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21.崩れゆく世界

 リフィリアは、目の前で何が起きたのか理解出来なかった。
「王……子………?」
 乱れがちなリズムの中、慣れぬステップで踊ろうとしていたはずなのに。それでも、互いの姿が……心が見えるように感じていたのに。
 目の前で、アレクの灰色の騎士はゆっくりとその身を崩し……。
「王子!」
 凶刃をかざしたのは万里ではない。アレクが切り裂かれたのは、背中からだ。
 そもそも万里が、アレクを切りつける必要などどこにもないではないか。
「リフィリアちゃん! 敵の新兵器で、姿を消せる機体が……!」
 飛び込んできたプレセアの言葉も、既に理解出来る間合にはない。故にそれを遅いと言い返す事も、助けを求める事も出来ないままだ。
「でえええええいっ!」
 ようやく我に返ったのは、強烈な加速と共に戦場に飛び込んできたアーレスが、見えない機体に向けてその剣を叩き付けた後のこと。
「アーレス、遅い!」
「……どうなってやがる!?」
 だが、その剣も空しく空を切るだけでしかない。流石のアーレスも、姿の見えない敵を相手には対処のしようがないのだろう。
「と、とにかく、王子を……!」
 まずはそれから。
 幸か不幸か、メガリ・エクリシアはすぐそこだ。すぐに連れ帰れば、アレクにも助かる可能性が残っている。
「……ぐっ!?」
 だが、そんなリフィリアの背中を揺らすのは、続けざまの斬撃だった。
 もちろん万里達ではない。
 視界を後ろに向けても何もいないという事は、それは先程アレクを斃した……。
(せめて、どこにいるかさえ分かれば……!)
 プレセアは、音で周囲の状況を確かめる機能を身に付けているはずだ。プレセア達はそれで見えない敵を退けたのだろう。
 しかしリフィリアの義体やアームコートには、そんな便利な機能は付いていない。
(一瞬でも、相手の位置が分かれば……っ)
 その時だった。
 リフィリア達のいる大地が一瞬大きく揺れたかと思うと、一気に足元から崩れだしたのは。
「何だ!?」
 何が起こったのかは分からない。
 だが、目の前に……。
 リフィリアの斧では届かない、その先に。
 崩れ落ちる土砂の中にまみれた、異形の影がある事だけは理解した。
「ジュリア……っ!」
 少女の叫びに応えるように、どこかで小さな声が聞こえ。土まみれの姿を現した異形が、三本の矢に深々と射貫かれる。
 それを見届け……。
 崩れていく世界に巻き込まれ、リフィリアはそのまま意識を失った。


 目の前で起きた事を理解出来なかったのは、アレクの手を取った万里も同じ事だった。
「アレ……ク………さん?」
 その体がぐらりと傾ぐと同時、アレクごとぐいと後ろにその身を引かれ……。眼前で巻き起こったのは、舞い上がる土砂と崩落する大地である。
 地面の内で強烈な爆発が起こったかの如きそれは……。
「……ムツキさん!?」
 昌のもとに届いた思念は、地下深くから。
 アレクの異変に気付き、反射的に万里の脇に戻った瞬間の出来事だ。
「応! 昌、今のうちに姫様を連れて撤退せい!」
 崩落の中には先程まで踊っていたリフィリア達や、トカゲに似た神揚の新型騎の姿も見えた。
 だが、いかに身軽な昌の白雪といえど、崩れていく世界の中から彼女達を助ける事など出来はしない。
「撤退って……」
 故に、地下からの言葉は正しいのだろう。
 何が起きたのかはまだ理解し切れてはいなかったが、ここでアレクだけでなく、万里まで喪うわけにはいかないからだ。
「ミズキさん! アレク様は!」
「う、うん……っ」
 けれど、辺りを見回しても、アレクを任せられるような巨人はどこにも残っていない。ジュリアとリフィリアはおろか、最後に乱入してきた赤い獅子の巨人も、ムツキの時間稼ぎの一撃に巻き込まれてしまったのだ。
 アレクの巨人の傷は深い。
 今は体内から大量の空気が漏れ出しているらしく、薄紫の大気は入り込んでいないようだが……それが尽きるのも時間の問題だろう。
「……仕方ない、私達で連れて帰ろう。クズキリさんは先導を、クマノミドーさんはアレク様をお願い! 運べるよね?」
 アレクが斃れた瞬間、反射的に万里の元へと駆け寄ったのは、珀亜と千茅も同じ事。
「承知!」
「絶対に死なせません!」
「万里、戻るよ。アレク様……助けたいんでしょ!」
 昌が促すように肩を叩くと、力なく四つ足に戻った九尾の白狐も、彼女に合わせてよたよたと南へと走り出す。
「ムツキさん、巻き込まれたキングアーツの人達を任せて良い? あの子達は私たちに力を貸してくれた人達なんだ!」
「こちらの事は任せておけ。リーティと上手くやってみせよう。……王子とやらを、頼むぞ?」
 その思念に答えるように撤退を示す神術光弾を天へと放ち、昌も珀亜の先導に従い、八達嶺へと全力で走り出すのだった。


