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20.すれ違う想い

「おい、こっちに来い!」
 剣の柄で軽く肩を小突かれて、思わず姿勢を崩しかける。普段なら何事もないそれも、太い綱で両腕両脚を縛られたままだとバランスを取る事もひと苦労だ。
「ふん。年寄りは大事にしろと教わらんかったのか」
 アーレスの抜刀が引き金となったのだろう。辺りにいた兵達は、アーレス麾下の兵達に次々と捕縛され、ハンガーの一箇所に集められていた。
 時折他の区画からの伝令の兵が来ているあたり、複数の隊が共謀し、その手はメガリ・エクリシア全体に及んでいるらしい。
「何か大変な事になっちゃったなぁ……」
 捕縛された兵の元に押しやられたのは、ムツキだけではなかった。
 アーレスに剣を突き付けられたククロも、当然のようにその一角で手足を縛られ、その場に腰を下ろしている。
 そして……。
「ヴァルちゃん。本当にダメですの?」
「環の命令でな。……すまん」
 小さくそう呟き、ヴァルキュリアはプレセアの顔からそっと仮面を外し、その身をゆっくりと抱え上げる。
「これがないと、目と耳が効きませんのに……」
 そう。
 ヴァルキュリアも、ククロやプレセアの側ではなく……アーレス側の人間だった。
 正確に言えば、アーレス側に付いた環に従っていた。
「ククロ。面倒を見てやれ」
 ヴァルキュリアなりの気遣いなのだろう。抱きかかえたプレセアを下ろしたのは、それなりに馴染みのあるククロの傍らだった。
「…………ククロ君」
 目と耳を奪われても、言葉を喋る事まで出来ないわけではない。プレセアは小さくそう呟き、ククロの腕にそっとその身を寄せてくる。
 力があるとは思えない細い手で少年の華奢な腕を取り、自らの額におずおずとその手の甲を押し付けた。
「どうしたの? 恐い?」
「いえ。仮面を外されると、回りの音も聞こえませんの」
 ただ、それでも振動を経由して音を感じるくらいはできる。本当は骨との間隔が狭い額が理想なのだが、この場でそれをするのは流石に少々抵抗がある。
「ああ、スレイプニルと同じ仕掛けかぁ。色々不便なんだねぇ」
 プレセアの基本の視覚聴覚は仮面による外付け、周囲の音を視覚として捉える仕掛けに至っては車椅子に備えられた外付けだ。そんな外付け機能のデメリットにふむふむと頷きながら、ククロはしがみ付かれた手をプレセアのしたいようにさせている。
「で、我々をこうして捕まえて、どうするつもりだ?」
 キナ臭い匂いは以前からしていたが、どうやら年老いてもその勘は鈍っていなかったらしい。そのまま錆び付いておけば良かったのにと心の中でぼやきつつ、ムツキは普段の様相を崩さない。
「簡単な事だ。ここを押さえりゃ、アレクもお姫さまも野垂れ死ぬしかないだろ」
 ムツキの問いに答えたのは、彼にはあまり聞き覚えのない、どこか不遜な言葉遣いの少年であった。
 メガリ・エクリシアは、滅びの原野開拓の最前線だ。ここでの補給が受けられなければ、最も近い補給基地は北に数日行った所にあるメガリ・イサイアスとなる。
 そして戦闘が終えた後のアームコートでは、イサイアスに至る山岳地帯を抜けられるだけの燃料は残っていないだろう。補給部隊には若干の黒王石の備蓄もあるだろうが、それこそ微々たるものでしかないはずだ。
「そうして、貴様らが本国の縛について仕舞いか? 拍子抜けの幕引きだな」
「まさか。……そうだな、本隊が攻めに行った隙に神揚の強襲部隊が来た事にするか、捕虜の爺さんが暴れて大事なウチの准将様を潰しちまった事にするか……」
 全ての証拠はこのメガリ・エクリシアの中だけにしかない。故に、メガリ・エクリシアの民や軍人全てが結託すれば、その事実はなかった事にさえ出来るだろう。
「戦を続けさせる気か」
 故に、歪められた現実は、そのまま事実となるだろう。そんな報告を上にしたなら、上がどんな判断を下すかなど……火を見るよりも明らかだった。
「ああ。キングアーツと神揚には、平和になられちゃ迷惑なんだよ。戦を続けてもらわないとな」
「……戦闘がしたいだけなら、地方の内乱にでも出向くがいい。どちらにも正義がないから、いくらでも戦っていられるぞ」
 強敵や戦いそのものに自身の存在意義を見いだす者は、戦場ではさして珍しいものではない。彼等は戦士としては優秀な場合もあるが、その力だけで指揮権を握りでもすれば、戦場は悲劇を生み出すだけの温床と化す事がほとんどだ。
「そんなんじゃねえ! 俺達は……俺達の国を取り戻すんだ!」
「ああ……蘭衆の独立派ですのね。ごく少数のタカ派ではありませんの」
 蘭衆は確かに他の地域に比べて独立の気運が強いが、それは自らの道を歩もうとする者が多いというだけで、国自体を独立させようと思う者はごく少数でしかない。
 プレセアも何度か仕事や任務で訪れた事もあるが、街の長もそれなりに気風が良いだけの善良な人物だったはずだ。
「少数派なんかじゃねえ! 蘭衆の独立は、蘭衆の民の総意だ! 長だって本当はそれを願ってるはずだ!」
 世の中を渡っていく以上、我を通すだけではどうにもならない場面がある事はアーレスも理解している。だが、本当の目的を果たせる時機が来たならば、動き出すことも必要なはずだ。
 それは、今をおいて他にない。
「……そうか。キングアーツも、力にて回りの国を従えている国であったな」
 力で侵略を進めた国ならば、そんな反発がある事も珍しくはない。
 もちろんそれはムツキの属する神揚でも少なからずある問題だし、彼自身、今までの人生の中で嫌と言うほどそれを感じてきた。
「キングアーツの力が戦争で弱まれば、蘭衆への支配力も弱まる……。そうなれば、俺達の国が再び俺達の国として甦るんだ!」
 故に……。
「それが……蘭衆の悲願だ!」
 アーレスは拳を打ち据え、そう叫んでみせる。


