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10.戦朝満マ (いくさのあさ みたされぬあさ)

 眠れぬ夜が明け、宿舎を出た千茅が最初に見かけたのは、朝から黒い服を身につけた武官の姿である。
「あ……トウカギさん。おはようございます!」
 今日は最近外歩きでしている女装ではなく、いつもの武官としての黒服だ。
「ああ。早いな」
「アレク様の朝の支度もありますから。それに、ちょっと眠れなくて……」
「まあ、今日だしな。仕方がない」
 いよいよ三日目。ニキがキングアーツに突き付けた、返答期限の当日である。理不尽な要求である以上、それに反発して何かが起きるのは間違いないだろう。
 それが気になって眠れないのはよく分かる。
「あの、奉さん……」
「それよりも千茅。ロッセとシャトワールを見なかったか?」
 そんな千茅の問いかけよりも早かったのは、奉の側からの問いかけだった。
「ロマさんとアディシャヤさん……ですか?」
 千茅は昨日の沙灯の事を聞こうと思っていたのだが、奉の様子は明らかにそれどころではない。
「ああ。昨日の晩からいなくなっていてな」
「いなくなってって……ロマさんがアディシャヤさんを逃がしたんでしょうか?」
 ロッセは別行動こそしているが、万里側の人間だったはず。だとすれば、キングアーツのシャトワールを逃がす可能性もないわけではない……かもしれない。
 だが、いま逃がすなら、シャトワールよりアレクや万里を逃がす方がはるかに意味があるだろう。特にシャトワールはニキ側に付いているから、接触することさえ難しいはずだ。
「分からん。厩舎の神獣とアームコートは減っていないらしいから、街の中にはいるだろうという話だが……」
 ただ、そちらも半蔵が特使として出た時の事がある。慎重なロッセの事だから、非常用の神獣を半蔵に渡したもの以外にも隠していないとは言い切れない。
「でも、そこまでするなら厩舎の神獣を使ってもいいですよね?」
「ああ。仮に連れて逃げるにしても、ロッセがクロノスを置いて出るはずがないんだが……」
 柚那は夜遅くにロッセ達と会ったというし、その時は明日に備えてクロノスの調整をしていたという。こんな遅くまで何の調整をしていたかは容易く想像が付くが、それを考えればいなくなった理由も、クロノスを置いていった理由も尚更分からなくなってしまう。
 さらに言えば、神揚に残る事に拘っていたシャトワールが大人しく八達嶺を出て行く事も不可解なままだ。
「このややこしい時に、何を考えてるんだろうな。奴は」
 あのロッセの事だ。何の意味もないとは考えられない。
 しかしその考えが示す所は、付き合いの長い奉にも全く見えないものだった。
 折角、わずかながらも見えてきた気がした所だったのに……。
(ロマさん達が行方不明って……もしかして……)
 浮かぶのは、あの月夜に消えた、鷲翼の少女のこと。
「……千茅も何があるか分からん。アレク殿の護衛、頼むぞ」
「あ……はいっ。わかりました!」
 千茅の返事に奉は小さく頷くと、そのままどこかへと走り出していく。
「…………言えなかったな」
 そして……。
「おーい! クマノミドーさーん!」
 千茅を見つけて慌てて駆け寄ってきた昌にも、結局その事は伝えられずじまいなのであった。

続劇

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