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13.黒狐狂咲太刀嵐 (くろぎつねくるいざきたちあらし)

 向かってきた青い巨人が構えたのは、両手持ちの大斧だった。突撃の途中で盾を投げ捨て、片手持ちから両手持ちへと切り替えての一撃である。
 恐らく渾身の力を以て叩き込まれただろうその一撃は……。
「ンだぁ……? この程度、厳丸に効くかよっ!」
 美峰の駆る大猿に似た神獣の分厚い胸筋に、しっかりと受け止められていた。
「ちっ! やっぱ当たんねえ!」
 だが、その後が良くなかった。金棒で殴れば良い物を、例によって力任せに振り回した腕は、やはりギリギリの間合で青い巨人に届かずにいる。
「だから、最初から金棒で殴って下さいよ、ウラベさん!」
 青い巨人が僅かに距離を取ると同時、援護に飛んできた矢を腕の盾で弾きながら、千茅はようやく気が付いた。
 どうやら彼女の上官は、頭が悪いらしいことに。
(いい人なんですけどね……)
 面倒見は良いし、性格もさっぱりとしたものだ。
 ただ、さっぱりとし過ぎているだけなのである。……たぶん。
「けど、敵の体勢は崩れ始めてっぞ! テメェら、一気に追い込め!」
(うん。いい人……なんですけど)
 後退を始めた青い巨人達を一気に追い落とすべく、動き始めた美峰の背中を見て……改めて千茅は、そう思ってしまう。


 薄紫の風の中。
 揺れるのは、墨を流したかの如き黒い毛並み。
「やはり、本来の姿がやりやすいか……」
 落ち着いているように見えて、やはり機嫌が悪かったのだろう。その動きは、いつもの訓練の時以上に滑らかで、鋭く動くように感じられた。
「……ならば征くぞ、ラススヴィエート!」
 九尾の黒狐の真の名を叫べば、九尾それぞれの先端に生まれるのは小さな灯火だ。か細いそれは、次の瞬間には大きく膨れあがり、まさに篝火を纏うかの如き火勢を生み出している。
 テウメッサが近接戦用に調整された九尾なら、ラススヴィエートは神術師たる奉が操りやすいよう、そちらにも重点を置いた調整が施されているのだ。
 背負った炎を解き放ち、眼前の巨人を焼き払おうとしたその瞬間。
「もってけえええええええええええええええええええっ!」
 獅子の頭を持つ赤い巨人を薙ぎ払ったのは、そいつの後方……より八達嶺に近い側から駆けてきた、美峰の厳丸の金棒であった。
「あ……おい……っ」
 金棒ごと吹き飛んでいく赤い巨人を、奉は気勢を削がれたかのように茫然と見つめ……。
「ま、まあ仕方ないか! トドメだっ!」
 大地に落ちたその相手に向けて、背中の胴輪に固定していた大太刀を噛み構え、振りかぶる。
 だが。
「…………なっ」
 容赦なく振り下ろされたその大太刀を受け止めたのは、赤い巨人を庇うように割り込んできた、別の巨人の身体であった。


