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6.正義の選択肢

 夜の空に浮かぶのは、琥珀と銀灰、二つの月。
 薄紫の大気に阻まれたそれは、滅びの原野からはメガリ以上にぼんやりとして、薄気味悪く見えるものだ。
 そこをゆっくりと南に進むのは、幾つかの異形達。
 人に似たもの、蛇に似たもの、蜘蛛に似たもの……そして、土竜に似たもの。
「……なあ、プレセア」
 その異形の一つ。蜘蛛に似たそれの中に響いたのは、遠慮がちな少女の声。脇のコンソールを見れば、通常の通信ではなく、秘匿回線とある。
「あら。あなたからお話だなんて珍しい。どうかなさいましたの? ヴァルちゃん」
 傍らを見れば、人に似た異形……重装への換装を終えたばかりのラーズグリズが、プレセアのスレイプニルにぴったりとくっつくように歩を進めていた。
 珍しく彼女から護衛目的での同行を申し出てきたのは、機体の動作チェックなどではなく、どうやらこの内緒話があったかららしい。
「……前にあった、私の由来を調べる話。調べてもらってもいいか? 代価は払う」
「それは構いませんけれど……答えが来るのは、この件の後になりましてよ?」
 いくらイクス商会のスタッフが優秀と言っても、ほんの数日で調べられるものではない。指示はメガリの長距離通信機を使うにしても、その後に物を言うのは時間と情報網を駆使した地道な力技だ。
「それでいい。それと……環の事も、調べて欲しい。前金は払う」
「環君の事なら、私よりもヴァルちゃんの方が詳しいのでは?」
「環の指揮下に入るより前の事は知らない。……だから、調べて欲しい」
 そんな事に興味を持った事など、今までただの一度もなかった。だからこそ、軍の記録さえ見た事がなかったのだが……。
(何を言っているのだろうな、私は)
 自分のしている事が、自分で何を言っているのか、今のヴァルキュリアには正直よく分かっていない。
 正しい事なのか、環を裏切る事なのか。
 それとも…………。
「安くありませんわよ?」
「この間の津波の事件の犯人は、アーレスだ」
 通信機の向こうから聞こえてきた短い言葉に、穏やかに微笑んだ仮面の口元が硬直した。
 環は出自がはっきりしている分、素性を追う事は造作もない。プレセアとしては、追加料金など取るつもりもなく、ただ冗談で言っただけなのに……。
 ただ同然のひと言で釣れたのは、想像以上に大きな情報だった。
「……アーレス君の目的は?」
 秘匿回線となっている事を改めて確かめ、プレセアは静かに言葉を紡ぐ。
「万里を殺すと言っていた。アレクか万里のどちらかが死ねば、この戦は続くと」
 そういった考えを持っているだろう事は、今日のムツキとの話の間にも薄々感付いてはいた。ムツキに向けるアーレスの視線は明らかに敵を見るそれだったし、彼が少しでも怪しい動きを見せればすぐに斬りかかっていただろう。
 そんな彼なら、そのくらい考えていても不思議ではない。
「……子供の考えですわね」
 確かにどちらかが死ねば、戦いの気運は高まるかもしれない。
 けれど、今の神揚には半蔵達がいる。彼等があの夢の中にいた本物の沙灯のように、彼女の遺志を継ぐだろう。
 そしてアレクが死んでも、キングアーツにはソフィアがいる。
 仮に三人のうち誰かが志半ばに倒れても、残された者がその想いを受け継ぐはずだ。例え、巻き戻しなどされずとも。
「環からは黙っておくように指示されたが、お前にだけ話す」
「……ヴァルちゃん」
 ちらりと傍らを見れば、ムツキの土竜に似た神獣と、ククロの蛇の尾を持つアームコートに見て分かる変化はない。この話は、彼等の通信機には届いていない。
「環は何か考えがあるんだと思う。でも、本当にこのまま黙っている事が正しいのか、何かした方が良いのか……私には分からなくなっている」
 あの夢の中の環は、アレクが死んだ後、おかしくなってしまった。けれど今の所の環は、プレセアやアーデルベルト達が見る限り、おかしくなってしまった気配はない。
 彼女達の知る環としてソフィアを助け、キングアーツ内の抗戦派の動きを押さえ、アレクを助けようと奔走している。
 ように、見えた。
「だから……しばらくは、秘密にしておいてほしい」
「……分かりましたわ。この話は、私の胸の内に留めておきましょう」
 だとすれば、アーレスを後方に残すというアーデルベルトの判断は間違っているのか。それとも、それさえ見越しての判断なのか……。
 けれど、今は彼女の傍にアーデルベルトもアーレスもいない。
 人の想像力には限界があるし、プレセアも必要な情報全てを持ち合わせているわけではない。
 故に、プレセアは今はそれを考える事をやめた。
「環君の事も調べますけれど、目的地に着くまでもう少しありますわね。その間、私の知っている限りの環君の事もお伝えしてもよろしくて?」
「……頼む」
 プレセアにも、物事を整理する時間は必要なのだ。
 幸い、夜は長い。
 彼女達の作業を執り行う間にも、考える時間はいくらでもあるはずだった。

 そんな数体のアームコート達が夜の滅びの原野へと消えていくのを眺めながら。
「今日の護衛であのジジイが変な動きすりゃ、すぐに斬ってやろうと思ったんだが……上手くいかねえもんだな」
 外を見渡せる見張り台の上で笑うのは、アーレスであった。
 街で買った安酒をあおり、酒臭混じりの息を吐く。
「で、どうするんだ? 後詰めがどうこう言ってたが、勝手に出るのか?」
 アーレスに問いを放つのは、顔の半分が義体化された青年将校である。
「まさか。これだけの好機を逃すバカがいるかよ。お前らも城での後詰めなんだろう? キララウス」
 呟いたのは、『ら』である。
 単数形ではなく、複数形。
 それは、キララウスの隣にいるもう一人の青年将校の事を含めるものだ。
「どうした、環」
「いや。何でも」
 環、であった。
「なら……いいな」
 キララウスだけでない。アーレスの言葉に、環も小さく頷いて……。
「……落とすぞ。メガリ・エクリシア」
 不穏極まりないその言葉は、彼等三人しかいない見張り台の上、彼等以外の誰にも届く事はない。

続劇

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