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9.カセドリコスの王族達

 アレクの執務室を後にすれば、自然とそれぞれの所属部署へと散ることになる。プレセアは主計科に行ってしまったし、アーデルベルトも引き継ぎのために隊舎に行ってしまった。
「お疲れさまでした、殿下」
 廊下を歩くメンバーは、自然とソフィアと隊に配属された新たな二人という事になる。
「本日からアヤソフィア隊に配属となりました、リフィリア・アルツビーク中尉です。こちらはジュリア・イノセント少尉。……イノセントは、殿下のお世話係も兼ねさせて頂きます」
「よ……よろしくお願いします、殿下」
 改めてお世話係と明言されて、ジュリアの顔は僅かに引きつり気味だ。貴族の嗜みとして士官学校に入る前、短い間でも小姓の真似事はした事もあるが、あくまでも父親の知り合いの所での真似事でしかない。
 実際、世話係と言われても何をすれば良いのかさっぱり分からないのであった。
「……殿下はやめてよ。ソフィアでいいわ」
 苦笑するソフィアにリフィリアは思わず渋い顔をしてしまうが……。
「これから一緒に戦う仲間なんだもの。それに士官学校でもメガリ・イサイアスでも、殿下なんて呼ばれなかったわよ?」
「じゃあ……ソフィア……?」
 不敬罪にならないだろうかと、おずおずとそう口にするジュリアだが、ソフィアは怒るどころか嬉しそうに顔を綻ばせてみせる。
「そっちの方がいいわ。その代わり、あたしもジュリアと……リフィリアは長いから、リファって呼んで良い?」
「リ……っ!?」
 メガリ・エクリシアに来てからの付き合いしかないが、同じアレク隊に属していた流れから、ジュリアとリフィリアが顔を合わせる機会はそれなりにある。
 けれどジュリアは、リフィリアがそんな慌てた表情を浮かべている所を初めて見た。
「ダメ?」
「…………」
 小さく首を傾げる少女は、年下とは言え仕えるべき王族の一員だ。さらに言えば彼女は少佐で、リフィリアは中尉である。
 彼女の意識の中で、上官命令というものは絶対の物だった。
「お……お任せいたします」
 故に、そう答えるのが精一杯だ。
「じゃあ決定ね。ここに来たみんなとも顔合わせしたいから、ハンガーに戻りましょ! リファ、案内して!」
 王女に武官として仕える事は、軍人の一家に生まれたリフィリアにとって光栄以外の何物でもない。
「で、では……殿下」
「あたし、何て呼べって言った?」
「でしたら、その…………ソ……ソフィア」
 しかし、その王女が自分を呼び捨てにするよう指示し、自らを愛称で呼ぶような性格だった場合……。
 どう対処すればいいのかなど、彼女の知識の中には存在していないのだった。