 打ち合うこと、一合、五合……やがて、十合。
「……ちっ」
 大鎌の一撃を躱せば、次の瞬間には大鎌を切り返す間もなく拳の一撃が襲い来る。狐の面……神獣の身体能力を格段に向上させると言われる異能の面だ……によって強化された反応速度と運動性でそれを躱せば、今度は片手で握った大鎌の、強引な一撃が飛んでくる。
 相変わらずの、こちらを倒す事のみに特化した戦いぶりだ。そして同時に、自らの生への執着の苛烈さをひしひしと伝えてくる。
「……まだまだだな。私も」
 かつての珀牙であれば、そしてヴァイスティーガの力があれば、今なら目の前の相手を倒すことが出来ただろう。
 しかし今の珀亜としての身体と反応は、ビャクと狐面による力の底上げをもってしても、互角……いや、反撃に転じるまでの力がない。
 慢心が有ったのか。
 それとも、ただ実力を見誤っただけか。
「だが………」
 かつての珀牙であれば、相手を見事だと言って笑っただろう。そして戦場で死ぬ事を誉れと思い、その刃に掛かる事さえ良しとしたかもしれない。
「……二度も死ぬわけにはいかんのだ!」
 慢心があっても。
 実力を見誤ったとしても。
 今の身体を……文字通り命と身体を捧げて珀牙を黄泉返らせた妹の想いに報いるためにも、相手を認める事はしたとしても、命を投げ出すわけにはいかないのだ。
 そんな珀亜の想いに答えるかのように。
「あたしの珀亜ちゃんに何してんのよーーーーーーっ!」
 吹き抜けたのは、黒い風。
「ガイアース………柚那殿か!」
 そこにあるのは黒い獅子の姿。かつて珀牙と共に轡を並べた、優理の神獣だったもの。
「一人で突撃は危ないでござるよ!」
 そしてそれに続く、ビャクと同じ小型のコボルト型だ。
 さすがに一対三で戦う気まではなかったのだろう。漆黒の巨人は、構える獅子からじりじりと距離を取り……やがて、その場を去って行った。
「…………ふぅ。大丈夫? 珀亜ちゃん」
「ああ。……かたじけない」
 もう一度鍛え直さねばならない。その想いを新たにしながら、珀亜は小さく感謝の言葉を口にする。
「気にしないで良いわよー。もちろんお礼してくれるっていうなら、大歓迎だけど?」
(よく耐えてくれたな、ビャク)
 同時に、狐面の呪いを受けながらも戦ってくれた歴戦の相棒にも、小さく感謝の思いを紡ぐ。
「けど、珀亜ちゃん一人? 初陣なのによく無事だったわねー」
「柚那殿こそ……」
 柚那も軍歴こそ長いが、その大半は本国での内勤で、前線に来たのはこれがほとんど初めてだと聞いていたが……その様子は堂々としたものだ。
「あたしは平気よ」
「大変だったでござるよ!」
 平然とうそぶく柚那に、半蔵の悲痛な叫びが重なった。
 恐らくは柚那が気付いていないだけで、半蔵が十分どころではない援護をして回っていたのだろう。
「それより、敵が引いていくわね」
「本隊が……!」
 本隊に肉薄した敵部隊が、こちらの本陣に向けて何かを投げつけている所だった。
 それは地面に着弾すると同時に破裂し、大量の煙を撒き散らしている。一瞬それを新手の攻撃かと思い、神獣を走らせかける珀亜だが……。
「いや、あれは煙幕でござろう。……拙者のやり方を真似おったな」
 つい先日、半蔵の使った手口と同じである。
 それにあの煙が武器であるなら、出し惜しみせずに最初から使っておけば良かったのだ。この時期に使うという事は、少なくとも攻撃よりも撤退を助けるための仕掛けである事は間違いない。
「敵もこれ以上戦う気はなし……か」
「こちらも追撃はしないようでござるな」
 追撃に出るなら、鳴神の操る巨大竜も動くだろうが……今のところ、その気配はないように見えた。
 戦いは、終わったのだ。


 戦場の外郭から見れば終わった戦いも、その中心ではいまだ終わってはいなかった。
「……仕留め損ねたか」
 巨人達の放った煙幕の煙が晴れ、薄紫に戻った視界の中。
 奉の足元に倒れているのは、先ほど獅子の頭を備えた赤い巨人を庇ってラススヴィエートの刃を受けた巨人であった。
「まだ動いている……浅かったか?」
 その、どこかずんぐりとした巨人の身体は、片腕こそ根元まで断たれ、落とされそうになっていたが……いまだその身を、痙攣するように動かしている。
 奉は噛み構えたままだった大太刀を、ゆっくりと掲げ……。
「おい待て何してやがる!」
 上段に構えられた刃を握って止めたのは、美峰の操る厳丸の大きな腕だった。戦いの最中に失ったのか、その背にはいつもの金棒が背負われていない。
 だが、そんな事はどうでも良かった。
「その中には人が乗ってんだろうが!」
「何………!?」
 力任せに叫ばれた言葉に、奉はその耳を疑うしかない。
「戦う気のないヤツを殺すのが王都の作法かよ! 連れて帰っぞ、文句はねえだろうな!」
 茫然としたままの奉の様子を承諾と取ったか、美峰はいまだ痙攣を続ける巨人を抱えると、そのまま千茅のオークを従えて、琥珀色の霧の中へ引き返していくのだった。


続劇

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