18.霧の先に見えたもの 琥珀色の空を見上げながら、誰もがどこか茫然としていた。 「ここが……」 夢の中では幾度も目にした光景だ。 「……八達嶺」 けれど、それをいざ実際に目にしてみると……確かにそこは、キングアーツともスミルナとも全く違う世界なのだと、無言で語りかけてくる。 「リーティやムツキさん達も、こんな気持ちでメガリの空を見上げてたのかな」 「かもしれん……」 だが、そんな中、ソフィアの両手を掴み、楽しそうに握手をしている者がいた。 「そっかー。あんたがアヤさんかー!」 「アヤって略されるのは初めてね。よろしくね、タロ」 タロだ。 アームコートで琥珀色の霧に飛び込んだ後、ソフィア達を迎えてくれたのは、小型の作業用神獣に乗った奉とタロだった。 そのまま彼等の案内に従い、街の最外縁部にある倉庫街までやってきたのだ。辺りの建物は倉庫というだけあって大きな物が多く、アームコートでも十分に隠れて進む事が出来ていた。 「タロ……あ! もしかして、ワッフルを作ろうとしてたっていう?」 そういえば、昌達との会話の中では時折出ていた名前だ。確か、八達嶺でキングアーツ料理の再現を行っている料理人だったはずだが……。 「もしかしてジュリアさんかい? うわぁ、アヤさんといいジュリアさんといい、キングアーツって美人揃いじゃないか!」 「え、美人だなんてそんな、やだ……」 照れるジュリアにも嬉しそうに握手を求めるタロだが、倉庫の奥から掛けられた声に仕方なくそちらに声を投げ返す。 「アームコートは上手く隠せたが……大丈夫なのか?」 アームコートのハンガーほどに巨大なそこなら、確かにアームコートを隠すには最適だったが……。 心配そうな顔をしているリフィリアに、タロは気軽に頷いてみせる。 「ウチの倉庫だから平気だよ。街中バタバタしてるし、さすがにこんな所まで追ってる暇はないだろ」 移動中も、そういった目のない場所を選んで来たのだ。気付かれた様子はないし、仮に追求されても誤魔化す算段くらいは用意してある。 「そうではなくて、お前自身は大丈夫なのか? 見たところ民間人のようだが……」 リフィリアが気にしていたのは、協力者である彼自身の事だ。 協力はありがたいが、そのお陰でタロが不利な立場になるようでは、それこそ本末転倒ではないか。 「そっちはなおのこと平気だよ」 タロ一人なら、いくらでも逃げ切れる自信があった。 少なくともそのくらいは荒事にも巻き込まれているし、この街の事に通じてもいる。 「それに、万里様のためになるならこの位いくらでもするさ」 「……万里、人気者だね」 王位継承権はもっと高いようだが、万里もソフィアと同じ王族だ。そんな彼女が国の民に慕われているのは、ソフィアから見てもどこか嬉しい気持ちになるものだった。 「万里様でござるからな。……奉殿。拙者は先行して、城の状況を確かめてくるでござる」 「分かった。俺とリーティはみんなを誘導して、このまま城に向かう」 そう言い終えた時には、既に半蔵の姿はない。 「それじゃタロ。悪いが後の事は頼む」 「任せといてよ。みんなも万里様とアレク様のこと、頑張って助けてきてね!」 そんな彼に見送られ、ソフィア達も行動を開始する。 向かう先は、中央。 万里とアレクの囚われている、八達嶺屋形だ。 「柚那殿。我が軍の増援が参りましたぞ!」 喜々として伝えてくるバスマルに、高台から戦況を眺めていた柚那はため息を一つ。 「思ったより早いわねぇ。陣形を再編成した後、突撃用意。指示あるまで待て」 「……すぐには出さないので?」 高台から眺める限り、敵と味方は五分と五分。ここに増援を一気に注ぎ込めば、戦況はこちらへと一気に傾くだろう。 戦いの基本は数だ。 その数が優勢となった以上、それを使わない手はないはずなのに。 「一気に攻めて、あのよく分からない装置を使われても困るでしょ?」 柚那が呟き、鼻先で指差したのは……敵陣の中央に守られるように置かれた、巨大な弩のような装置だった。 「あれ……何だと思う?」 そう問われても、バスマルにもキングアーツの知識はほとんどない。つい先日、門の辺りでこちらの宣言を伝えただけである。 石壁の堅牢さはなかなかのもののようだったが、目の前にいたのはいつも戦っているアームコート達ばかりで、あのような兵器はどこにも出されていなかった。 「滅びの光よ」 ぽつりと呟いたそのひと言に、息を呑む。 「禁呪ではありませんか!?」 触れる物全てを塵と化す、呪われた光の術。神術や神獣に相当する物を鉄から作り出す民族だと理解はしていたが、まさかそのようなものまで作り出せるというのか。 「向こうにこっちの常識なんて通用しないからねぇ……」 「……なんという。それが先見で視えた真実か」 迂闊に口にすれば、それは確かに無用な混乱を起こしかねない。柚那が自ら指揮を買って出たのは、恐らくそれを防ぐ意味合いもあったのだろう。 「相手もうかつに使ったりはしないだろうけど、少しずつ削っていかないとね……」 少なくとも、不利だと思わせてはいけない。ほんの少し、少しずつ削っていって……取り返しが付かないと気付くか気付かないかの瞬間に、最大戦力で一気に叩く。 「なるほど。確かにそれで制すれば、滅びの光も押さえられる」 真剣な意思を崩さない柚那に、傍らの白いコボルトは感服したように一礼してみせる。 (……でもあれ、ホントは何なのかしらねぇ) もちろん柚那には、敵陣の中央にある鉄の装置が何かなど知るよしもない。ただそれらしく適当に言ってみただけだ。 まあ、あの夢の中ではキングアーツも滅びの光のような武器を持っていたし、まるまる嘘というわけではないだろう。 ……たぶん。 「前衛を下げて。交代に、追加の部隊を送り込みなさい」 本当は適当にこちらを引っ張り回して、戦力を消耗させるのが目的なのだが……かといって死人が出るのは本意ではない。ある程度こちらが不利になった所で、次は控えの戦力を消耗させておくことにする。 「承知!」 あとどのくらい引き延ばせるだろうか……。 そんな事を考えながら、柚那はバスマルの返事に重々しく頷いてみせるのだった。 |