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8.根子浸居巡噂 (ねこびたいめぐりうわさ)

 ゆっくりと、西の空に陽が沈んでいく。
「やっぱり見間違いかー。ま、そうだよね。半蔵さんが万里様の所に報告に行かずに街をウロウロしてるはずないもんね」
 天幕の明かり取りから差し込む西日に目を細めながら、昌の話に納得したように呟いたのはタロである。
 半蔵は店の常連中の常連だ。そんな半蔵を見間違えるはずもない……とも思うのだが、タロ自身も考えれば考えるほど、昨日の人影は見間違いにしか思えないのだった。
「けど、万里様も無事みたいで安心したよー」
「安心って?」
「いや、さっき聞いた街の噂でさ。城内で謀反が起こって、そのおかげで姫様が牢に閉じ込められて、毎日拷問されてるとか何とか……」
 八達嶺は、滅びの原野に囲まれた閉鎖都市である。そんな環境に高めの人口密度が合わされば、噂の広まる速度は一般の街と比べても自ずと早くなるものだ。
「あと、もうすぐ巨人達が大挙して襲ってくるから、街のみんなも爺ちゃん婆ちゃんまでムリヤリ徴兵されるとか……」
 しかも、ただの噂ではない。自身の関わる噂となれば、その伝播速度は多くの街を渡り歩いてきたタロさえ驚くべきものだった。
「謀反が起こったのは知ってるけど……ホントに大丈夫だよね?」
 タロは昌達を店の常連客に持つ立場上、噂の真実に近い所にいる。彼女達の話からは聞いた事のない噂に関しては一応安心してはいるものの……それでも、絶対という事はありえない。
「万里なら、朝の桃まんも美味しいって食べてたよ。この間の戦いからあんまり体調は良くないけど、拷問はされてないから安心して」
 むしろそんな事になれば、まずは昌が全力で止めに入るだろう。それこそ、万里を連れてホイポイ酒家に逃げ込んだとしても何一つ不思議ではない。
「それに、仮に戦争になるにしても、八達嶺で志願兵なんてそんなにたくさん取れないよ。タロさんは知ってるでしょ?」
「そりゃまあ知ってるけどさ」
 言われ、夢の中での出来事を思い出す。
 確かにあの最後の戦いの前でさえ、義勇兵には神獣を持っている事という条件が付けられていた。だからこそタロは、巨大鯨を使った前線の支援部隊として、あの戦いへの参戦が許されたのだ。
「向こうの帽子屋の婆ちゃんなんて、城に攻めるって言い出して大変でさぁ」
「ああ。あそこの帽子屋さん、いつも万里が顔出してたもんね。……他の街の人達はどんな感じ?」
「別にニキ将軍って人気のある将軍ってワケじゃないからねぇ。みんな万里様がかわいそうって感じだな。だいぶイライラしてるかも」
 そんな不穏な噂が回っていれば、尚更だろう。
「まあ……謀反の噂はオイラが流したってのもあるんだけどさ。閉じ込めたり拷問したりは言った覚えなかったから……」
 少し口にしたのは、確か昨日の朝のこと。それが一日も経たないうちに巡り巡ってきた頃には、タロの想像していた以上に話が大きくなっていたのだ。
「閉じ込められてるってのと、戦争の噂は、私が昨日寄ったお菓子屋さんで話したかも……」
 けれどそれも、ホイポイ酒家とは逆方向にあるかなり遠くの店での話である。
 恐らくは自分たちだけが火種ではないだろうが、既にここまで広がっているなら、明日には一体どうなっているのか……。
「噂って恐いねぇ……」
「恐いねぇ……」
 タロと昌は、そう呟いて顔を見合わせる。

続劇

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