-Back-

7.最初の決着

 薄紫の風の中。
 ぶつかり合うのは、鋼の音。
 剣と、刃と。
 爪と、盾と。

 その一合の結果も、先刻と同じ。
 互いの動きに疲れの色は見えないが、どちらも同じように打開の一手を見いだせずにいる。
 黒金の騎士が片手半を構えた。
 九尾の白狐も白鞘を構える。
 動きが停止したかに見えるその光景の中……周囲の景色は、薄紫に染まったまま。
 比喩ではない。
 実際にそうなのだ。
 滅びの原野。
 かつて起きた災いで薄紫の霧に汚染され、人の住み得ぬ地と化したその地を、いつしか誰もがそう呼ぶようになった。
 そこを闊歩出来るのは、かつては大陸の覇者として君臨した人類などではなく……この場に居合わせる、異形の存在たちだけである。

「…………行くよ、ハギア」
 黒金の騎士の中で漏れるのは、ソフィアの小さな決意の声だ。

 黒金の騎士は大盾を捨て、片手半を構えた。
 片手ではない。
 両手持ち。
 片手剣の軽快性と、両手剣の破壊力。
 その相反する特性の中間に位置するのが、騎士の携える片手半だ。
 もはや対応速度が求められる様子見の動きではない。
 全力の破壊力を叩き込む、必殺、の構え。

 それに応じるかのように、九尾の白虎も白鞘を噛み構えたまま、さらに姿勢を低くする。
 薄紫の風の中。ゆらりと浮かぶのは、幾つもの灯火だ。
 相手の意を感じ、武器を操り、騎士の武技にさえ応じる賢き狐がさらに得ているのは……超常の力。
 ぽう、ぽう、と灯火が灯るたび、金の瞳が鋭さを増す。

 互いに無言で得物を構え、術と気を高め合い、最後の一合をぶつけ合おうとしたその時。

 荒野の彼方に現われたのは、幾つもの巨大な影だった。



 丘の上から見下ろしたのは、ジュリアが初めて目にした光景である。
「あれが……魔物……」
 先日の戦いでは予備戦力としてメガリでの後方待機を任されていたため、実際に目にする事はなかった。
 人に似たもの、獣の姿に近いもの。その外観は様々だったが、彼女たちの知るいかなる生き物とも違う……どこか不自然で、作り物めいた感覚を覚えるものだ。
(あれが姉さんの言っていた……)
 神の使いか、悪魔の化身か。
 彼女が見た限りでは、それは間違いなく後者と思わせるものだったが……。この戦場で命を落とした彼女の姉は、ジュリアとは違う一面を目にしていたのだろうか。
「こちら、イクス輸送大隊戦闘指揮、アーデルベルト・シュミットバウアー中佐だ。貴君らの援護、感謝する!」
「メガリ・エクリシア師団 アレク中隊所属、リフィリア・アルツビーク中尉です。以降、中佐の指揮下に入ります!」
「こちらは大きな損害はないゆえ、このまま防御に徹する! 援護頼む!」
 通信回線に響くのは、小気味よい指揮だ。
 こちらの機体特性をいちいち確認するよりも、今この瞬間はこの地域での戦い方に慣れたリフィリア達の判断に任せるという判断なのだろう。それは正しい判断だし、リフィリアも内心はそれを期待していた。
「了解! アディシャヤは待機。イノセントはアディシャヤを守りつつ、弓で援護」
 そんな感慨を抱いて魔物を見下ろしていたジュリアとは別に、リフィリアはそれぞれの機体にも素早く指示を下していく。
「クオリアはナーガで先行しろ。相手を威嚇するだけで良い」
「任せといて!」
 既にククロは自身の機体の足をひっこめ、空いたスペースに車輪を展開させている。航続距離はそれほど長くないものの、最高速度は通常のアームコートよりもはるかに速い。
「総員、行動開始!」
 高らかにそんな宣言で締めくくったリフィリアだが……。
「……リフィリア」
 先ほど元気よく応じたばかりのククロは、展開させたばかりの車輪をひっこめ、途端にテンションを落としている。
 そして愛機に勇ましく弓を構えさせていたジュリアも、既にその構えを解いていた。
「うん。敵……撤退し始めてるね」
 恐らくはリフィリア達が姿を見せた事で、不利を悟ったのだろう。エレと戦っていた白い兎を筆頭に、九尾の白狐も他の魔物達も、既に撤退を始めているではないか。
「…………」
「リフィリア?」
 振り上げた拳の落とし所を探しているのか、格好良く見得を切った手前恥ずかしいのか。
 次に続けるべき言葉を失っているリフィリアの名を、ジュリアが一度呼んでみせれば……。
「ああ……うん。なら、皆で本隊に合流して、輸送隊の警護に移る。追撃は不要だろう」
 今のところアーデルベルトからも追撃の指示はない。もともと荷物を守るための戦いだったから、追い払いさえすれば当面の目的は達成された事になる。
「シャトワール? ぼーっとしてないで、行くよ」
 そして移動を始める一行の中で、ただ一人動き出さない機体があった。
「ああ…………うん」
 九尾の白狐はそこにいた。
 けれど……シャトワールの知るこの戦いで敵陣の撤退を促したのは、こちらの増援などではなく、大鷲の翼を持つ半人半鳥の魔物の乱入によるものだったはず。
 そいつは今、一体どこにいるのか。
 それとも……本当にいなくなってしまったのか。

