-Back-


−ARASHI−
(その5)



Act.8

「ねぇ、ぱぱぁ。ままは?」
 昼間っから不健康にもベッドの上でゴロゴロしているスタックに景気良くフライン
グボディプレスをぶちかますと、ルシィオは無邪気にそう尋ねた。
「んー? ユイカはちょっと用事があってな。ルシィオは俺と留守番してるって、約
束しただろ?」
 ユイカと朱鳥は例の神殿に出掛けている。スタックはこうやってルシィオの相手を
しながら、宿でゴロゴロしていた。
 夜にまともに寝られない分、昼間くらいは体を伸ばしてゆっくりしたいのだ。
「じゃあ、ままはいないの? しゅちょーままも?」
 よっこいしょ……といった感じで180を越える大男のスタックから下りると、ル
シィオはベッドの淵にちょこんと腰を下ろす。
「ああ。そういう事になるな。もう遊ばないのか?」
 軽量のルシィオが落ちてきても、そう大したダメージにはならない。流石に全く痛
くないと言うわけでもなかったが、ユイカにぶん殴られる方が痛いから気にはならな
かった。
「そうですか……。それでは、私の話を聞いて頂けますか? スタック様……」
 ふと響いた、静かな声。
 それは、知性と気品と、僅かな儚さを帯びた、優しい声。
「ん……?」
 それが目の前の女の子……ルシィオ・フィファニアの放った声であると気付くまで
に、スタックにはもう少しの時間が必要だった。


「何でですか? ルシィオは生きてるんですよ!」
 老婆の話を聞くなり、ユイカは思わず大声を上げていた。
「ですから、我が神殿の偉大な大神官、ルシィオ・フィファニアは二年前の不幸な落
盤事故で神の御下へ召されたのです。何度も言わせないで下さい」
 神殿長である老婆の声は、凛とした良く通る声だ。神に仕える者としての、意志の
強さも感じさせる。少なくとも、呆けたりしていない事だけは確かだ。
「どうしました?」
 と、そこに掛けられた、少女の声。
「あ、大神官さま……」
 老婆の言葉に、ユイカは小さく息を飲んだ。
「ルシィオ様のお知り合いの方ですか? 落盤事故で亡くなられた……」
 大神官と呼ばれた娘の言葉には、先任の大神官に対する畏敬の念が感じられた。そ
れ以外には一点の曇りもない。先代は事故で亡くなっていると純粋に信じているのだ
ろう。
「ルシィオは……!」
「ユイカ……」
 ユイカの腕を引き、朱鳥が小さな声をかける。
「行こ……。ここじゃ、あの子はもういないんだよ……」
 黙ったまま、ゆっくりと立ち上がる、ユイカ。
「お帰りになられるのでしたら、お墓にお参りに行ってあげてください…。きっと先
代もお喜びになるでしょうから…」
 大神官である少女の真摯な言葉に、ユイカは最後まで一言も答えなかった。


「ええ。今は後任の大神官が就いているでしょうね。行方不明の者を二年も待てるほ
ど、神殿は暇ではありませんから」
 穏やかな笑みを浮かべ、ルシィオは傍らに座っているスタックにそう答えた。
「そうか……。けどよ、何であんなフリを?」
 神殿の事は大体の予想が付いていたから、特に驚きはない。それよりも、そちらの
方が気になった。何も知らないスタックはともかく、本来の彼女を知っているユイカ
や朱鳥を相手に記憶喪失の少女のフリをする必要はどこにもないはずだ。
「フリ……というわけではないのです。あの方は、今の私にとってどうしても必要な
方なのです……」
「もう一人の人格ってヤツ……か?」
 首肯くルシィオに、スタックは小さくため息を吐いた。あまり学のない彼にも、そ
の位の知識はある。
「そうか……」
 空白の二年間に何があったのかは知らない。だが、自らの人格を守る為の別の自分
を創らねばならないほどに……。
「まあ、無理すんなや。無理してるのは、ユイカのバカだけで十分だから……さ」
 全く、自分の周りの女の子ってのはどうしてこうも大変な目にばっか遭ってんだろ
うな……。表に出ているのが辛いのだろう、身をもたせ掛けてきたルシィオの肩をそ
っと抱いてやりつつ、スタックは思う。
 と。
「……スタック様?」
 突然に青年に強く抱き竦められ、ルシィオが小さな声を上げたのと。
 一軒の安宿が膨大なヴァートの奔流に吹き飛ばされたのは。
 全くの、同時だった。
続劇
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai