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−ARASHI−
(その7)



Act.10

「なぁ……ユイカ……」
 堅いベッドに大きな体を無理矢理委ね、青年は傍らの少女へと声をかけた。
「ここ、やっぱ……狭いんだけど」
 相変わらず4人で一つのベッドに入っているものだから、狭いったらない。が、今
日は色々あったし寝てんだろうなぁ……などと青年が思っていると、小さな返事が返
ってきた。
「ぱぱ?」
「あ……悪ぃ……起こしちまったか」
 狭いベッドの中、小さな体を一杯まで青年の方へと寄せ、少女は更に小さな声で言
葉を続ける。
「ううん。ずっと、起きてた」
「寝られないのか?」
 青年の腕にしがみつくように回された、細い、小さな腕に、きゅっと力が込められ
てきた。不安さを紛らわすために無意識にやっているのだろう。
 その少女にゆっくりと腕を回し、青年は少女を優しく抱いてやる。少女は隣の娘の
腕もしっかり掴んで離す気配が無かったから、ついでにまとめて腕を回した。
「やっぱり、ままが言ってたとおりの人だね。ぱぱって」
「……あいつ、何て言ってた?」
 どうせロクな事を吹き込んでないんだろうな……。苦笑しつつ、それでも腕の中の
少女へ問い掛けてみる。
「……忘れちゃった」
 窓から差し込む月明かりで、部屋の中は仄かに明るい。顔を少し横に傾けると、こ
ちらに顔を向けていた少女が小さく困った顔をしているのが見えた。
「でもね、ルーシィ、ままからいっぱいいっぱい、ぱぱの話聞かせてもらったよ。だ
からルーシィ、初めて見たときぱぱの事がすぐわかったの」
「……そっか。それじゃ、お休み。ルシィオ」
「うん。おやすみ……ぱぱ」


「で、これからどうすんだ?」
 朝っぱらから頬にユイカの掌の跡を付けられたスタックは、何事もなくテーブルを
囲んでいる他の三人に声を掛けた。
「どうするって……あたしたち三人なら、どうにでも…ね」
 ユイカと朱鳥は目的のある旅をしていたわけではないのだ。ルシィオをファニアに
届けるという目的が消えてしまったからといって、別に困りもしない。
「ん? 三人って誰だよ」
「あたしでしょ、朱鳥でしょ、ルシィオ。ほら、これで三人」
 ユイカは軽めのパスタを食べていた手を置き、わざわざ指差しまでして人数確認を
してみせる。
「俺は? なあ、俺は?」
「クワイプもいなくなったし、シオンもどっか行っちゃったし、あなたも伯父様の所
に帰るんじゃないの?」
 焦って言い返すスタックに、さらりと返すユイカ。
「全く、結局シオンがクワイプを倒したんでしょ? あたしのケガを治してくれたの
もシオンだし……」
「……そりゃ、そうだけどよ」
 そう。クワイプを倒したのはシオンという事になっているのだ。自らのどす黒い面
をこの娘達に見せるのは嫌だったし、その事を話すと青年も快諾してくれた。
 ある、ささやかな条件と交換に。
「ぱぱ、どっかいっちゃうの?」
 と、魚料理と格闘していたルシィオが、スタックの方を見て淋しそうな表情を浮か
べた。
「ぱぱも私達もどこにも行かないから、安心しなさいな」
「ほんと? しゅちょーまま」
 朱鳥に優しく諭され、再び魚料理に取っ組み始めるルシィオ。こうやってみると、
年齢よりは随分と幼いものの、本当にただの女の子だ。
 今は少女の心の中で微睡んでいるだろう『彼女』も、ユイカ達にその存在を明かす
のはもう少し先になるに違いない。
「今度は同行が決定かよ……」
 はぅ、とため息を吐くスタック。既に何をするにしても本人の承諾などあったもん
じゃない事を悟ったのだ。
「じゃ、行かないの?」
「いや、行くけど」
 十九でこれだけ扶養家族がいるってのも何だかな……。
 スタックはそう思ったが、最後まで口に出さなかった。
(ま、これはこれで悪くないよな……)
 当然ながら、その想いも口に出すことはない。
 そう思うだけで、これから始まるであろう苦難の日々も楽しく過ごせそうな……そ
んな気がした。
続劇
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