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17.三局の戦い

 斬撃を受け止めたのは、頑丈に作られた太い槍。
 機体本来の大パワーで刃を力任せに押し返し、刺突武器である槍で横殴りの打撃を放って相手を強引にねじ伏せる。
「……ちいっ!」
 今までとは全く違うバランスに不満げな声を上げながらも鬼神の如き戦いぶりを見せるのは、灰色の騎士だ。
 けれどそれをまとうのは、ライラプスの真の主であるアレクではない。
 ヴァルキュリアである。
「何だ、こいつらは……」
 ラーズグリズを今までの重装型から軽装型に切り替えてから初の大規模戦闘で、操る武器もいつもの大鎌ではない。駆る感覚の違いに戸惑うのは、かつてコトナに指摘されるまでもなく、彼女も織り込み済みの事だった。
 そしてアレクの灰色の騎士と同じ外観にした以上、敵の集中攻撃を食らう事も狙い通り。
 だが、その日の敵の攻撃は……それこそが、彼女を最も苛立たせ、困惑させるものであった。
 連係攻撃で、こちらの隙を突く事は分かる。魔物にも人間が乗っているなら、戦術の一つも立てるだろう。
 けれどそのいずれもがラーズグリズの……アームコート共通の死角をことごとく狙ってくるというのは、一体どういう事なのか。
「……おかしいですね」
 しかし、そんな苦境において幸いだったのは、彼女の背後を守る機体が二人いた事だろう。
 一体は背中を丸めた、重装の機体。
 そしてもう一体は、巨大なマントを翻す、人とはかけ離れたバランスを持つ紺色の異形。
 戦い慣れた二体が死角を塞いでくれたおかげで、苦戦を強いられるはずのヴァルキュリアの戦いもいくらか楽な物になっていた。
 だが、そんな二人を加えても、一人で戦うよりはマシというだけで、決して優勢になったわけではない。
「こいつら、いきなり賢くなったみてぇだぞ? 何か薬でもキメたのか?」
 人が乗っているのだから、戦い方を学ぶのは当前の事であるが、今までの戦いでそんな兆候は一度もなかった。徐々に賢くなるならともかく、一足飛びに策を得るなど……。
「誰かに入れ知恵されたのかもしれませんね」
 それほどアームコートに精通した者など、メガリ・エクリシアにもそうはいない。ましてや相手は神揚の魔物である。
「ともあれ、ヴァルキュリア少尉がいて助かりました。これは二人では支えられません」
「構わん。生存率が上がるなら、それでいい」
 相手が妙な知恵を付けているのは、既に事実としてそこにあるのだ。理由の検証は後にすべきだろう。
 まずは生き残って戻る事。
 考えるのは、それからだ。
「なら、貸し一つな! 帰ったら酒、おごってやっからよ」
「…………それはもういらん」
 相変わらずのエレの軽口に、ヴァルキュリアはぼそりと呟き……。
 丘の向こうから現れた影に、それ以上の言葉を止める。
 そいつらは、もちろん味方ではなく。
「……増援ですか」
「ああ。あれは…………」
 四本の脚。
 九本の尻尾。
 身体の色は……インクを零したような黒。
 それは、先日の戦いで新たに戦場へと現れた、黒い九尾の狐であった。