 メガリ・エクリシアの執務室に戻ってきたのは、白い髪の娘である。
 彼女が珍しく一人なのを見て、思わず声を掛けたのは、この部屋の主であった。
「環は?」
「まだククロと話している。私は先に戻るように言われたから、戻ってきた」
 必要最低限の事だけ呟き返し、ヴァルはいつもの副官席の脇へと立つ。
「そうか……」
 どうやらその先の話はないらしい。アレクは小さく呟き、見ていた書類に再び視線を落とす。
 それを数枚読み進めたところで、思わず顔を上げてみせた。
「……それはいいが、そう殺気を向けないでくれないか? 仕事にならない」
 だが、少女の殺気は鋭さを増す事さえあれ、鈍る事はないままだ。
 このまま放っておけば、明らかにこちらが油断した瞬間、切りかかってくる気だろう。
「それは結果的に、環の不利益にも関わると思わないか」
 小さくため息を吐いてそう呟けば、義体の中枢にまでぴりぴりと伝わってきていた殺気がようやくほんのわずか、緩むのが分かった。
 執務室に満ちるのは、どこか気まずい沈黙だ。
 やがて。
「……どうしてお前は、戦場に立つ」
 ぽつりと呟いたのは、無言で副官席の脇に立っていた娘であった。
「カセドリコスの王族だからだ」
「王族が死ねば、残された者がどう思うか考えた事はないのか」
 アレクはメガリ・エクリシアの長であり、ここに駐留する師団の師団長でもある。そんな彼が最前線に立つ必要など……本来はないはずだ。
 むしろ組織運用を考えた場合、トップが失われた後の混乱は相当な物のはず。
「それは兵の皆も同じだ。それに我ら王族には、死んでも控えがいる」
 アレクの呟きは、どこか空虚な意思が感じられるもの。
「……お前の控えは誰だ。環か、それともソフィアか」
「どちらもだよ。それに、近くのメガリには兄弟もいる」
 故にアレクを含むカセドリコスの王族は普段から緻密な連絡を持ち、互いに何かがあったときのバックアップとして動けるように情報交換を行っているのだ。
 事実、そのバックアップが有効に機能した例は、カセドリコスの歴史の中で枚挙にいとまがない。
「貴公にも死ねば悲しむ者はいるだろう。王族でも兵でも、その重みは変わらんよ」
 呟くアレクに、ヴァルからの答えはない。
 悲しむ者がいるのか、いないのか。
 それすらも、ヴァルキュリアのわずかな記憶の中には存在していなかったからだ。


 メガリ・エクリシアのハンガーは、ここ最近では見ないほどの喧噪に包まれている。
 回収された魔物の分析、運び込まれた大量の積み荷の運搬、新たな部隊のためのスペース確保。そんな中で……ククロは、新たな快哉を上げていた。
「滅びの原野で使えるスピーカー? ……面白い事を考えると思うけど、この構造じゃダメだよー」
「ああ、だからさっきすぐ壊れたのか」
 エレの機体に外付けされた新型の拡声装置は、滅びの原野の空気の中でも使える物を作らせたはず……だったのだが。
 いざ使おうと起動させた瞬間、ノイズを撒き散らすだけの機械へと転じてしまったのだ。
 要するに、壊れたのである。
「パッキンで外気の進入を防ぐくらいじゃ、どうにもならないよ。交換部品も補充部品に混じってるみたいだけど……」
 恐らく、このまま交換しても辿る道は同じだろう。
 現地の事は現地に行ってみないと分からない。
 特殊な環境で使われる物は、実際にその環境でなければ作れないものだ。それが故に、ククロは前線から遠く離れた研究所ではなく、こんな最前線に身を置いているのである。
「何とかならねぇのか? ……何だったら、お礼にお姉さんがたっぷり気持ちいいコトしてやるぜ? 坊や」
 破損してしまったスピーカーを覗き込むククロに、エレは豊満なその身を押し付け、後ろからそっと腕を回してやるが……。
「そんな事より、エレのイロニアをもっと見せてよ! ソイニンヴァーラ技研のテスト機なんて、考えるだけでドキドキしてきちゃう……」
 新型機もいいが、その経緯を推し量る上ではテスト機の存在は欠かせない。そして前線で唯一見られないのが、開発途中で廃棄されてしまう数多くのテスト機達なのだ。
「ライラプスの修理もあるし、やっぱ前線に来て良かったぁ! 後はロケットパンチでも組み込めれば完璧なんだけど……」
 構造案はあるにはあったが、さすがにそれは資材の関係で無理そうだった。残念ながら、ライラプスの改良に関しては王都から持ち込まれた部品をそのまま使うしかないらしい。
「…………ああ。こりゃ真性だな」
 豊かな胸の感触にも何の反応も示さなかったククロは、アームコートの話題を出した瞬間にエレに驚くほどの反応を返してくる。
「エレ。ソフィア姫様が、ソフィア隊の顔合わせをするそうですよ」
「分かった。じゃあククロ、頼むな。アタシの機体はナニしてもいいから」
 そういうプレイもアリか……と割り切って、コトナに呼ばれたエレはその場を立ち上がるのだった。

続劇

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