 警備の兵の首筋を打ち据えたのは、刃を返された神揚様式の刀である。キングアーツのそれとはバランスの違うそれを使いにくそうに一つ鳴らし、アレクは傍らの少女を振り返る。
「千茅!」
 彼女を護るように戦ってはいたが、長い廊下の中央である。いかに立ち回りを工夫しても、左右から来る敵に対してアレクは所詮たった一人。
 どうしても彼女を護りきることは出来ない。
(……いや、ここで使うべきでもない……)
 右腕の切り札は、いまだ切るべき場所ではないはずだ。それにあれでは威力が強すぎて、兵はおろか千茅まで巻き込んでしまう。
 千茅も大人しく見えるが、万里に仕える軍人だ。自身の身を守るくらいは出来るだろうし……そもそも兵達も万里の部下だ。余計な犠牲は出したくない。
「はい?」
 そんな想いを抱きながら振り返れば、護ろうとしていた彼女はごく平然と立っていた。
「…………」
 彼女が抱えているのは壁から引きはがした大きな板だ。それを盾代わりにし、迫り来る兵達を片っ端からなぎ倒している。
「大丈夫ですか、アレク様!」
「あ、ああ……」
 使い慣れた武器に近いそれで倒した兵の数は、むしろアレクのそれより多い。
「この先を右です!」
 アレクの手を取って走り出す千茅の耳は、どこか嬉しそうにひょこひょこと揺れていた。
 もちろん動物の性質を帯びた、熊の耳だ。
「………どうかなさいましたか?」
「……いや、何でもない。千茅は強いな」
 純粋なパワーでいえば、ソフィアはおろかアレクも凌ぐだろう。大人しそうに見えても、やはり熊のパワーの持ち主なのだなとアレクは内心驚きを隠せない。
「まだまだです。もっともっと強くならないと、誰のお役にも立てませんし」
 これ以上強くなったら一体どうなってしまうのか。
 アレクはわずかにそう思ったが、とてもそれを口に出すことは出来ないのだった。


