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25.もう一人の使者

「キングアーツ王国 南部方面軍メガリ・エクリシア師団司令官代理 アヤソフィア・カセドリコス准将よ」
「小官は、神揚王家所属 ニキ衆ワシズ組バスマルと申す。戦時の特使として参った者である」
 さきほど沙灯の立っていた場所に立つのは、白い小柄な神獣であった。神揚の内では、コボルトと呼ばれるタイプの機体である。
 その機体の中から姿を見せたのは、ソフィアの知らない、犬に似た顔をした中年男だ。
「アームコートの中からの非礼は、先にお詫びしておくわ」
「詫びるくらいなら、小官のように姿を見せては如何か」
「……いきなりトバすじゃねえか」
 そんなやり取りを見ながら笑っているのは、物見台にいたエレだった。メガリの内と外を隔てる城壁に設えられたそこからは、会見の様子が手に取るようによく見える。
「……沙灯。ニキとは?」
 そして、物見台にいたエレとリフィリアに合流したのは、コトナに連れられた沙灯だった。見張りのための情報源と、やはり会見を見届けるため、乗ってきたコボルトを庭に隠した後、新たな使者に気付かれない場所へとやってきたのである。
「ニキは抗戦派の急先鋒でござる。あなた方の鉄の鎧の弱点を知るアディシャヤ殿を取り込み、勢いを増しているのでござる」
「シャトワール!? 何でアイツがそんな事を……」
「拙者にも分からぬ。だが、アディシャヤ殿は自ら進んでニキに協力しているようでござった」
 少なくとも、当初のシャトワールは万里に協力的に見えた。沙灯から文字を習い、万里に手紙を書き、その後も何かと彼女の相談を受けていたはずなのに……。
 今思い出すのは、沙灯が八達嶺を後にする直前、シャトワールがニキに向けていた無機的な笑顔だけだ。
「アディシャヤの件は後だ。話が聞こえん」
 リフィリアのひと言に会話を止め、会談の場に耳を澄ませれば……ちょうど、ニキの使者が神揚側の要求を言い終えた所らしい。
「何ですって……!」
 沙灯とエレの会話にかき消され、細かな内容は聞こえなかった。けれどアームコートの操縦席から姿を見せたソフィアの反応で、何を言ってきたかはある程度分かる。
「こちらの要求はただ一つ。そちらの主将、アレクサンドを返却する代わり、貴公らの国が神揚の下へと降る事だ」
「おーおー。王子さんは捕虜から人質に格上げか」
 それはエレの茶化す通り、アレクを人質に取った事実上の降伏勧告だ。
「こちらにはそちらの捕虜がいるのよ!」
「我が神揚に他国の捕虜になるような弱卒は不要。どのようにでもすれば宜しい」
「神揚という国はそういう教育方針なのですか?」
 コトナが清浄の地での様子を見ていた限り、新兵の千茅や珀亜が上官の昌や万里達に萎縮している様子は見えなかったし、昌達も二人を可愛がっているようだった。
 昌達は戦時と休養時の切り替えがあったにしても、新兵の内はなかなかそこまでは出来ないもの。だからこそ、そんな厳しい掟の国だとは思えなかったのだが……。
「別派閥の兵でござるからな。あれが我が国の全てと思われては困るでござる」
 その考え自体は、隠密である沙灯個人としては、むしろ共感出来るものである。
 だが、今の沙灯は万里の代行者。万里の考えと重ね合わせるならば、それは自らにのみ課すべき言葉であって、他人に強要などけしてしてはならない事だった。
「いずれにせよ、降らぬなら構わぬ。アレクサンドの命は保証出来ぬし……仮に戦になったとして、既にそちらの鉄人形では勝ち目がない事は明白であろう?」
 沙灯の話は確かなのだろう。
 少なくとも相手は、対アームコートの攻略法を身に付けている事を理解している。
 それ故なのか、生来のものなのか。
「三日後に返答を聞きに伺う。では、御免」
 高圧的な姿勢を崩さないまま、ニキからの使いは神獣の中へと姿を消し、悠然とメガリ・エクリシアを後にするのだった。


 二つの会談を立て続けにこなし、いまだ門の正面へと立つのは黒金の騎士。
 既に操縦席に戻るのも億劫なのだろう。ソフィアは制御ケーブル数本を繋げただけの簡易制御で、黒金の騎士をゆっくりと回頭させる。
「……ソフィア殿」
 そんな彼女の下にやってきたのは、沙灯だった。
「申し訳ござらん」
「気にしないで。沙灯や万里が悪いんじゃないもの」
 どこの国にも、派閥争いの一つくらいあるものだ。メガリ・エクリシアにも抗戦派はいるし、特に今はアレクがさらわれた事もあり、その意見はそれなりに強くもある。
 たまたま環やプレセア、アーデルベルトがコントロールしてくれているから大事に至っていないだけで、彼らがいなければメガリ・エクリシアとて、どうなっていたか分からないのだ。
「で、どうするんだい。姫様」
「そんなの決まってるじゃない。敵の城に潜り込んで……」
「勘弁して下さい」
 いきなり出てきた無謀極まりない意見に、ようやく階上から降りてきたコトナは苦笑いするしかない。
「だったら、他にどうしろっていうのよ……」
 和平はともかく、降伏などはもってのほかだ。かといって、アームコートの攻略法を身に付けた敵と正面から戦うのも厳しいだろう。
 本国からの応援を要請するにしても、三日という期日はあまりに短すぎた。
「まだ三日もあるんだ。その間に、何かいい案も見つかるよ」
「そうね。……何とかしなくちゃいけないのよね。兄様も、万里も」
 脇に控えていたセタの言葉に、ソフィアは小さく息を吸って、堂々とその言葉を口にした。
「絶対に……みんな幸せにしてみせるんだから!」

続劇

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