 戦域の中央へ進んでいた黒い九尾が足を止めたのは、突然の事。
「……どうした?」
 奉に合わせて柚那や半蔵も足を止め、何か言いたそうにコトナ達を見つめている。
「さっきみたいに外に出てこねえのかな」
「あの神術は消耗も大きいようですから、多用は出来ないのでしょう」
 神揚の民にとっても、滅びの原野の薄紫の大気は神獣がなければ耐えられないはず。それを防ぐほどの術なら、消耗も相当な物だろう。
「……撤退のようだな」
 動きがあったのは奉たち三人だけではない。
 ヴァルキュリア達の進路から少し離れた所で戦っていた他の神獣達も、ゆっくりと南に向かって移動を開始している。
「まさか……万里姫様とアレク王子に何か……?」
 移動中に見た幾つかの戦場では、かなりの割合で神揚が優勢に事を進めていた。そんな状況で神揚側がわざわざ退くとなれば、司令官クラスの将校に何かが起きたとしか思えない。
「リフィリア達がいるから、そいつぁ大丈夫だと思うけどよ……」
 それに、アレクに対するリフィリア達と同様、万里にも近衛の兵はいるだろう。それがスミルナで出会った少女達なら、彼女達もきっと力を貸してくれるはず。
「せめて、通信機がちゃんと使えれば良いのですが……。……ジュリア」
 乱戦の喧噪で、通信機の混信がひどい。ノイズ混じりのスピーカーに小さくため息を吐き、コトナは名残惜しげに頬を擦り寄せる黒獅子の頭をそっと撫でてやる。
 それを了解の意と察したのだろう。
 柚那達はコトナ達の元を離れ、幾度か振り返りながらも、南へと走り出していく。