 薄紫の荒野の彼方に見えるのは、黄金の煌めきと、その脇に従う黒い翼。
「…………ちっ」
 短くも激しい戦いの末……その場に残っていたのは黄金のドラゴンではなく、紅の獅子であった。
 ただ、こちらも無傷というわけはいかない。稼働時間は既に限界が近く、損傷を告げる警告も機体のあちこちからアーレスの身体に流れ込んでくる。
 痛覚情報を端からカットしていなければ、恐らくその場に立っている事は出来なかっただろう。
「命拾いしたな」
「仕留め損ねたんだっつの」
 戻ってきた漆黒のヴァルに苛立ち混じりの言葉を返したところで、機体が引きずっている巨大な何かに気が付いた。
「……そいつは?」
 どうやら飛行型の魔物の一体らしい。
 大鷲に似ているが、首に当たる場所から人間の女に似た上半身が生えている。今までの戦いでは見た事のない……同型の魔物はほぼ存在しないから、なおのことだ……魔物だから、どこか別の場所から来た新種なのだろうか。
「回収命令を受けている。手伝え」
「手伝ってもらう側の言い方じゃねえだろ。もっと頼み方があるだろうが? あぁ!?」
 高圧的なアーレスの物言いに、ヴァルは通信機の向こうでしばらく黙っていたが……。
「お願いします。どうか力をお貸し下さい。……これでいいか?」
 やがて通信機から流れてきたのは、女の紡ぐそんな懇願の言葉であった。
「…………テメェにはプライドってもんがねぇのかよ」
 他の者なら……例えばあの近衛騎士の娘なら、間違いなく噛みついてくるか、腹を立てて怒りの一つもぶつけてくるだろう。
「そんな物は必要ない。犬にでも食わせておけばいい」
 いくらプリーズを口にした所で、ヴァルの心の中には何の感慨も浮かばない。むしろ、そんな言葉ひとつで代価となるなら、いくら言ってやっても構わないほどだ。
「……俺達は犬のエサ以下か」
 アーレスの反骨心も、ひとえに故郷に向ける想いの反動と言えるもの。故郷に対する矜持が強いからこそ、それはかつての侵略者であるキングアーツ王家への反感となり、ひいてはクリムゾン・クロウのアーレスとしての彼を形作っているとも言える。
「くそっ……。テメェら、この戦利品を持ち帰ってさしあげろ! 副官様の腰巾着殿のお願いだ!」
 怒るどころかあっさりとアーレスの要求を受け入れたヴァルに不快な思いを感じながらも、アーレス達はメガリへの撤収を始めるのだった。

 戦闘を終え、荒野を進むアームコートの数は先刻までの数倍にも膨れあがっていた。
 増えたのは応援に来たアームコート達のせいだけではない。ニーバッシャーのコンテナから出撃したアームコート達も、次の襲撃を警戒してそのまま行軍に加わっていたからだ。
「教官! その赤いガーディアン、コトナ教官ですか!?」
 そんな行軍の中で、赤銅色のアームコートに声を掛けたのは、応援部隊で加わった弓使いの機体だった。
「シャトー・ラトゥール……ジュリアですか。内地から前線に転属になったとは聞いていましたが」
 士官学校とも繋がりの深い教導隊にいれば、新兵達の転属の話はそれなりの頻度で伝わってくる。彼女の話題も小耳に挟んだ程度だったが、まさか本当の最前線だとは思わなかった。
「はい。亡くなったカレン姉さんの後任で……」
「……そうですか。あなた達もここにいると言う事は、ソフィア姫様の麾下に?」
 よく見れば、ソフィアの機体の向こう……ハギア・ソピアーの傍らには、見覚えのある蛇の尾を持った機体もある。どうやらジュリアと同期の少年も、同じ前線基地の所属のようだった。
「ククロは修理部隊を率いてるから、違いますけど……。私はアレク様預かりから、姫様の隊に転属になるそうです」
「なるほど。そういえばククロは技術士官志望でしたね」
 騎士の家に生まれたジュリアと同じように、技術者の家系に生まれ、士官学校でも突出した才を持っていた少年である。その才を買われて王都の開発局にでも入るのだろうと思っていたが、後に最前線に志願したと聞いて、変わり者がいるものだと驚いたものだ。
 そして見覚えのある機体が、もう一機。
「久しぶりね、日明」
 やはり増援部隊として現われた、紅の歩兵型である。
「お久しぶりです、アルツビーク……今は中尉でしたか」
「教官、リフィリアともお知り合いなんですか?」
 通信機に割り込んできたジュリアの声は、驚きに満ちていた。どちらも歴戦の軍人ではあるが、片や最前線の中尉、片や教導隊の曹長である。そんな二人の間に共通点が見いだせなかったのだろう。
「訓練部隊にいた頃の同期ですよ。……それより、同じ隊になるのですから教官や敬語はやめてください。それに貴女ももう士官候補生ではなく、曹長の私より階級は上なのですよ? イノセント少尉」 「は、はあ……じゃあ……コトナ……さん?」
 言いづらいなと思いながらも、それも慣れていくしかないのだろう。
 通信回線を切り、ジュリアは小さくため息を吐いてみせるのだった。

続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai