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導風
−Michibiki・no・KAZE−
(その2)



「なるほどな。で、ここでその者達を待っているというのか」
 少女の隣に腰を下ろし、翼の青年はぽつりと呟く。
「ええ。あの二人ならそのうち見付けてくれるでしょうしね。でも……あなた、ホ
ントにさっきの怪我、何ともないの?」
 一方の少女は心配そうな表情を浮かべているままだ。まあ、拳で胴体を貫かれて
無事でいるなど、普通ではあり得ない。
「『ここ』ではあのような力の使い方など、無意味な物に過ぎん。どうせ俺を貫い
たときに手応えもなかっただろう?」
 青年の体には、少女に貫かれた拳の痕跡は……着ている服の繊維の乱れすら……
残っていなかった。確かに少女の方にも、青年の体を貫いた手応えなどありはしな
かったが……。
「……まあ、いいわ。で、ここは結局どこなの?」
 いつまでも解決しない話題を話していてもしょうがないから、少女はその事を考
えないことにした。それに、どちらかといえばここがどこなのかを知る事の方が重
要度は高い。
「どこ……と言われても困るが……」
 相変わらず辺りは穏やかな風が吹いているだけだ。青年はこの場所がどこかとい
う事は当然知っていたが、何も気付いていないこの少女にその事を言うのはあまり
に酷だと思う。
「まあ、草原……と言う所か」
 だから、適当に誤魔化すことにした。いずればれてしまうにせよ、いきなりハー
ドな真実を突きつけるよりは、少しずつ現状を理解させていった方が少女にとって
良い事だと思ったからだ。
 それに、青年にはこんな少女が『ここ』に現れる事など聞かされていなかった。
聞かされていない以上、『還れる』可能性はかなり高い。還れる以上、知らずに済
んだ方が良い事だってあるのだ。
「草原……ねぇ」
 手元の草の感触を感じつつ、少女は小さく呟く。明らかに不満そうな声だ。当然
と言えば当然なのだが、青年の言葉に納得していない。
「それじゃ、もう一つ良いかしら?」
 しかし、どうせこの青年にそれ以上聞いても、満足のいく答えは返ってこないだ
ろう。考えを変え、再び口を開く少女。
「何だ?」
「あたしの連れ……朱鳥とスタックって言うんだけど、二人が今どうしてるか分か
んないかな? 怪我とかしてないか心配だし。良かったら教えてくれると嬉しいん
だけど……」
 自分を見付けに来ない事は特に気にしていないが、二人の安否は流石に気になる。
それに、二人が元気であれば必ず迎えに来てくれるだろうし、元気でないのならこ
ちらから出向けばいい。
(そういうのは、俺の仕事の管轄外なんだがな……)
 そうは思いつつも、青年は懐から小さな水晶球を取り出していた。


「ちっ……」
 もう何時間戦っただろうか。フラフラの足を引きずりつつ、青年は大剣を構えた。
(朱鳥は使いもんにならねえし……ちきしょうっ!)
 青年にも、肩を並べて戦ってくれる二人の仲間がいる。今は……護るべき二人の
仲間となってしまっているのだが。
 この野盗の組織立った奇襲に、一人がやられてしまったのだ。まだ息はあるが、
胸に突き立った矢には毒か何かが塗ってあったらしく放っておけば命すら危うい。
残った片方はその事態に取り乱して戦力にならず、その少女につきっきりだ。どち
らかといえば、青年よりも取り乱した彼女の方が乱戦向きの戦闘能力を持っている
のだが……。
 とにかく、二人が戦えない以上、彼が頑張るしかない。大切な仲間である彼女達
を護れるなら、青年が命を張る価値は十分にある。
「こいつらを何とかしないと……応急処置もままならねえか……」
 何よりも心配なのは、やられた方の娘の事だ。だが、解毒の術にしても治癒の術
にしても、青年の魔術の技量だと長い集中の時間が要求される。術を使うためには、
まずこのうるさい野盗どもを何とかしなければならない。
 応急処置だけでも何とかしてくれないかな……と、残った相方に期待しようとも
思ったが、今の精神状態では期待するだけ無駄だろう。
「ユイカぁ! 俺がこいつらを倒すまで、絶対死ぬんじゃねえぞ!」
 目の前の敵は、十人を切っている。大半は倒したわけだし、何とかならない数で
はない。
(俺はお前に言いたい事が山ほどあるんだ。そう、山ほどな……)
 その言葉を口にすることもなく。青年は再び崩れそうになった体を構えなおした。


「わぁ……。凄い凄い」
 水晶球の中に映った光景を覗き込み、少女は子供のようなはしゃぎ声を上げた。
 透き通った水晶製の真球の中に広がるのは、どこかの鬱蒼と茂った森の中の光景。
だが、その光景がだんだんとパンしていくに連れ、少女の表情も真剣な物へと変わ
っていく。
「スタック、戦ってるじゃない!」
 そう。そこに映っていたのは、10人もの野盗の一団と戦っている少女の仲間…
…スタックの姿。そして、その後ろにいるワンピースを着た娘は、朱鳥だ。野盗に
襲われた人でも助けているのか、朱鳥は一人の少女らしき人影を抱きしめたまま。
 少女のガードに回っている朱鳥は戦えないから、スタックは一人で戦っている。
一対大多数では得意の魔法を使う隙も貰えず、かなり苦戦しているようだ。
(ったくもう、あたしがいれば、そんな時間なんていくらでも稼いであげるのに…
…)
 ほんの数秒だけ時間を稼ぐ事が出来れば、この程度の敵はスタックの範囲攻撃の
魔法一発で一気に決着を付けられる。少女はあの場所に自分がいない事に、小さな
憤りを覚えた。
 と、そこに感じる、違和感。
「あれ?」
 朱鳥が抱きしめている、少女らしき影である。
 普段は嫌味なくらい落ち着いている朱鳥の狼狽ぶりを見ると、少女はかなりの怪
我をしているかどうからしい。
(朱鳥、治癒関係の魔術、使えないからな……)
 少女本人を含めた三人の中で治癒関係の魔術が使えるのは、スタック一人だけだ。
朱鳥の方は攻撃魔術しか使う事が出来ず、少女に至っては魔法の素質すらない。二
人とも治癒が使えないことに幾らかのコンプレックスは持っていたのだが……属性
や体質の都合でどうしても覚える事が出来ないのだ。
 しかし、感じた違和感はそんな事ではない。
(あの娘……)
 朱鳥の抱えている、少女。
 その銀髪の三つ編みに、見覚えはないだろうか?
 可愛さを強調させるかのような大きめのリボンに、見覚えはないだろうか?
 だらりと力無く垂れ下がっている左腕にはめられた、鋼鉄の枷は……。
 そして何より、その胸に突き立った一本の矢は?
「……! 見るな!」
 その様子に気付いたのか、翼の青年は慌てて水晶球の映像を消す。
 だが、少しだけ遅かった。
「あれ? あたし……何で……え?」
 現在の状況を理解できていないのだろう。
 その緋色の瞳に自らの姿を映し出したまま、少女は呆けたように呟いていた。