 崩れ落ちた牛型の魔物を前に、アーデルベルトは構えた斧を握り直す。
「どういう事だ?」
 隅の画面に映された双方の戦力は、少し後方で情報収集を行っているプレセアから送られてきたものだ。
 最初はほぼ互角だったはず。それが、戦端が開かれてからさして時間も経っていないのに、こちらは明らかにその数を減らしていた。
「持久戦を狙うのではなかったのか」
 今回の戦いは防御しきるか、相手に攻撃する気を失わせれば、こちらの目的は達成出来る。
 押しては引き、引いては押しの戦術で向こうを消耗させればそれで終わりだし、パワーや防御の面ではアームコートは魔物に対して一日の長がある。
 機動力が物を言う攻撃側ならともかく、守勢に回って押し負ける理由はないはずなのに……。
「新たな空中戦力か?」
 だが、新たに編成された弓や新兵器の飛び道具を運用する部隊は、アーデルベルト達の護衛の元でそれなりの成果を上げている。敵の新しい空中戦力があるなら、初めに対空戦力であるアーデルベルト達が狙われるだろう。
「いいえ。弓兵も、バリスタも、十分に機能していますわ」
 アーデルベルトの任された右翼全体も、空中から目立った打撃を受けている様子はない。
 その時、通信機から歓声が飛び込んできた。
 どうやらバリスタと名付けられた新型の弩が、敵の飛行型神獣を一体捕獲したらしい。羽根を絡め取られた黒いそいつは、太矢の根元に繋がったワイヤーで地上へと引きずり下ろされている。
「破壊するなよ! 生きた魔物のサンプルを手に入れろという厳命だ。動きを封じて捕らえるだけにしろ! 殺したら厳罰だぞ!」
 中に人間の入っている相手をサンプルと言うのは良い気分ではなかったが、まさか捕虜にしろと言うわけにもいかない。
「……空の相手はいつも通り」
 少なくとも、プレセアの持ち込んだ新兵器は有効に機能している。そして敵側からは、目新しい反撃があるわけでもない。
「だとしたら、戦術か……」
 敵も人間だから、戦術なり対策なりは立てるだろう。
 しかし戦術での攻撃力の底上げは、地道な研究や訓練によって生まれるものだ。アーデルベルトの見た戦闘記録の中で、今まで魔物達がそんな挙動を取ってきたという記録はない。
 そういった予兆もなしに、いきなり攻撃力が跳ね上がるなど……。
「……こちらの弱点が知られているとでも?」
 だが、言われてみれば、目の前に倒れた牛型の魔物も、こちらの死角やアームコートとしての弱点を狙って動いているように見えた。
 もともと対アームコート戦ばかりで対魔物戦の経験がほとんどないアーデルベルトは、敵とはこちらの弱点を狙い、死角を付いてくるものだと思っている。しかし従来の魔物の戦いに慣れている者であれば、そこから生まれる油断は致命的な弱点に容易く繋がってしまうだろう。
「分からんが、とにかく全軍に通達を頼む。二体……いや、三体か四体でひと組になって、敵に背後や死角を取られるな! 敵をアームコートだと思って戦え!」
 その時だ。
 歓声を上げていたバリスタ部隊から、悲鳴に似た声が聞こえてきた。
「どうした!」
 そこにあるのは、奇妙な光景であった。
 倒されているのは、数体のアームコート達。
 弓兵の腕が斬り飛ばされ、バリスタを準備していた機体も背中から叩き切られている。
 敵の襲撃があった事は間違いない。
 そのはずだったが……。
「……敵はどこだ!」
 肝心の、敵の姿がない。
「何……だと……?」
 そしてアーデルベルトが目を向けた時、丁度起きていたのは……捕獲した飛行型神獣の翼を絡め取っていたワイヤーが、何もない所で唐突に断ち切られる光景だった。
「……見えない相手という事か。また面倒な」
 見えない相手だ。通常の戦力であれば、どうしようもない。
 そう。
 通常の、戦力では。


 アームコート用にしても大型の筒から放たれた弾丸は、命中しても爆発する事はなかった。
 不発ではない。
 その弾丸は衝撃と炎を撒き散らす代わりに白く粘つく液体へと代わり、迫り来る神獣を難なく絡め取ったのだ。
「助かる、リフィリア!」
 これがリフィリアが王都から取り寄せた新兵器。大量のトリモチの塊で相手の動きを拘束する、小型砲だ。
「時間稼ぎにしか過ぎません!」
 相手の動きを拘束出来る装備だが、水を掛ければトリモチはその効力を失う。周囲には水系の神術を射撃武器の代わりに使う神獣も少なくないし、その弱点が見抜かれるのは時間の問題のはずだ。
「王子はお早く本隊へ!」
 アーデルベルトの計らいで、出撃出来ないソフィアに代わってアレクの麾下に入った所までは良かったが……敵の大攻勢による乱戦の中、アレクの本隊と分断されてしまったのだ。
 コトナやエレ達ともはぐれてしまったし、トリモチ弾も弾数は限られている。
「リフィリア、次が来る!」
「分かった。ジュリアも加減しろよ」
 これだけの規模の戦いだ。それにあの戦いと同じ流れである以上、きっと万里も戦場のどこかにいるだろう。
 彼女に仕える奉や昌達も戦いを止めようとしていたし、神揚にはキングアーツ人であるシャトワールもいる。
 今のアレクと万里が出会ったならば……その結末は、リフィリア達が知る悲劇とは別の方向に進むはずだ。
「分かってるわよ。私だって、別に人殺ししたいわけじゃ……あ」
 弓に三本の矢を番えて牽制の用意をしながら呟きかけ、ジュリアは思わずその言葉を止めた。
「……ごめんなさい」
 ジュリアは後方の期間が長く、実際に戦場で相手を倒した事はない。だが、目の前の二人は……。
「……戦場とはそういうものだ。生き残るためには、仕方ない時もある」
 少女の謝罪に対するリフィリアの言葉は短い。
 軍人として、戦働きで功を立ててきたアルツビーク家だ。リフィリアもヴァルキュリア達と同じくけっして割り切っているわけではないが、そんな言葉は幼い頃から言われ慣れ、とうに耐性が出来ていた。
「それは終わってから考えろ。死ぬぞ」
 戦場でそんな思考に囚われれば、後は滅びが待つだけだ。殺さずに済むに越した事はないが、それで自身が殺されては何の意味もない。
「でも、アレク様は……」
 そんな彼自身、万里にその想いを貫いて……逆に万里の刃を受けたのだ。アレクもリフィリアも、自身で言っているほど割り切ってはいないのだろう。
「……遅かったか」
 だが。
 後退を始めた三人の背後に、新たな部隊が姿を見せる。
 それは、かつて戦場で相見えた幾つかの魔物と……。
「いえ……むしろ、良かったのかもしれません」

 九本の尻尾を持つ、白い狐の姿であった。


続劇

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