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16.鬼の兄弟子、妹弟子

 放たれた紫電に貫かれた鋼の鎧は、まさに雷に打たれたかの如く僅かに震え……動きを止めると同時、その鎧の隙間から黒い煙を登らせる。
「……なるほど。こうすれば良いのか」
 今までのように範囲を攻めるわけではない。一点突破を狙う、研ぎ澄まされた一撃だ。
 先日の戦いでは剣を大地に刺して雷を逃がされたが、どうやら並の兵の技量ではそこまでの対応は出来ないらしかった。
「これも彼奴からの知恵となれば、微妙な所ではあるが……」
 全身の筋肉を騎体各所の霊石で駆動させる神獣と違い、巨人には心の臓に相当する機関を持つ。それを破壊すれば、巨人は動きを停止する。
 それもまた、先日の軍議でもたらされた情報の一つ。
「動きを止めた敵機は放っておけ! 巨人どもも味方を捨ておきはせん!」
 回収に手を取らせる事が出来れば、さらに敵の兵力を減らす事が出来る。敵も人、滅びの原野を闊歩出来ない存在である以上、巨人を回収出来るのもまた、巨人だけなのだ。
 だが、その動きを止めた巨人に、鋼の刃を突き刺す騎体があった。
「誰だ!」
 白いコボルト型の騎体だ。黄金の鱗をまとう鳴神麾下の兵ではない。
「こちら、ニキ衆ワシズ組! 足止め苦労にござる! 止めは我らが引き受ける!」
 装甲の隙間から引き抜かれた刃の先を染めるのは、鋼の巨人には流れぬはずの赤い色。
 弱点となる装甲の隙間や、内の駆り手が乗る位置に関しても、先日の軍議でもたらされたものだった。
「止めは無用ぞ! 回収に敵の手を取らせる!」
 敵の動きだけ止めれば、回収に手を取らせる事が出来る。後々に修復されるとしても、技師の手を塞ぎ、戦えぬ兵を養わせれば、さらなる資源を消費させる事も出来るはずなのに……。
「後々の禍根を断つ方がよろしかろう!」
 鳴神の言葉にそう言い返し、白いコボルトは動きを止めた別の巨人へと飛びかかっていく。既に動く事の出来ない相手にトドメを刺すなど、まさに赤子の手をひねるようなもの。
「そちらの方が禍根を残すというのが分からんか……。それでは、どちらが悪鬼か分からぬわ」
 死を待つだけの棺桶と化した鉄の鎧に躊躇無く刃を突き立てるコボルトの様を見、鳴神は不機嫌そうにそう吐き捨てる。


 大太刀の斬撃を受け止めるのは、分厚く作られた大盾だ。
 その大半が軽く素早さを重視して作られる神獣だが、中には筋肉を強化され、速さよりも力を重視して創造された騎体もある。
「でええええいっ!」
 そんな巨人さえ凌ぐ力で強い踏み込みと共に押し返せば、相対した巨人は力負けし、数歩たたらを踏んでみせ……。
 その先で踏んだ地面が、そのままごぼりと下へと抜ける。
「……落とし穴?」
 慌てたせいで地面を踏み外したようには見えなかった。ならばそれは、人為的に作られた穴という事だ。
「嬢ちゃんか。よくやった!」
 聞こえてきた思念は、地の底から。
 そんな場所から思念を送ってくる者など、そうはいない。
「ムツキさん!」
 どうやら地の底からの仕込みがあったのだろう。予想外の落とし穴に足首の関節をやられたか、相対する巨人はよろよろと立ち上がるものの、動かぬ片足を引きずりながらそのまま後方へと下がっていく。
「追わんのか? 兜首は手柄であろう」
「……そんな手柄いらないです。それよりムツキさん。アレク様達の位置、分かりませんか?」
「こう足音が多くてはな」
 万里達が探している相手だ。ムツキとしても特定したくはあるが……この広い戦場、無数の足音の中からたった一つを見つけ出すのは、砂漠で金剛石の欠片を見つけ出すに等しい難事である。
「恐らく、昌の目指す場所におるだろうが」
「です……よね」
 確証はない。
 だが、それ以外に手がかりはないし……それは相対するキングアーツのアレク達にとっても同じ事のはずだ。
「……それより、後ろにおるぞ」
「わ……っ!」
 慌てて千茅が振り返れば、そこにいたのは大斧を振りかざした巨人だった。
「はあああああっ!」
 だが、大盾でそれを受け止めるよりもはるかに迅く叩き付けられたのは、加速を乗せた刃の一撃。横殴りに吹き付けたそれは巨人の腕関節を正確に断ち切り、返す地擦りの刃が足首の関節をやはり真っ二つにかち割った。
 頑強な巨人の関節部だが、ある一定の方向から打ち付ければ存外に脆い。それもまた、先日の軍議で明らかにされた巨人の弱点の一つであった。
「ありがとう、クズキリさん!」
「次に行くぞ! 抜かるな!」
「……はいっ!」
 先行する万里と昌は既に次の敵と刃を交えている。珀亜の言葉に大盾を構え直し、千茅も次の戦場へと走り出す。
「ふむ。……どちらが新入りか分からんの」
 確か、珀亜という剣士のコボルトの方が千茅よりも後から入ってきたはず。戦場でのあまりに堂々とした立ち振る舞いと力強い意思を聞きながら、ムツキは地の底で独りごちる。
「……さて。儂も行くとするか」
 その足音を聞き届け、ムツキも次の動きを開始した。


 薄紫の空を舞うのは、漆黒の烏の翼。
 その脇を轟音と共に過ぎていくのは、丸太ほどの太さのある太矢である。
「ちぇ。やりにくいなぁ……」
 眼下にあるのは、右腕より二回りは大きな左腕に大弓を備えた巨人達だ。
 空を飛ぶ兵器を持たない巨人達は、今まであまり飛び道具を使ってこなかった。故にリーティは、敵の攻撃の射程外という圧倒的に優位な立場にいたのだが……。
 どうやらその座も、新兵器の導入によって終わりを告げようとしているらしい。
(しかも、他にも新兵器があるっぽいし……)
 そしてさらに不気味だったのは、そんな弓兵の巨人が守るように設えられた、据え置き式の巨大な弩の存在だ。
 弓兵の太矢より巨大な矢を撃ってくるとは考えづらい。ならば、それはどんな仕掛けを持っているのか……想像も付かない。
(こっちも新兵器があるって噂だから、向こうにあってもおかしくはないけどさ……っ!)
 自身を犠牲に確かめようとは思わないが、それでも仕掛けくらいは見抜いておかなければ今後にもっと大きな被害が出る可能性もある。
「リーティ」
 そんな、無数の太矢を必死に躱しながらのリーティに飛んできた思念は、今のリーティよりもはるかに安全な場所にいる老爺からのものだった。
「何だよ爺ちゃん! 今忙しい!」
「アレクとやらを知らんか。例の姫様の想い人だ」
「知らないよ! オレの視界にゃいないっ! 戦闘中だから切るね!」
 眼前の太矢に舌打ちを一つして、急旋回。
 巨大な物体が騎体のすぐ脇をかすめていく感覚と共に、烏の黒羽が数枚舞い散っていく。
「ったくもう、こっちの気も知らないで……っ!」
 ただでさえ自身は翼を持たないリーティである。体格と違う姿を持つ神獣の細かな制御は、神経と集中を使うのに……。
 そう。
 神経と細かな集中を使う、作業なのだ。
「……しまった!」
 その思考の一瞬の隙を突き、大烏の黒羽に絡みついたのは……。
 あの据え置き式の弩から放たれた、鋼の綱の繋がる太矢であった。


 噛み構えた大太刀を振るい、切り開くのは鋼鉄の兵の群れ。薄紫の世界を駆け抜けるのは、九の尾を持つ黒狐だ。
 神揚の大将騎は九尾の狐。
 白と黒で色こそ違うが、その外観は本来の大将騎と見間違われるに十分な装いを備えていた。
「万里とアレクは!」
 その黒狐を駆るのは無論、本来の大将ではない。
 黒狐の好む黒衣をまとう、奉である。
「分からんでござる。こうも思念の数が多くては……」
 思念による会話は、神揚で戦う全ての兵が身に付けている技だ。それらの兵達が同じ場所で一斉に使えば、同じ術を使う側からはそれぞれが大声で話しているように感じてしまう。
 それは彼に付き従う半蔵や柚那も同じ事であった。
「そもそも何で馬廻衆のあたし達が万里様と離ればなれなのよ! 信じられない……」
 これも、今回の作戦立案を司った将達の策の一つ。
 大将騎たる万里のテウメッサと同型のラススヴィエートを別の位置に据え、まさに影武者として運用しようとしたのだ。
 それはラススヴィエートの本来の役割でもあったし、敵の目を少しでも万里から離すという意味では、奉達もやぶさかではなかったのだが……。
 よりにもよって、実行されたのがこの戦である。
「なった以上はどうにもならん。とにかく今は……」
 乱戦を理由に万里達と合流し、アレク達との激突を止める事だ。
 あの夢の中で、万里はアレクの声に激昂し、誰も望まぬ結末への一歩を踏み出してしまった。
 しかし今は、その流れを知る奉達が居る。
 彼女の傍には千茅達もいる。
 そして敵陣にも、彼らと思いを同じくする者達がいる。
「……そうね。向こうもあの事を知ってるなら……」
 戦場の位置は同じ。
 ならば、おそらく彼らの目指す場所も……。
「トウカギ殿。敵でござる!」
 行く先を定めた瞬間、傍らの視界に飛び込んできたのは赤い影。
 赤い獅子の頭を持つ巨人である。
「あいつ! こないだあたしを無視した……!」
「そんなの放っておくでござるよ!」
「分かってるわよ! でも……」
 奉も以前の戦いで相見えた相手だ。あの時は互角の戦いの後、美峰の乱入でうやむやになっていたが……。
 もちろん、相手をしている暇などないが、かといって素直に見逃してもらえるとも思えない。
(どうする、奉……!)
 背負った大太刀を噛み、引き抜こうかと力を込める。
 その時だった。
「小僧!」
 無数に飛び交う思念の嵐の中。ひときわ大きく、力強く響く思念が、馬廻衆の三人を荒々しく揺らす。
 見上げれば、そこにあるのは巨大な翼。
 雷光をまとい、黄金の鱗に覆われた首をこちらに向ける、勇壮な竜の姿がある。
「鳴神殿か!」
「何をこのような所で遊んでおる。主はどうした、馬廻衆」
「ニキの嫌がらせだ。今から向かう」
 鳴神も今回のラススヴィエートの扱いは知っているはず。そこをあえて問う姿に久方ぶりの苦笑を浮かべつつ、歯を立てた大太刀を鞘へと戻す。
「そうか。ならばここは引き受けよう」
 鳴神が次に放った言葉は、まさに奉の期待通りのものであった。
「助かる。帰ったら酒でもおごる!」
「ならばそちらの綺麗所の酌が良いな」
「あたし、可愛い女の子としかお酒呑みたくないんだけどー?」
 拗ねたような柚那の言葉に返ってくるのは、力強い笑い声。それを背中に受けながら、奉達は再び疾走を開始する。
「良いのでござるか?」
「鳴神殿なら大丈夫だろう」
 以前、あの赤い獅子の巨人達とも戦った事があると聞いた。それに、今は対巨人戦の戦い方を身に付けているのだ。そんな彼らが後れを取るなど、なおのこと思えなかった。
「違うでござる。この先は恐らく……」
 奉が選んだ進路は、この辺り以上の激戦地。
 確かに万里達がまみえた場所への最短距離ではあるが……。
「…………あれは」
 案の定だ。
 だが、その先にいた、巨人達は……。
 かつて渓谷での戦いに現れた、紺色の異形と、分厚い背甲を背負った赤銅の巨人。
 そして、灰色の軽装をまとい、槍を手にした……。
「……アレク」
 敵方の、大将騎の姿であった。


続劇

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