 呟いたのは、崩落した大地の中。
「……ふむ。大丈夫と言ったものの、どうするかの」
 上の騒ぎを聞きつけて、時間稼ぎか邪魔にでもなればと咄嗟に一撃を放ったまでは良かったのだが……どうやら、周囲の地盤が想像以上に脆かったらしい。
 さらに都合が悪かったのは、崩落した地盤に巻き込まれたのが、アレクに凶刃を振るった神獣や味方だというアームコートだけでなく、ムツキ自身もだったという事だ。
(土竜が土に埋まって死ぬというのも、それはそれで笑い話か……)
 とはいえ、自分だけならともかく、巻き込んだ者達がいる。それが昌から託された者達となれば、笑ってばかりもいられない。
 そんな事を考えながら耳を澄ませば、やがてごく近くから人の声が聞こえてきた。
 意識を集中させて、ゆっくりとその場の位置を絞っていく。
「おうい、生きておるか」
 位置を合わせた後に放ったのは、思った場所に言葉を生み出す神術だ。間合は短く、大声で話すにも向かない技だが、巨人の操縦席の中程度なら十分だろう。
「きゃああああっ!? な、何!? おばけ!?」
 やがて大地を通じた音としてムツキの耳に飛び込んできたのは、そんな甲高い悲鳴だった。
「人を化物扱いするでない。先程地面を崩した者だ。辺りの振動を感じ取って会話しておるゆえ、そのまま答えよ。……おぬしはキングアーツの将校か?」
 半ば想像通りの反応が返ってきた後、頃合いを見計らって質問を投げつけてやる。相手が混乱している時は、はいかいいえで答えられる簡単で思考を単純化させるのが一番だ。
「あ………ああ、そうだ。その……何だ。本当にお化けや幽霊の類ではないのだな?」
「くどい。お主の所属は」
 どうやら昌に頼まれた相手であろう事を確かめて、改めての質問を紡ぎ出す。
「私は……キングアーツ王国 南部方面軍メガリ・エクリシア師団 アヤソフィア小隊所属 リフィリア・アルツビーク中尉だ」
 神揚に比べて随分と長い所属は一度で覚えきれるものではなかったが、そこに混じる名前はいくらか聞き覚えがあるものだった。
「儂は神揚帝国 八達嶺軍 ミズキ衆ムツキ組組頭 ムツキ・ムツキだ。昌・ミズキを知っておるか?」
 故に、自身の所属も今のものではなく、かつて彼が所属していた古い物を口にする。
「ああ。万里の部下の昌・ミズキなら知っている。貴官は昌の部下か」
「そうだ。……先程のトカゲもどきはどうした」
 崩落に巻き込んだのだから、無事では済んでいないだろうが……あの轟音の中でその行く末を聞き届けられるはずもない。
 昌達の様子だと埋まってはいるようだが、今の土の中で音を立てているのはリフィリアだけで、それらしき気配は感じられなかった。
「あれは私の仲間が倒したと思うが……。現状はどうなっている?」
「儂もおぬしも土の中に埋まっておる。お主は動けるか」
「いや、機体にダメージはないようだが、厳しいな」
 せめてリフィリアの巨人が動ければと期待したが、どうやらそれも無理らしい。
「通信機も使えんな。……どうやって助けを呼ぶ?」
 アレクが斃される前、ようやく出撃準備の整ったセタ達にこの場所の事は伝えてある。けれど、仮に彼等が辿り着いた所で……電波の届かない地面の中から、どうやって助けを求めたものか。
「まあ、何とかなるだろう。落ち着いておれ」
 幸いな事に、土の中であっても呼吸は出来る。巨人の構造は分からないが、あの滅びの原野でも生きていられるくらいだから、きっと何とかなるだろう。
 後は……誰かが崩落の調査に来るか、最悪昌達が戻ってきてくれるはず。
 思念はともかく、ここから地表まで彼の術が届くかは自信がなかったが、それはその時の事だ。
「……アレク王子はどうなった」
 やがてリフィリアからぽつりとされたのは、彼女が意識を失った後、何が起きていたかだった。
「見ておらぬ故、何とも言えん。儂も何とか庇おうとは思ったが……この様だ」
 その上で崩落に巻き込まれたのだから、もはや笑うしかない。
「……そうか」
 トカゲ型の神獣は、周囲に同化する事で姿を消せるのだと聞いていた。穏行の術で足音を消されればムツキにも捕らえようがないし、それ故に反応が遅れたのは……言いたくはないが、仕方ない所だろう。
「そうだ。同じように土に埋まってる仲間が一人いるはずなんだが、分からないか? 名前はジュリアと言う」
「しばし待て。……こやつかの。気を失っているようだが、声を掛けてみるか」
 そして、ムツキは言霊の神術の座標を新たな位置へと動かして……。
 崩れ落ちた大地の底に、再び少女の悲鳴が響き渡った。

続劇

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