32.それから・2 「じゃあ、万里は一度神揚の都に戻るんだ?」 ソフィアの頭上に広がるのは、琥珀色の霧と、そこに浮かぶ巨大な輸送神獣だ。 鯨と呼ばれる巨大海獣を模して作られているのだと教わりはしたが……これが人工物である事も、こんな巨大な生き物が存在している事さえも、ソフィアはいまいちぴんと来ずにいる。 「今回の件の報告もあるしね。昌と珀亜も付いてきてくれるから、心配はいらないよ」 神揚の皇帝……彼女の父親である神揚のトップ……に直接面会し、ニキの反乱とその後の対応、そしてキングアーツとの事を改めて報告するのだという。神揚では名家とされる昌や珀亜も、その報告には補佐として同席するらしい。 「ま、こっちにはあたし達が残るしね。ソフィアちゃん達も歓迎するから、たくさん遊びに来てねー」 そして留守役には、柚那達が任されているのだが……楽しそうな柚那の様子に、ソフィアはむしろ思案顔だ。 「柚那だけって、それって心配じゃない? 鳴神もこっちにいるし……」 鳴神は八達嶺からの正式な特使という肩書きで、今もメガリ・エクリシアに残っていた。義体化された腕は概ね自在に使えるようになっていたが、八達嶺とメガリの間の交渉役として、プレセア達と様々な話し合いを続けている。 「……俺も残るから大丈夫だ」 そんなソフィアも、どこか機嫌の悪そうな奉の言葉にやっと安心した様子を見せた。 「お願いね、奉」 「ああ。……万里も、何かあるようならトウカギの家を使ってくれていいからな」 本来なら、奉も報告に同行する予定だった。しかし八達嶺を万里の代わりに預かれる相手がいないと言う事で、仕方なく後詰めを務める事になったのだ。 珀亜の兄や柚那の姉が今も現役なら……そして何より万里の本来の副官がいえばそんな心配はしなくても良かったのに……とも思うが、いないものはどうにもならない。 「うん。何があっても、キングアーツとの和平は進めてみせるから」 いまだ、八達嶺とメガリ・エクリシアの間に結ばれているのは、不安定な休戦協定でしかない。大国同士、それもお互いに納得いく形での和平の実現は、ここから粘り強く進めて行く必要がある。 あの夢の通りに、悲劇を繰り返すわけにはいかないのだ。 「兄様も楽しみにしてるって」 「そ、そう……?」 思わず出てきたその名に、万里は思わず目を伏せて……。 「あ、万里、赤くなってるー!」 「な、なってないよ!」 「おーい! そろそろ出航するよー!」 はやし立てられたその声に、彼方からのタロの声が重なっていく。 |