「落ち着いたか?」
 翼の青年の言葉に、少女はあきれたように答える。
「あんなの見せられて落ち付けって? 冗談でしょ……」
 『見せられて』と少女は言うが、見たいと言ったのは彼女なのだ。まあ、そんな
ツッコミをするほど青年はキツい性格ではなかったので、あえて黙っていたが。
「全部思い出したわよ。あたし、野盗連中の不意打ち食らって死んじゃったのよね
……」
 あれは、全くの不意打ちだった。様々な偶然と不運……どういう事情かは少女は
語らなかったが……が重なり、少女は普段なら負けようはずもない野盗にやられて
しまったのだ。
「って事は……ここはあの世で、あなたは死神かしら? とりあえず、今のあたし
は魂なんでしょ?」
 死んだと自覚している割には凄まじくタフな娘だと、青年は思う。普通の人間な
らば死んだと自覚した瞬間、激しい鬱状態に落ち込むか発狂するかというのに。
 十中八九はカラ元気だろうが、カラ元気でもここまで出来れば大した物だ。
「魂というのは当たっているが……ここはあの世じゃないし、俺は死神でもない」
 魂だけの存在だから、単純な物理的な力はここでは通用しない。だから、少女の
一撃は青年に通用しなかったのである。
「ここは……そうだな。この世とあの世の境目くらい……いわば、魂の分岐点……
とでも言うべき所だ」
 ここからあの世に行ったり、ヴァートになって世界と一体化したり、再び転生し
たりするのだ。行き先を決めるのは自分の意志だけではなく、ただの偶然や過去の
因縁、果ては呪いなどの他の外因的力であったりと様々なのだが。
「へぇ……。じゃ、あなたは何者なの? 死神じゃないなら、エリムやヴァルハラ
の使者……には見えないわね」
 生きている間に名を馳せた戦士は、エリムやヴァルハラと呼ばれる戦士達の宮殿
に呼ばれるのだという。母親から聞いたそんな伝説を、ふと思い出して口にしてみ
る少女。
「使者というのは外れていないが、そんな所からではないな」
 青年はエリムやヴァルハラからの使者とやらに会った事はないが、少女のような
駆け出しの冒険者にまで声を掛けられるほどそいつらも暇なわけではないだろう。
 ならば、そんな少女に声を掛けた自分は暇なのだろうか……などとふと思い、青
年は内心苦笑を浮かべる。
「俺は……」


「で、その何とか言う世界に必要な人材を集めるために、あたし達の世界にやって
来たわけ?」
 青年の話を聞き、少女は呟く。
 青年の仕事は、あちこちの世界から出てきた魂を自らの管理する世界へ送り、青
年達の世界に転生させる事なのだという。
 無論、どんな魂でも良いというわけではない。青年が接触する事が出来るのは、
何らかの基準で選ばれた、ある特定の『資格』を持った魂のみ。
 少女は「それってあの世に行くハズの魂を端からちょろまかしてるって言うんじ
ゃないの?」と思ったが、流石に口には出さなかった。
「お前の件はイレギュラーだが……どうやら『資格』を持っているようだからな。
望むならば、導かせて欲しい。正直な所、俺達の世界は人材が圧倒的に不足してい
るのだ」
 少女はう〜んと考えると、顔を上げる。
「そうね。面白そうだし、行ってみてもいいわ。どうせ死んでるんだし……」
 父親や兄弟ほどではないにせよ、彼女の決断も早かった。それが死んで自棄にな
っているだけなのか、自らの強い意志による物なのかは判断は付かないものの。
「そうか。ならば、何か一つ好きな願い事を言うがいい」
「は?」
 突然の申し出に、少女は首を傾げる。
「無理を言って我々の世界に来て貰うのだ。まあ、傭兵の契約料みたいな物と思っ
てくれればいい。何でも良いぞ、今までもかなり無茶な事を言った奴が沢山いたか
らな」
 生まれ変わっても大切な人と一緒に過ごしたい、生前と同じ仕事がしたい、中に
は『納得行くまで転生し、十分な経験を積むまで待って欲しい』などという奇特な
願いを持った奴までいた。
「何でも……いいの?」
「ああ。俺は好かんが、金とか名誉なんて物でもいいぞ」
 そういえば、そんな願いを持ったヤツは今までいなかったな……などと、青年は
ふと思う。この辺の考え方も『資格』の中に入っているのだろうか……とも考える
が、『資格』の基準はどうにもハッキリせず、その正体は見当も付かない。
「そんな物に興味はないけど……そうね……」
 少女は再び考えると、顔を上げて口を開いた。
「どんな願いでも……いいのよね?」
続劇
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