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12.白狐乱咲旋風 (しろぎつねみだれざきつむじかぜ)

 形の良い鼻をひくひくとうごめかせ、呟くのはかつての姉の乗騎の中。
(お姉ちゃんの匂いがする……)
 そんな懐かしい思いを感じながら、繋がった両手に込めるのは、戦いの意思。
 迫り来る敵部隊の先陣を切るのは、獅子の頭を備えた人型の巨人だ。全身を赤く塗られたその騎体は、かつて鳴神と剣をまみえ、感嘆の言葉を漏らさせた相手である。
「何よ。こっちと丸被りじゃない!」
 黒い獅子の中から柚那は威嚇の咆哮を放ってはみるが、相手は戦い慣れた巨人らしく、それに動じた様子もない。
 そして、構えた柚那のその脇を。
「ってちょっと何!? あたし無視!?」
 一直線に駆け抜けた赤い獅子は大型の刃を引き抜いて、柚那の後ろで構えていた九尾の白狐へと躍りかかった。
「結構なことでござろう。面倒な相手はやる気満々のトウカギ殿にお任せするでござる」
 既に各所で戦いは始まっているのだ。
 敵が赤い獅子だけでない以上、ずっとそれだけに構ってもいられない。
「拙者達は、弱そうな相手から一体ずつ倒していくでござる!」
「……なんかそう言うと、弱い者イジメみたいに聞こえるわね」
 とはいえ、半蔵の言うことも間違ってはいない。こちらの力も限られたものである以上、わざわざ自分より強い相手に戦いを挑むこともないはずだ。
「勝てば良いのでござる。勝てば」
 忍びの掟は非情なのだ。
「それを言わなきゃ、それなりにかっこよかったのに……」
 何か色々台無しだな……と思いつつ、柚那も乱戦となった戦場を動き出す。


 力任せに振り抜かれたのは、並の巨人の胴ほどもある太い腕。
「でりゃあああああああああああっ!」
 けれどそれは薄紫の大気を切り裂くだけで、その先にいる敵の巨人までは届かない。
「ちっ。やっぱ当たんねえか!」
「そんな間合の近い攻撃、当たりませんよウラベさん!」
 既に何度も繰り返された流れをさらに繰り返し、美峰が仕方なく背中から引き抜いたのは、手元に件の布が巻き付けられた金棒である。
 先ほどと同じ勢いで力任せに突撃し、さらなる踏み込みと同時に力一杯金棒を振り回す。
 もはや鉄塊としか言いようのないそれを介して美峰の腕へと伝わったのは、相手の装甲がひしゃげる鈍い感触だ。
「ああ、これなら当たんだよな……つまんねぇ」
 とはいえ、敵もただやられただけではない。打撃の瞬間に僅かにその身を後退させて、打撃の衝撃を僅かなりとも軽減させている。なかなか一撃で撃破、というわけにはいかないらしい。
「うぅ……余裕ですね」
 そんな美峰に従うのは、この戦いが二戦目となる千茅である。美峰の後ろを守るように盾を構えてはいるが、まだ戦いに慣れていないのは誰が見ても明らかだった。
「トウカギさん、どこ行っちゃったのかなぁ……」
 二戦目……それも重装の神獣に乗った自分でさえ、これほどまでに心細いのだ。線の細いように見える彼女が乗るのは、千茅の騎体よりもはるかに装甲の薄いコボルト型。
 しかも直前に本来の騎体を失っての出陣となれば、戦列に加われるだけでもすごいと思ってしまう。
「あ、また来ましたよ!」
「ガタガタ騒ぐんじゃねえ! 来たら殴りゃいいんだよ、殴りゃ!」
 美峰のように図太く殴り合えるようになるのは、一体いつになるんだろう。
 そう思いながら、千茅は現われた弓使いの巨人と青い巨人に向かっていく美峰の後を追って走り出すのだった。


