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 黒金の巨体がその身を預けたのは、鋼の寝台。
 いつもならばどれほどの遠征を行っても活力を失わないその身体は、恐らく今までで最も短い出撃距離でありながら……今までで最も疲れているように見えた。
 足に数本繋がっていた制御ケーブルを億劫そうに引き抜いて、ハンガーのタラップを伝ってのろのろと降りてくるのは小柄な影だ。
「姫様」
「うん。二人とも……これから会議?」
 そんな少女に駆け寄って来たのは、軍服を纏った二人の男。だが、そんな二人に向けて浮かべた微笑みは、いつもの少女とは思えないほどに疲れ、弱々しいものだった。
 男の一人がもう片方の男をちらりと見れば、そいつは穏やかな表情を崩さないながらも、わずかに首を振ってみせる。
 姫君との付き合いの長い彼ですら、恐らくは初めて見るほどの疲弊具合なのだろう。
「いえ。今日はもうお休み下さいませ。今の頭で考えても、良い案など浮かびますまい」
 着任したばかりの司令官代理には重く、長すぎる一日だった。
 動ける時間はここからたったの三日しかないが、その三日を乗り切るためには休息する事もまた必要なのだ。
 それにまだ余力を残している者達にも、今日起きたことを反芻し、まとめあげる時間はやはり必要なのだった。
「そうだね……。プレセア」
「はい。沙灯の部屋は用意させていますわ」
「かたじけない」
 城内に留まったもう一人の使者が案内の兵に連れられてハンガーから去って行くのを見送って、少女は小さく息を一つ。
「それと、姫様にもお風呂を用意していますわ。ジュリアとリフィリアを付けますから、少し落ち着いてからお休み下さい」
「ありがと。……なら、今日はもう寝ましょ。みんな、明日からもまた、よろしくね」
 こうして、長い長い三日間を控えた一日は、ようやく終わりを告げるのだった。





第3話 『ふたりの選択肢』
−キングアーツ編−




1.なすべき事、求める力

 嵐のような一夜が明けて。
 いや、その夜が明けるはるか前から、その場所だけは終わる気配のない喧噪に包まれていた。
 行き交う整備兵達と、飛び交う怒号。辺りにはアームコートの装甲板が散乱し、まさに決戦を前にした戦場という様相だ。
「あ、ヴァル。ククロ、知らない?」
 そんなアームコートのハンガーの一角。黒いアームコートを見上げていた娘に掛けられたのは、もっと若い少女からの声だった。
「書庫だと聞いた。何か用か?」
「うん。ちょっと機体の事でね」
 そう呟いた少女がちらりと見遣るのは、少し離れた所に立つ細身の機体。近接戦に特化した機体が多いアームコートの中では珍しい、小弓を備えた遠距離戦用の機体である。
「調子が悪いなら早く直してもらえ。作戦に関わる」
 娘二人が途切れ途切れの話をしていると、やがて何冊もの本を抱えた少年がやってきた。
「ああ、ヴァル。ラーズグリズの装甲の換装、もう始めてるよ」
 作業机の隅に本の山をどさりと置いて、わずかにひと息。
「すまんな。この時期に」
 前回の戦いでは、ヴァルキュリアの機体は装甲を変えてアレクの影武者を引き受けていた。
 しかし次の戦いに、アレクはいない。
 ならば護りを犠牲にした軽装よりも、より全力で戦えるいつもの重装の方が良い……そう判断したのである。整備兵達のスケジュール的に厳しいものなのは理解していたが、それでも次の戦いに間に合わせるには、無理でも引き受けてもらうしかなかった。
「この辺は俺たちの腕の見せ所だからねぇ。夕方までには終わると思うよ。で、ジュリアはどうしたの?」
「あのね、弓兵くらいの大弓も引けるように、シャトー・ラトゥールの右腕をもうちょっと強力に出来ないかなって思って」
 ジュリアの機体は、見ての通りの遠距離型だ。しかしその割には弓は小さく、攻撃力の面では見劣りする所が多い。それを何とか出来ないかと考えたのだが……。
「……出来る?」
「シャトー・ラトゥールはフレーム強度にも余裕があるから、それは大丈夫だけど……。慣れるまで大変だよ?」
 機体の構造は把握しているし、先日完成した弓兵のパーツやノウハウがあれば、改造もそう難しいものではない。むしろ機体の強度に気を使わなければならなかった量産機の改造の方が、面倒なくらいだろう。
 それよりもククロが気にしているのは、着用者であるジュリアがどこまで急激な仕様変更に付いていけるかという、その一点だ。
「それは何とかするわよ。それより、出来るのね?」
「出来るよ。……明日の朝イチまでには何とかしとく」
 今後の方針は、ちょうどいま王族会議で決められている最中のはず。ただ、どんな選択肢を取るにせよ、アームコートの出番はこの一両日中にやってくるだろう。
 ならば、機体に人が慣れるための時間は一秒でも長い方が良い。


「ヴァルキュリア、ククロ。少しいいか?」
 そんなククロ達に静かな声が掛けられたのは、整備兵達を集めてジュリアの機体の指示を送り終えた後の事だった。
「どうしたの? アーデルベルト。シュタール・ツイーゲもソル・レオンも俺たちの担当じゃないよ?」
 ククロ達の作業班の担当は、ソフィアやアレクの隊などの専用機が中心だ。量産機主体のアーデルベルトの隊は別の班が担当になっているはずだし、後ろにいるアーレスの機体も、先日別の班へと担当が変更になったばかり。
「そちらではありませんわ。捕虜の尋問に行きますから、二人とも付いてきて欲しいんですの」
 ククロの問いに答えたのは、アーデルベルト自身ではなく一緒に現れた車椅子の美女だった。今日は自走ではなく、リフィリアに椅子を押されている。
「……俺が?」
 神獣の解体や調査ならともかく、捕虜の尋問に関する技能はククロにはない。ヴァルキュリアやアーレスが一緒にいるのは、プレセアやアーデルベルトの護衛のためなのだろうが……。
「技術的な話も聞きたいんだ。そっち方面は俺もプレセアも詳しくないからな、意見が聞きたい」
「行く行く! 行きたい!」
「ヴァルちゃんもよろしくて? リフィリアちゃんと一緒に護衛をお願いしたのだけれど……」
 だが、ヴァルキュリアはプレセアの言葉にもアーレス達をちらりと一瞥するだけだ。
「……ンだよ。文句でもあるのか?」
「二人いれば戦力的には十分だろう」
 捕虜の尋問というなら、相手は拘束されているはずだ。いかに神揚の民が超常の力である神術を使うとはいえ、護衛の数が多すぎではないか。
「本当は環君を加えたかったのですけれど、環君は会議に出ているでしょう? ヴァルちゃんは、その代理も兼ねてですわ。環君にも了解は取っていますわ」
「……環の指示なら承知した」
 環も今は、ソフィアの補佐として王族会議に出ているはずだった。王族会議の最中に護衛が立ち入る事は出来ないから、機体の段取りを終えたヴァルキュリアも実のところ、する事はないのだ。
「尋問って……何するの? リフィリア」
 だが、そんな一同の中で不安そうな声を上げたのは、ククロと機体の強化案をまとめていたジュリアだった。
「少し話を聞くだけだ。沙灯も同伴する手はずになっている」
 その表情を見て、リフィリアも彼女の心配を解したのだろう。僅かに肩の力を抜き、少女の肩を軽く叩いてみせる。
「それに心配しているような事はソフィアが許さないだろう。気になるなら、ジュリアも来るか?」
「ううん。私にも、やらなきゃいけない事があるから……」
 ジュリアの言葉に小さく頷き、リフィリアはプレセアの車椅子を押して地下へと去って行くのだった。

続劇

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