-Back-

7.言問橋波久礼夢現 (ことといばしはぐれゆめうつつ)

 眠りについた万里の部屋を後にして。
「昌」
 少し離れた白木の廊下でぽつりとその名を呼んだのは、昌と同じく万里の部屋を辞した鳴神である。
「何ですか?」
「……半蔵絡みで何があった」
 問う言葉は短い。
「かなわないなぁ……」
 けれど、それで意味を察したのだろう。昌はどこか困ったような苦笑いを浮かべてみせる。
 もっとも、万里に気を使っていただけで、鳴神にまで隠すつもりはなかったのだろう。昌は促されるよりも先に、自ら言葉を紡ぎ出す。
「……さっきタロさんの所に桃まん買いに行ったらさ。昨日の晩、タロさんが街を歩いてるハットリさんを見たんだって」
 閉店時刻を過ぎ、店の片付けで外に出た時だという。
 軽く声を掛けたものの、沙灯の姿をした半蔵はタロの声に気付くこともなく、どこかに消えてしまったのだと。
「半蔵を? ありえんだろう」
 半蔵はいま、キングアーツの前線基地であるメガリ・エクリシアにいるはずだ。
 もし任務が失敗して、ソフィア様たちの所から戻ってきていたとしても……一番に万里に報告に来るはずだ。彼女の体調を案じて間に誰かを挟むなら、奉か鳴神か昌か……あの忠義者が報告もしないまま街を彷徨っている姿など、想像も付かない。
「だよねぇ」
 さらに言えば、八達嶺の市街で行き倒れの噂もないという。
 自由な街に見える八達嶺の市街だが、実際は滅びの原野に囲まれた閉鎖環境にある。余所者が流れてくることはまずないし、もしそんな者が行き倒れていれば街で噂にならないはず……そして、タロや昌の耳に入らないはずがない。
「夜だったのだろう? 見間違いではないのか」
「私もそう思うんだけど……」
 考えれば考えるほど、半蔵ではない可能性しか思い浮かばない。
「……だったらそれって、誰なんだろう?」
 その疑問には、流石の鳴神も答えることが出来ずにいる。


 珀亜のもとを去っていた兵達とすれ違ったのは、神獣厩舎に顔を見せていた柚那である。
「どうしたの? あの連中」
 誰もが気勢を削がれ、通夜の晩のような表情を浮かべていた。辺りが出陣を前にして気勢を上げている中でのそれは、余計に異様で、また目立つものだ。
 少し前に珀亜の周囲を囲んでいたときは、それなりに盛り上がっているようだったが……。
「もしかして、告白を片っ端からふったとか?」
 清楚可憐な美少女という言葉をそのまま形にしたような珀亜である。男性兵士からの人気が少なからずあるのは、もちろん柚那も知っていた。
 今までは万里直属のナガシロ衆や特殊部隊のミズキ衆の一員としてある意味高嶺に置かれていたのが、一般部隊のニキ衆に移ったことで、告白の機会到来とばかりに動き出したのだろうか。
「ある意味……そうかもしれん」
「え、ホントに!?」
 芯は強いものの、どちらかといえば押しに弱い印象を持っていた少女の意外な一面に、柚那は思わず尻尾をぴんと立ててみせる。
「それより、柚那殿は何を? ガイアースの調整は昨日済ませたのでは?」
 柚那が神獣厩舎にいる事はあまり多くない。鍛錬や調整で厩舎に詰める事も珍しくない珀亜と違い、必要な整備さえ済ませてしまえば、後は昼寝しているか、千茅あたりで遊んでいる事がほとんどだったはずなのに……。
「ちょっとねー。……あ、そうだ。珀亜ちゃん、刀とか詳しいわよね?」
「ええ、まあ」
「だったら一緒に来てよ。刀をひと振り、見繕って欲しいのよね」
 さっきの青年兵達と同様に、自分も振られてしまうかなと思った柚那だったが……。
「はぁ……」
 力一杯抱き寄せた少女は、いつものように流され気味にその求めに応じてくれるのだった。

続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai