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12.reconnoiter VS reconnoiter

 薄紫の荒野を進むのは、人に似たもの、獣に似たもの。
 そして、そのいずれでもないものだ。
 人ならぬ大きさと姿を持つそれらは……神揚の神術技術から生み出された、異形の巨兵たち。
「さて……どうしようかしらねぇ……」
 その獣の似たものの一つに身を置きながら、柚那はぽつりと呟いた。
 目の前には、白いコボルトの小さな背中がある。彼こそがこの異形の一団の最重要人物、ニキから遣わされたキングアーツへの使者であった。
 小さな背中は無防備極まりない。ひと回り大きな彼女の騎体であれば、昨日背中に備え付けた刀を使うまでもなく、それこそひと噛みで肉塊にすることさえ出来るだろう。
(そうすれば、キングアーツへの使者はいなくなる……)
 先見の術など使えもしない柚那に、キングアーツの者達がどう動くのかは分からなかった。
 けれど使者がいなくなれば、その分だけ時間が稼げる事は間違いない。
(けど……)
 頭の中をよぎるのは、つい先日に耳にした、鳴神の怒声である。
『ニキを誅して事が済むなら、とうにあの場で万里がしていたとは思わんか』
 確かに、バスマルを斬ることは容易い。
 けれどその後、どうなるのか……。
 キングアーツ側に斬られたことにすれば、互いの関係は危うくなる。かといって柚那が斬ったことが伝われば、今度は万里の立場が悪くなるだけだろう。
 そして事件そのものを闇に葬るにしては、回りの目撃者が多すぎた。
(まあ、もうちょっと考えるか……)
 いずれにしても、キングアーツの前線基地まではもう少しだけ余裕がある。同じ騒ぎになるなら、近くても遠くても同じだろう。
 そんな事を考えながらぼんやり騎体を進めていると、少し前に出ていた斥候の騎体が慌てた様子で戻ってきた。
「柚那殿! 斥候から報告です!」
 あえて全周囲に届くように声を高めた思念だ。考えが外に漏れないよう、思念器官を半ば閉じていた柚那も、その言葉に思念通信を再開させる。
「前方に巨人の群れを発見! その数、二十を超えています」
(……冗談でしょ!?)
 この先の流れは、沙灯の夢にはない流れだ。先見の術の件に関しても、全てが柚那の口から出任せだったはず。
 確かに何かあればいいなとは思っていたし、全くない流れというわけでもないが……。
「まさしく先見の通りか! 敵の動きは」
「周囲に警戒を立てて、何やらこっそりと……恐らく、戦闘の準備だと思われますが」
 コボルトは、本来はこの手の警戒や斥候に使われる騎体だ。身軽で足音も立てずに動けるため、そのぶん敵にも気付かれにくい。
「ふむ。通信機は何も捉えておらんが……柚那殿、どう思いますか」
 バスマルの騎体には、シャトワールのアームコートから提供された小型の通信機が置かれていた。だが、回せば必ずどこかに当たると教えられた周波数調整のダイヤルをどうひねっても、アームコートの通信らしきものは一切聞こえてこない。
 キングアーツの人間は思念の会話が出来ないため、この機械でその不足を補っていると聞いていたのだが……。
「壊れてるんじゃないの?」
「そんな馬鹿な」
 出立前に修復を終えた王子の機体や、そこから取り外した本営の通信機と動きを確かめた時は、正常に動いていたのだ。動力も十分残っているはずだし、機械の故障だとは思えない。
「とりあえず少し様子を見ましょ。相手だって馬鹿じゃないんだから、何かの対策を取ってるんだと思うわよ」


 望遠になった視界を通常に戻し。オイル臭の漂う操縦席の中で小さく息を吐いたのは、小柄な少女である。
「気付いてくれたようですね。慌てて引き返していきました」
 遙か彼方に向けていた視界の中、瞳に捉えたのは確かに神揚の小型神獣だった。こちらの様子を見て少し慌てた素振りを見せた後、そそくさと逃げていったのだ。
 恐らくは後方の本隊へと報告に戻ったのだろう。
「よし。総員、気付いた事に気付かれないように、作業継続」
 通信機から、鹵獲されたアレクやシャトワールの機体には登録されていない周波数で、アーデルベルトの指示が飛んでくる。
 こうして見つかることも、作戦の内だ。
 そして、ライラプスやメディックに乗っている通信機が敵方に利用される事もまた、彼等の想定の範囲内。
 だからこそ、こちらが先に見つけた斥候に上手く見つかるように本隊を動かし、また陽動だと思われない程度にこっそりと作業を行っていたのである。
 派手に動きすぎれば陽動だと見抜かれるし、かといって本気でこっそり動けば相手に気付かれずに陽動の意味が果たせない。加減はなかなかに難しいものだ。
「寝てて良いですか?」
「……気付かれないようにな」
 コトナの役目は敵の斥候の把握が第一である。それが済んでしまえば、しばらくは休んでおいた方が後々のためにもいいだろう。
「エレ、頼むぞ」
 そして次にやってくるのは……。
「了解」
 紺色の機体の中でニヤリと笑った、彼女の出番である。

続劇

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