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2.地下よりの問いかけ

 メガリ・エクリシアの地下には、懲罰施設を兼ねた営倉がある。
 臨時に寝具や家具の類が運び込まれ、若干ながら居住環境の向上したそこに詰められているのは……老人と少年の二人組だった。
「暇だなぁ、爺ちゃん」
 嵐のような一夜が明けて、それからは特に何もない。
 朝食はちゃんと食べさせてもらったし、味もそう悪くはなかったが、いつもなら調査や報告書で慌ただしくしているだけに……何もしない時間という物をどうにも持て余してしまう。
「なに、すぐに忙しくなるさ。……ほらな」
 傍らの老爺が呟いた次の瞬間、階段の方からかつかつという軍靴の音が響いてきた。
 いかにも武人らしき男に、女性も数名。一行の奥には、少年達の身分を保障すると言った車椅子の女性の姿も見える。
「キングアーツ王国 南部方面軍メガリ・エクリシア師団アーデルベルト中隊所属、アーデルベルト・シュミットバウアー中佐だ。軍規に従って、諸君らに尋問を行いたい」
「断る」
 だが、一歩を踏み出した軍人調の男に対して、老爺は即答した。
「悪いが、貴公らの尋問に対する軍規は知らんのでな。うかつにはいと言って鞭打ちや車責めに遭うのは御免被りたい」
 投降した時はそんな余裕もなかったが、今はその程度の余裕はある。それに、考えも食べ物も違うこちらの世界で、尋問の意味合いが老爺達のそれと違っていても何ら不思議ではない。
「大丈夫でござるよ。ムツキ殿、リーティ殿」
 そんなムツキの言葉に応えるように、アーデルベルトの脇に一歩を踏み出したのは、彼等もよく知る少女の姿。
「半蔵!」
「…………半蔵?」
 リーティが思わず呼んだ名に、辺りのキングアーツ人は眉をひそめ、少女はしまった、という表情を浮かべている。
「ああ……。拙者の本名でござる。姫様の隠密という立場上、必要な時はこうして沙灯という名と姿をしているのでござるが……」
 そう呟きながら沙灯がつるりと顔を撫でれば、そこには特徴らしき特徴もない、平凡なほどに平凡な顔があるだけだった。
 男か女かすらもわからないそいつがもう一度顔を撫でれば、再びあの夢の少女と同じ顔をした娘が、そこにいる。
「……別段、ソフィア殿や貴君らを謀ろうとしていたわけではござらん。沙灯という立場上の事、平にご容赦願いたい」
「そういう事か」
 アーデルベルトたちキングアーツでも、諜報活動を行う時には変装や偽名を使う事も少なくない。沙灯の姿も、あの夢の事や、それ以外のいくつもの意味があったのだろう。
「力任せに身体に聞く気はありませんけれど……それでも、協力してくださいませんか?」
「ならば、条件が幾つかある」
 ムツキの言葉に、プレセアもアーデルベルトも答えない。
 それを続きを促しているのだと考えて、ムツキは淡々と言葉を紡ぐ。
「儂らの待遇の維持と、貴君らキングアーツと儂らの属する万里姫との対等な同盟。……あと、こやつの外出許可を願いたい」
 同盟の所までで、二人の表情に変化はなかった。
 交渉の余地はもう少しあるだろうと、思い出したように外出についてのひと言も付け加える。
「それらを守って頂けるなら、こちらに協力してもらう上で必要な情報は提供しよう。……どうだ?」
 プレセアとアーデルベルトがキングアーツ側の責任者で、残りは護衛や助言役といった立場なのだろう。二人は少しだけ小声で話しているようだったが……。
「……待遇の維持は問題ありませんわ。外出許可は……そうですわね。こちらから監視を付ける事、勝手な行動をしない事と、あなた方の中から誰か一人が尋問のために残って頂けるなら」
「人質か?」
 リーティ達の話では彼女は仮面を付けて表情が読めないと言われていたが、そもそも視界に頼らないムツキにはあまり意味のない事だ。
「そう取って頂いても構いませんわ。信じたくはありますけれど、私達もまだそこまであなた方を信用できてはいませんの」
 けれど、声に対して研ぎ澄まされた老爺の感覚をもってしても、プレセアの声に動揺は見られなかった。
「もちろん、外出といってもキングアーツの市街までですけれど。お二人の神獣はまだお返し出来ませんわ」
 一つ目の仮面も交渉のための手札の一つでしかないのだろう。交渉慣れした人物は、声に混じる感情にすら見事に仮面を被せてみせる。
「儂らの騎体に傷など付けておらんだろうな?」
「我慢してる」
「我慢ってなに!?」
 アーデルベルト達の後ろにいた少年のぼそりとした呟きに、思わず声を上げたのはリーティだった。
 少なくとも、神獣も無事……なのだろう。多分。
 だとすれば、後に問題となるのは……。
「同盟については、ソフィア姫が今後の方針を王族会議で検討しておられる最中だ。俺たちから即答は出来ん」
 当然ながら、そのくらいの事はムツキにも分かっている。ただ、王族会議という物がどんな物かは分からないが、今のメガリ・エクリシアはソフィアよりも上位の存在の意見が聞ける環境にあるらしい。
(神揚にもそれがあれば、反乱など起きなかったのでござるかな)
(わからん。こればかりは試してみんことにはな)
 半蔵からふらりと飛んできた念話にそう答えてやりながら、ムツキも内心同じ事を考えている。
 やがて、思考を収め……。
「では、ソフィア殿の意思は」
 改めて問うのは、そのひと言。
「万里殿への協力とアレク王子の奪還以外、考えておらん」
 アーデルベルトの言葉にも、嘘はないように感じられた。ならば、ムツキもいま出来る事をするだけだ。
「……今の時点で答えられる物だけは答えよう。人質は儂で構わんか?」


続劇

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