 薄紫の大地を踏み、薄紫の大気を振り抜いて放たれたのは、紺色の脚の一撃だ。
 その空間には何もない。
 けれど、ただ振り抜いたはずの一撃は、振り抜く半ばでぐしゃりという強い抵抗を受けて勢いを減じ……。完全に振り抜ききった時には、その先に醜くひしゃげたトカゲに似た姿が現れている。
「さっすがククロだな。このセンサー、良い仕事してやがる!」
 眼帯の下、瞳に当たる部分に刺さる接続ケーブルをひと撫でして、エレが上げるのは快哉の声。
 光学センサーでは見えなかったカメレオン型神獣も、ククロが追加で装備してくれた新型センサーの前ではその姿をくっきりと暴き出されていた。
 姿さえ見えれば、強さは辺りの小型神獣と大差ない。
 もちろん、エレの敵ではなかった。
「攻撃もいいですが、敵の位置をちゃんと割り出して下さいよ、エレ」
 同じく新型センサーを重ね合わせた視界で敵の動きを掴みながら、コトナも容易くその攻撃を受け止める。
 ただ、エレと違うのは、その後に攻撃に転じる事はなく、腰に下げられた小さな瓶を相手に叩き付けた事だろう。瓶に詰められた塗料はカメレオン型神獣の透明な表皮を流れ落ち、薄紫の荒野を移動する謎の塗料の塊を作り出す。
 もちろんそうなれば、透明化によるアドバンテージはない。相手の視界の外から奇襲を掛ける事もできず、新型センサーを持たない多くの兵達の攻撃にすぐさま活動を停止する。
「先に潰しちまえば一緒だろうが!」
「……イクス准将の作戦を聞いていなかったんですね」
 新型センサーは、本来アーデルベルトたち一部の兵しか使っていなかった熱センサーや赤外線センサーを組み合わせたものだ。当然その備蓄数はごく僅かで、搭載する事が出来たのは指揮官クラスの一部の機体だけ。
 故に、センサーを備えた機体は直接そいつらを仕留めるよりも、存在を暴き出す事を重視する必要があったのだが……。
「日明。そちらの瓶はあといくつある!」
 そんなコトナ達の元に入ってきたのは、アーデルベルトからの通信だ。
「あと三本です。もう一本使ったら、一度退きます」
 臨時に任された兵達にも、疲労の色が濃い。バスマル達の隊を退け、その後にいくつもの小部隊を相手に連戦しているのだから当たり前だ。
 機体の外には出られないにしても、少しは息を整えたいと思ってしまう。欲を言えば、少し昼寝できれば理想なのだが……。
「そうしてくれ。敵もいい加減に仕掛けてくる頃だろう。攻勢が来れば、こちらは撤退するぞ」
「相手してらんねぇしな」
 どうやら昼寝は、もう少し先になりそうだった。
「……たまりませんね。こちらの体力も考えて欲しいものです」
「休むんならあたしの膝で休め! 揉むから」
「揉むほどありませんよ。知っているくせに」
「それはそれで味があって……」
「……そう言えるウチは、私も大丈夫という事ですか」
 エレに揉まれるのは嫌ではない……というか、もう慣れてしまって正直何とも思わない。それもどうなんだろうと思いながらも、そんな軽口を叩く余裕がある事に僅かに元気を取り戻す。
「そういう事だ! さっさと残りの一本使っちまえ! 透明な奴、来たぞ!」
 通常視界と熱視界の誤差を判断しながら、コトナは自らの機体に大盾を構えさせる。
 まだ、戦いは終わらないのだ。


続劇

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