-Back-

2.矜持と、矜持と

 空を覆うのは、灰色の煤煙。
 そこを通して差し込む光は特有の薄暗い光となって、辺り一面に降り注ぐ。それは格納庫の隅に置かれた、片腕を失った灰色のアームコートにとっても同じ事だった。
「やはり応急処置も難しいか? ククロ」
 青年の足元に置かれているのは、斬り飛ばされたアームコートの片腕だ。無論それは、目の前に立つ灰色の騎士の腕だったもの。
「ライラプスは関節機構の作りが一般のアームコートとは違うからねぇ。……シャトワールはどう見る?」
 ククロと呼ばれた少年が問うたのは、断裂した関節部の前にしゃがみ込んでいた禿頭の人物だ。
 だが、そんなシャトワールからの返事がない。
「………シャトワール?」
「……ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしていたよ」
 ククロの方に顔を向けたシャトワールは、ノイズ混じりの人工の声でそう答えてみせた。その表情は少年のようでもあり、少女のようでもあり……一切の体毛のない外見と凹凸のない体型と合わせ、一種独特な雰囲気を漂わせている。
「付けるだけなら出来ますが、動作効率は三割も行けばいいと思います。アレク様」
「……厳しいな」
 三割減ではく、正真正銘の三割だ。僅かな性能差が生死を分ける戦場において、そんな状況で戦いに臨むなど、自殺行為そのものだ。
「ちょっと。何とかならないの? 修理部隊でしょ?」
 そんな技術者達に掛けられたのは、アレクの脇に控えていた小柄な娘である。シャトワールのまとう兵士用のものではなく、アレクやククロ達と同じ士官用の軍服をまとっている辺り、若い彼女もククロと同じ士官の一人なのだろう。
「修理部隊だから言ってるんだよ、ジュリア。……直せるものならとっくに直してるよ」
「あれ、まだ見てるんすか? 王子サマ」
 理の通ったククロの言葉にそれもそうかとため息を吐いたジュリアがもう一度ため息を吐く羽目に陥ったのは、背後から掛けられた声のせいだ。
「……また来た。何なのよアンタ!」
 赤いボサボサの髪に、擦り切れたコートをまとった少年である。何やら口の中でくちゃくちゃと噛んでいるようなその様子は、視線と合わせてジュリアの気持ちをさらに逆撫でするものだった。
「魔物ごときに腕吹っ飛ばされるヤツを笑って何が悪ィ。そんなに九本尻尾が強かったのか?」
「悪いに決まってるでしょ! 不敬罪で営倉に入れられたい!?」
「うっせぇ。営倉入りが怖くてクリムゾン・クロウのアーレス様がやってられるかよ!」
 そもそも営倉などとうに慣れきっている。反省を促すための営倉の常連でこれだから、既に反省とは無縁の存在だと言って良い。
「そっちこそヒラ隊員の癖に偉そうに! こっちは隊長様だぞ!」
「なんですって!? 同い年のクセに! それに階級は同じでしょ!」
 メガリ・エクリシアに来た当初は年上かと思っていたアーレスだったが、よくよく聞けばこのメガリ・エクリシアでも最年少クラスのジュリアと同い年なのだという。さらに言えば襟元にある特務少尉の階級章は、少尉であるジュリアとほぼ同格を示すもの。
 相手がいくら小隊長であろうとも、もはや遠慮する理由になりはしない。
「クロロ……」
 大声で言い合いを始めた二人に小さくため息を吐き、シャトワールは彼直属の上官に仲裁を求めようとするが……。
「三割か……。ここを改善すれば、もう一割くらいは……いやいや」
 既にその上官はライラプスの腕の前に腰を下ろし、何やらブツブツと呟いている最中だ。根っからの技術屋である彼がこうなってしまっては、もう役には立たない。
「アーレスは蘭州生まれだからな。色々思う所があるんだそうだ」
 そして思わず視線を向けた、キングアーツ第二王子も穏やかに微笑むだけ。
 キングアーツ第二の都市である蘭衆は、遙か昔から拡大政策を取っていたキングアーツに併合された経緯を持つ。どこの国でも少なからずはあるものだが、その件に遺恨を感じている者達が蘭衆にはことさら多い傾向にある。
 さらに言えばジュリアは王都出身で、しかも代々王家に仕える騎士を輩出してきた家柄だ。
 だからこそ、アーレスのような王族への反骨精神むき出しの者は受け入れがたいのだろう。
「集団への帰属意識というものですか?」
 そんな自らの出自に関する想いこそが、シャトワールからは失われて久しい、強く激しい感情の起伏をもたらすのだろうか。
(そういえば、あの子も代々続く古い家柄でしたね……)
 シャトワールの頭をよぎるのは、ある少女の姿。
 絶望に満ちた茨の道を傷だらけになりながら進み、歩き抜いて……その半ばで倒れた、少女の姿だ。
 強く鮮烈なその輝きは、目の前の少年少女と源を同じくするものなのだろうか……。
「そこ! 何をしているっ!」
 だが、そんなシャトワールの思考に割り込んだのは、鋭い少女の声だった。


 蘭州生まれの跳ね返りと、王都生まれの少女騎士の間に立ったのは、士官用の軍服をきちんと着こなした少女である。
「……なるほど。話は分かった」
「コイツが悪い! いちいちつっかかって来やがって!」
「アーレスが悪い! どう見ても不敬罪でしょ!」
「両方だ!」
 ぴしゃりと言い放つその声に、少年と少女は思わずそれ以上の言葉を止めてしまう。
 不敬罪が悪いのは当たり前だ。
 けれどそれにいちいち噛みつき返していては、いくら時間があっても足りないだろう。不敬を働かれたアレク自身が受け流しているなら、なおさらだ。
「……と、何処へ行く!」
 だが、士官の娘の判決が不服だったのか、コートの少年はばさりと裾を翻し、外へと向かって去って行く。
「偵察の支度だよ。午後の分は引き受けてやる。……営倉で昼寝するよりは役に立ってやるぜ」
 広いハンガーには、ちょうど午前の偵察に出ていたアームコートが戻ってきた所だった。
「ついでに九本尻尾を見つけたら、その片腕を隠せる尻尾と毛皮、刈り取って来てやるよ。王子サマ!」
「……まったく」
 アレクが何も言わないのを承諾と取ったのだろう。悠々と去って行く背中を眺め、士官の少女はため息を一つ。
「リフィリア。私は……?」
「イノセントもいちいち相手にするな。イノセント家の子女ならばもっと堂々としていろ」
「……ごめんなさい」
 ジュリアもそうだが、リフィリアと呼ばれた士官の娘も多くの軍人を輩出してきた古い家柄だ。そのうえジュリアよりも年上で、アレク直属部隊の補佐役……即ち、同じアレク隊に所属する彼女の上官……となれば、反論出来る余地はもうどこにも残っていない。
「どういたしましょう、殿下」
 そんなアーレスの処遇は、事実上の無罪放免とはいえ一応決まった。残る判決は、少しだけ方法を間違えたジュリアについてだが……。
「そうだな。……保留かな」
「ほ、保留………!?」
 だが、さらりと下したアレクの判断に、ジュリアは思わずそんな声を上げていた。
 保留。
 要するに、後の事は追って沙汰する……という事だ。自分がどういう扱いにされるか分からない分、ある意味では最もタチの悪い選択肢とも言える。
「後で環と相談して決める。……偵察も帰ってきたしな」
 アレクが視線を向けた先では、格納庫に戻ってきたばかりの漆黒のアームコートから、白い髪の女性が降りてくる所だった。一瞬アレクの視線に気付いたかのようにこちらにちらりと目を向けるが、さして興味も無かったのか、そのまま奥の部屋へと歩き去って行く。
「ジョーレッセ様は本国との通信会議中ですから、ヴァルキュリアからの報告はこちらでまとめておきます」
「頼む。午後一番で聞かせてもらう」
 場を納めたリフィリアはアレクに向かって一礼すると、去って行った白い髪の女性を追って早足でその場を後にする。

続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai