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6.いまひとたびの出会い

「……そっか。万里と、沙灯、珀亜って言うんだ」
 湖のほとりに腰を下ろし、ソフィアが嬉しそうに問うのは三人の少女に向けて。
 万里と、沙灯……そして珀亜である。
「はい」
 出会った時には少し驚いたが、少女達もこちらに敵意を向ける様子はないようだった。
 無論、ソフィア達も不要な争いを起こす気などなく……。
 結局こうして、当たり障りのない話をしているのだった。
「ソフィアはこの辺りのかたですか?」
「いや、もう少し向こうだな」
 メガリの方を指そうとしたソフィアより先に、その問いに答えたのはアレクである。
「…………兄様」
 どこか不服そうなソフィアだったが、アレクが穏やかな笑みでそれを受け流したのに対して、小さなため息を一つ吐くだけだ。
「君達はこの辺りに?」
「私たちも、もう少し向こうです。この辺りまで来たのは、初めてで……」
 問い返された万里も、アレクと同じように漠然とした答えで誤魔化してみせるだけ。
「そうですか。綺麗な所ですね、ここは……」
「はい。ここの外とは、全然違う」
 穏やかな湖と、小鳥すら鳴く緑の森。
 この場に立たされただけなら、この地が薄紫の呪いに覆われた滅びの原野に囲まれているなど、到底信じられないだろう。
「昔は世界中が、こんな感じだったのかな」
 大後退。
 その未曾有の大災害が、この呪われた滅びの原野を作り出したのだという。
「世界はもっと広くて、遠くまで行けて。だとしたら……」
 ならばその大後退が起きる前は、薄紫の汚らわしい土地などなく……。
「……だったら、よかったのにね」
 ソフィア達の王国も、今のように苦労はしなかったに違いない。メガリを築き、汚染された大地を浄化して……滅びの原野でしか生きられない、忌まわしき魔物達と戦うこともなく。


 そんなソフィア達を、少し離れたところから眺めながら。
「……随分と沙灯の事が気になるようだな」
 ジュリア達に問うたのは、神揚の一行の中で最も背の高い、白い髪の人物だ。
 どうやらその振る舞いから万里に次ぐ立場の者らしかったが……端整な顔立ちに白く長い髪は、男とも女とも判断が付かない。
「……ジュリア」
「分かってるわよ」
 リフィリアのひと言に、ジュリアは小さくそう返す。
 相手が神揚の兵である事は間違いない。
 だが、ジュリア達の味方かどうかは分からないのだ。
(それに、この人達が……姉様やシャトワールを……)
 もちろん、そんな想いもある。
 この半月でいくらかは割り切ったと思っていたはずなのに……こうしていざその仇達を目の前にすれば、その両手を押さえ、内に仕込まれた刃を放たずにいるのが精一杯だ。
(……万里を許したソフィアは、すごいな……)
 夢の中で、彼女はアレクを殺した万里を許さないと言っていた。
 けれど、それでも共に歩むことを決めた彼女を、今は素直に立派だと思う。
 そしてその思いを、今の彼女に味わわせたくないとも。
 だが。
「とても気になるね。彼女はこの世界の歴史から消え去ったのではなかったのかい?」
「セタ!」
 ジュリアとリフィリアが必死に押し留めた言葉をさらりと口にしたのは、セタだった。
「黙っていても仕方ないよ。多分この人達も、同じ夢を見ている人達だ。……違うかい?」
「どうしてそう思う」
「さあ、どうだろうね?」
 きろりと視線を突き付ける白髪の人物と、それに対しても穏やかに微笑むだけのセタ。
「はいはい。トウカギさんもそんな恐い顔しないの!」
 その対立に水を差したのは、トウカギと呼ばれた白髪の人物の脇にいた少女であった。
「……そっちのお兄さんの言う通りだよ。あの子は、術でそっくりに化けた別の人なんだ。……神術は分かる?」
「夢で……見たから」
 何もない所に閃光を起こしたり、薄紫の空気の中でも呼吸をしたり。何よりジュリア達にあの夢を見せたのも、全ては一人の少女の超常の技によるものだ。
「そっか。ヒサさんの夢だもんね。だったら見てるか」
 科学万能のキングアーツ人としては信じられるはずもなかったが、ここまで現実に見せ付けられてはもはや信じるしかない。
「……やはりキングアーツにも一人ではなかったのだな」
「一人では……? 他にキングアーツの人を知っているのか?」
 リフィリアが知る限り、メガリ・エクリシアでそのような事例はなかったはずだ。別の部署の噂なのかとジュリアやセタに視線を送るが、二人も首を振ってみせる。
「ああ。シャトワール・アディシャヤ軍曹の事だ。……あの戦いの後、こちらの兵が回収した」


 そんな話が行われている中、少し離れた所にもう一つの一団があった。
「あれが……」
 小さくそう呟く、目深に帽子を被った少女である。
「んー。どうしたのかな、千茅ちゃんは」
「え、あっ。その……何でもないですっ。ミカミさんっ!」
 そして、そんな千茅に背後からしがみ付いた柚那は、千茅に頬を寄せながら、彼女の視線の先へと自らの視線も重ね合わせていく。
「向こうの人みたいに沙灯が気になってるワケじゃないよねー?」
 少し離れた所にいる奉や昌達は、沙灯を気にするセタ達と話をしているようだった。けれど柚那も千茅も、ここにいる沙灯が半蔵の変化した姿だと知っている。
 ならば……。
「……アレクって人?」
「ひゃああっ!」
「んもー。分かりやすすぎー!」
「あ、あぅぅ………」
 真っ赤になってうつむく千茅を、柚那は上機嫌で抱きしめ直す。
「憧れる分にはいいんじゃない? それこそ、気になるなら……取っちゃえば?」
「と、取るだなんて……そんな……」
 千茅も、この先のアレクがどうなるかは知っている。その恋の行く末も、だ。
 アレクの、そして万里の思いを知ってなおそのような行為に及ぶなど……流石にそこまでは、千茅の考えの中にはないものだった。
「あら。あのアレクって人はどうか知らないけど、万里様はまだ何とも思ってないはずだしさ?」
「うぅぅ………」
 くすくすと笑う柚那に、千茅はそれ以上言葉を返す事が出来ずにいる。


 さらりと奉の出した名は、神術の存在以上に信じがたい名前だった。
「ホント……なの? シャトワールは生きてるの!?」
「少なくとも本人は元気だと言っている。……我々には少々判断の付きにくい外見だが」
 神揚の民からすれば、シャトワールの義体そのままの外観はかなり奇異に映るだろう。奉なりにオブラートに包んだ言い方なのだろうが……。
 逆にその遠慮がちな表現こそが、奉がシャトワールを知っている証とも言えた。
「ああ……良かった……。シャトワールが生きてた……!」
「本来なら捕虜交換とでも行きたい所だが……」
「何か言いたそうだね」
 捕虜交換というのは、お互いに捕虜がいてこそ成り立つものだ。
 だが、残念ながらキングアーツには交換すべき捕虜がいない。さらに言えば、捕虜と言えなくもない向こうの飛行型神獣は、既に王都に送られている。
「……しばらくこの件込みで、お互いの正体を知る者は最小限にして欲しい。特にあそこにいる沙灯以外の二人の前では内密に」
 沙灯と一緒にいる線の細い小柄な娘も、どうやら夢を見てはいないらしい。
 それもこの世界から沙灯が消え、歴史が改編された結果の一つなのだろう。
「それはこちらからもお願いしたい。姫様と殿下には、まだこの事を知られたくない」
「……沙灯の夢の通りに、というわけか」
 そうなれば、アレクと万里の関係も彼らの知るものとは違う形になりかねない。少なくともそれは、セタやリフィリアの望むところではなかった。
「ああ。だから、それまでシャトワールはこちらで責任を持って保護させてもらう。……信じて欲しい」
 どうやら神揚で沙灯の想いを受け継いだ者達も、キングアーツに敵対するつもりはないらしい。
「こちらこそ、寛大な処置に感謝する」
 今はそれだけ分かれば十分だ。
「……難しい話は終わりー?」
 ようやくほぐれた緊張の糸を察したのか、奉の脇からひょいと顔を覗かせたのは、奉と同じく白い髪を伸ばした娘だった。
 こちらはその体型を惜しげもなく晒す薄手の衣装しか纏っていないから、すぐに女性だと分かる。
「だったらお菓子食べようよ。そっちも何か美味しいもの、持ってきてるんでしょ? 良い匂いがするもの!」
 そして猫のような娘と合わせてそんな申し出をしたのは、先程奉とセタの緊張を破った少女だった。
「ええ! お茶の用意もするわね!」
 鼻が良いのかお菓子に敏感なだけなのか分からないが、ジュリア達がプレセアにお菓子やその他の品を幾つか持たされたのは事実だ。
 プレセアはプレゼントに使えと言っていたが、懇親のためにみんなで食べても文句は言われないだろう。
「なら、万里達も呼んで良いわよね。ねー! お菓子食べるんだけど、来ないー?」

「美味しい! これが……あなた達の所のお菓子とお茶?」
 清浄の地で出会った面々が囲んでいたのは、互いが持ち寄った食事や菓子の類だった。
「ええ。紅茶っていうの。で、これがドーナツで、こっちがワッフルね」
「これがワッフル……」
 持ち運びやすいよう木箱に入れられたそれは、八達嶺で食べたキングアーツの再現料理とは全く違う形をしていた。
 ひと口食べれば、確かにそれは厚さの割にふわふわで、しっとりと口の中で崩れていくようである。
「まだあるから、良かったらお土産にどうぞ」
「本当でござるか!」
「え、ああ……うん。プレセアがお土産に用意してくれた物だし……」
 紅茶を供したジュリアは、沙灯の剣幕に少々引き気味だったが……それでも、紅茶や菓子の反応が良かった事が嬉しいのだろう。嬉しそうな微笑みを見せてくれる。
「これはぜひともタロ殿に食して欲しい所でござるな……」
 ドーナツは形以外はそれなりの再現度だとは思うが、ワッフルは天と地ほどの差があった。けっしてタロの煎餅じみた物が不味いわけではないが、明らかにワッフルとは別の食べ物だ。
「だね。作り方って教えてもらえないのかな?」
「菓子の作り方など秘中の秘……無理でござろう」
 それこそ、店にとって軍機に匹敵する物である。半蔵もかつて菓子屋を食べ歩いている時、教えを請おうと思って何度断られたか分からない。
「そちらのお菓子は?」
 そう言ってキングアーツの娘が指したのは、タロの作ったドーナツである。
「ああ、これは……こちらのさる地方のお菓子なんですって」
 万里達の前でドーナツと言うわけにもいかない。
「ドーナツに似ているな」
「き、ききき、気のせいでござろう!」
 向こうのドーナツは円形に作られているが、こちらのドーナツは拳大の丸い塊だ。確かに食感は近いが、何をどう見たらドーナツに似ていると判断出来るのかが分からない。
「え、でもこれ……」
「あれぇ。千茅ちゃん、まだ食べ足りないのかなぁ?」
 その由来を思わず口にしようとした千茅を、脇に座っていた柚那が慌てて抱きかかえてみせる。
「……万里様と珀亜ちゃんには内緒なんだってば。アレク様に見とれてて、奉から聞いてなかったの?」
「え? ……い、いやっ、そういうわけじゃっ」
「どうしたの? 柚那」
 万里の問いにようやく千茅を解放し、柚那はいつもの笑みをへらりと浮かべてみせた。
「ううん。千茅ちゃんがあんまり可愛いから、ちょっと押し倒したくなっただけー」
 いつもの柚那の言葉に、万里は困ったような苦笑いを浮かべてみせるだけだ。

続劇

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