背負われた折りたたみ砲に似た姿だった。多少長さが詰められて、折り畳み式にはなっていないようだが、違いと言えばその程度でしかない。
「神揚で発掘されたらしい古代の武器なんだけどさ。……なんか似てない?」
 端から伸びた動力ケーブルや、その先に付けられたコネクタも近い形をしている。使い方はともかく、規格は似たものが使われているのだろう。
「こいつも古代の武器って事か。使い方も似てくるのか?」
「さあ。バスターランチャーはブラスターと同じ光線砲みたいだったけど、こっちは実弾を撃つみたいだからなぁ」
 本体の底部に備えられた箱状の部品は、恐らくは弾丸を収めておく装置だろう。当たり前だが、光線砲であればそのような弾倉は必要ない。
「これもイズミルにあるのかい?」
「もう少ししたら八達嶺から届く予定だよ。早く来ないかなぁ……」
 とはいえ、届くのは式典が終わってからになるだろう。
 二本の砲が揃えば比較研究も出来るだろうし、動力部をどうするか模索するのも面白い。
 新しい玩具の出現に、ククロは表情を思わず緩ませてしまうのだった。


 八達嶺の町並みを流れていくのは、神揚の人々だ。
 中にはメガリやイズミルから来たらしき義体を備えた者も見受けられるが、全体からすればほんの僅か。その光景を眺めていたリフィリアも、むしろ神揚の人々の視線を受ける側である。
「…………」
 通りを歩いていた鹿の耳を備えた娘に微笑まれ、リフィリアは思わず目をそらす。
「どうしたんですか? ぼうっとして」
「いや……。一つ、聞いていいか? 千茅」
 他所に視線が向いていた事を誤魔化すような言葉に、千茅は小さく首を傾げてみせた。
「はい?」
「こういう動物の耳を付けるのは、神揚では当たり前のことなのだろう?」
「ええ。まあ……」
 キングアーツで言えば、義体のようなものだ。神揚の民にとっての肉体改造は珍しいものではないし、完全に人のような外見で身体の内にのみ性質を宿している者もいる。
 どちらにしても、ごく普通のことだ。
「付けたいのー?」
「い、いや……そういうわけでは……っ!」
 後ろから掛けられた昌の声に、思わずその身を固くする。
「耳くらいなら、訓練も入れて半年かからないくらいかなぁ? クマノミドーさんは分かる?」
「わたしも物心ついた時には、この身体だったので……」
 それは昌や万里も同じ事だ。
 だいたいの家では、物心付く前にこの手の施術は済ませてしまう。年を経てから術を施す者は少数派で、具体的なリハビリや訓練にどの程度の期間が必要か知っている者はそう多くない。
「そうか……。そういった耳は、色々と便利そうだからな……」
「そうだねぇ。普通は聞こえないらしい音が聞こえるようにもなるから、色々便利なことも多いよ」
 もっとも、昌も物心ついた時にはこの身体だったから、他人よりも聴覚が優れているのだと理解したのは、それから随分と経ってからの事だったが。
「そ、そうだよな。ああ。私もそれが目当てなんだが……まだキングアーツ人の施術例はないからな。その実験も兼ねてだな……」
 何を焦っているのか、周囲の誰も分からない。
 だが、そんなリフィリアの背後から伸びてきたのは、彼女たちとは違う白く長い腕だった。
「リフィリアちゃんだったら、兎よりも猫の方がいいんじゃないかなー?」
「あ、ミカミさん」
 千茅と同じく、先日帝都から戻ってきたばかりのリフィリアだ。
「あれ。ミカミさん、イズミルに行ったんじゃなかったの?」
 昌が覚えている限り、新型騎の様子見も兼ねて楽しそうに出掛けていったはずだが……いつの間に帰ってきたのだろうか。
「だって、コトナちゃん出掛けてるって言うしー」
 つまらなそうにそう言って、リフィリアを抱きかかえるように腕を回し……露わになった耳元にそっと言葉を囁きかける。
「猫は便利よぉ。慣れたら、尻尾でこーんな事も出来ちゃうし」
「ひぁ……っ!?」
 そんな言葉と共にリフィリアの指先を撫でるのは、柔らかな毛に包まれた彼女の長い尻尾だった。子供の手ほどの力はあるのか、リフィリアの指先に優しく絡みついてくる。
「触るなら、ゆっくりね……? 感じやすいんだから」
「あ……い、いや…………っ」
「ふふっ。緊張しちゃって、かーわいいー」
 耳元で囁かれる声と、指先に触れる柔らかな感触に、鼓動が加速していくのが分かった。視線の向こうで揺れる白い猫の耳に、理性がぐらりと傾ぐのを感じて……。
「ちょっとミカミさん」
 まずい、と思った瞬間に、助け船を出してくれたのは昌だった。
(あ、危ない所だった……)
 柚那を叱咤するような昌の声に、リフィリアは思わず心の中で息を吐く。
 半年前の騒動がひと息付いた時、双方の交流や技術供与の一環として、八達嶺への転属を持ちかけられた事があった。
 初期の段階から交流を行ない、お互いの事情も公平に判断出来るだろうと思われたのである。
(うぅ……こんな可愛いのに囲まれて、仕事なんか出来るわけがない……!)
 その時は適当な理由を付けて断ったが、こんな事態に陥るのが恐かったからこそ、今まで八達嶺への転属を拒んでいたのに……!
 だが。
「猫の尻尾も便利かもしれないけど、兎の耳だって便利なんだよー! 偵察にも便利だし、不意打ちなんてもらわないし」
 昌はそんなリフィリアの内心など気付く事もなく、その身をぐっと寄せてきた。
「あ、ああ……っ」
 左を見れば、昌の兎の耳。
 右を見れば柚那の猫の耳である。
「そういえば千茅ちゃんのクマさんも人気よねぇ?」
「まあ、力も強くなりますし……」
 そこに、柚那は千茅の熊の耳を巻き込み……。
「だったら万里の狐だって負けてないよ!」
 対する昌は、万里の狐の耳まで引きずり込んできた。
「何の話?」
「うん。アルツビークさんが動物の性質を融合したいっていうから、何がいいかみんなで話してたの」
「そうねぇ……」
 昌の言葉に、万里も自分の特性には思う所があるのだろう。神妙な面持ちで何やら考え始める。
「うぅぅ………」
 その考えに連動して、万里のお尻で揺れるのはふわりと膨らんだ狐の尻尾。まだお互いの正体を隠していた頃はスカートの下に隠されていたそれも、今ははばかる事なくその場に露わにされていた。
 もちろんそれも、昌にとっては果てしなく目の毒であり……。
「きっとリフィリアちゃんならすっごく可愛くなるわよねぇ?」
「そ、そんな目的では………………っ!」
 トドメとなったのは、柚那のそんなひと言だった。
「お、お先に失礼しますっ!」
 慌てて柚那の手をくぐり抜け、買った荷物を掴んで駆け出していく。義体に換装された機械仕掛けの全速力は、あくまでも生物の特性を付与された神揚の民の全速とは比べものにならない。
「あら。逃げられちゃった……」
「……もう。ミカミさんがあんまり言うからだよー?」
「別に私、そんな変なこと言った覚えないけどなぁ?」
 そう呟いて千茅のほうを見る柚那だが、話を向けられた千茅も苦笑いをしてみせるだけ。
 もっと露骨な誘い方をしたならまだしも、まさかそんなひと言が彼女の思考の本質を突いたとも気付かず……柚那は不思議そうに首を傾げるだけだった。


続劇

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