 振り下ろされた赤い太刀を受け流すのは、九尾の白狐の鋭い爪だ。
「ふむ……やはり、まだ少々固いか。ラス」
 数度交えただけで、相手が戦い慣れているのが分かる。
 奉自身は別に初陣というわけではなく、過日の戦いで失うまでは万里達と並んでゴブリンを駆っていたのだが……。ラスと呼ばれた神獣に関してであれば話が違う。動作訓練や滅びの原野での模擬戦はひととおり済ませていたが、実際の戦場に立つのは今日が初めてだ。
「それとも、やはりこれが気に入らないか?」
 奉がその衣装を白から黒に変えたのは、ひとえにラスの機嫌が悪くなるからだ。それだけで、気分屋の神獣は随分と彼に懐くようになった。
(なら……)
 その思考の間だけ動きを止めていた九尾の白狐に、赤い獅子の頭を備えた巨人が大太刀を振り下ろす。
 戦場で不要な考えを巡らせることは、言葉通りの命取り。
 九尾の白狐はその一撃に、あっさりと両断され……。
「……半蔵。影武者の計は失敗だったようだ」
 いまだ漏れるのは、両断されたはずの白狐の駆り手の呟きである。
 この戦いが始まる前、半蔵はラスに一つの術を施してくれた。
 半蔵が誰かに変装する際に使う、幻を生む術の一つ。それでラスの全身を覆い、まさしく万里の九尾と同じ姿に変化させてくれていたのだ。
 その幻は万里が戦場に出ていると思わせると同時、脱ぎ捨てる際に一度だけ敵の攻撃を受け止めてくれる、盾の役目も果たすのだという。
「緊張が取れたな」
 彼の神獣は黒を好む。
 白い空蝉を脱ぎ捨てたその色は、黒。
 今までの動きとは格段に違う身のこなしで大剣を避けたその姿は……。
 九本の尾を持つ、黒い狐の姿であった。


 歩兵の足音。
 つんざく喊声。
 剣戟の音。
 それは、彼の慣れ親しんだ音達である。
「大丈夫だ。思い通りに付いてきてくれている」
 もはや立つことも叶わぬはずであった戦場をたった一騎で闊歩しながら、珀亜は自身と繋がったビャクと名付けられたコボルトの様子を確かめていく。
 かつて彼が珀牙と名乗っていた頃、ヴァイスティーガの前に駆っていた神獣である。ビャクは彼の魂そのものを見通しでもしてくれたのか、珀牙が操っていた頃そのままの反応を返してくれていた。
 やがて。
「……あれは」
 目の前に現われた巨人の姿に、珀牙はその身を僅かに震わせる。
 分厚い装甲と大鎌を備えた、漆黒の巨人。
 妹が遺した手紙には、巨人の中には人が乗っていると記してあった。部品として組み込まれたわけでも、操られているわけでもない、自分達と全く同じ意思持つ人間が。
 妹の最期の言葉を疑う気などない。
「あれに人が乗っているのか……」
 目の前のそいつは、かつて珀牙を殺した巨人である。
 そしてその戦い方は……相手を下し自身が生き残るための、壮烈なまでの生への執着を感じさせる、まさに必死の戦いぶりであった。
 故に、死への覚悟を定めた珀牙は死に。
 生きる事に縋り付いた巨人の駆り手は、生き残った。
 妹の最期の言葉は、その珀牙の想いを確証に変えるだけのものだったのだ。
「……済まんな。心配してくれるのか」
 くるる、と僅かに甘えた声を上げるビャクに、珀牙は少女の……妹の顔で、穏やかな微笑みを浮かべてみせる。
「ビャク。もう一度、俺………いや、私に力を貸してくれるか?」
 あの時は、命を賭してでも守らねばならぬものがあった。
 けれど今は、死ぬわけにはいかない。すべき事は山のようにあるし、何よりこの身体は妹からの預かりものだ。それをむざむざ散らすような真似は、兄として絶対にしてはならない事だった。
 だからこそ、その右手が背負った朱鞘に掛かったのも、左手が横向きに被った仮面に触れたのも、少女と神獣、双方の思いが重なったからであろう。
「ならば、珀亜・クズキリ……」
 並の神獣であれば、被ることすら恐れるという呪われた狐面。それを自身の意思で被った神獣は、珀牙のかつての愛騎から受け継がれた朱鞘から刀を引き抜き、裂帛の気合と共に目の前の敵へと挑みかかる。
「推して参る!」
 戦い、そして生き残るために。


続劇

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