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−Prologue−
「……あれ?」  少女は辺りを見回し、小さく呟いた。  とは言え、辺りは見渡す限りの草原がこれでもかとばかりに広がっているだけだ。 遠くに黄色い花……少女の記憶が確かなら、女郎花か何かだろう……が咲いている のが見えるが、女郎花の花などどこにでも咲いているから、場所の特定など出来な い。 「あたし……どうしてこんな所にいるんだろ?」  確か、砂漠を抜け、森を縦断する結構大きな街道を歩いていたはずだ。森の中に 立っているのならば話は分からないでもなかったが、こんな草原にいる理由がどう にも思い浮かばない……気がする。  今一つ断定できないのは、少女には現在の状況の前後の記憶が欠けていたから。 完全に記憶喪失……というワケではないのだが、どうにもあやふやなのだ。 「朱鳥……スタックぅ……」  とりあえず、一緒に旅をしていた少女と青年の名前を呼んでみる。  だが、返事はない。  二人とも彼女を置いていくような薄情な人間……朱鳥は人間とはちょっと違う存 在だったが……では、決してないはずなのに。 「まあ、探してくれてるのかも知れないし、ちょっと待ってようかな……」  かつての少女ならばさして考える事もなく仲間を捜しに歩き出していただろう。 だが、今の少女は大胆な行動と身勝手な行動の違いを知っている。  だから、朱鳥もスタックも自分を捜してくれているだろう……と持ち前の勘で決 め、少女はその場に腰を下ろした。



導風
−Michibiki・no・KAZE−
(その1)



「けど、遅いなぁ……」
 その場に座り込んで髪に結んだリボンの裾をもてあそびつつ、少女は小さくため
息をつく。
 二人を待ち始めてから、かれこれ数時間が経過していた。スタックは人捜しの魔
術を知っているはずだったし、朱鳥は気流などの影響を受けずに飛行する能力があ
る。
 しかも、ここは乱気流の渦巻く千尋の谷の底ではなく、だだっぴろい草原のど真
ん中だ。コンタクトを取る事など造作もないはずなのに……。
 それが、ない。
 三人がバラバラになっているのだろうか……とも思うが、それならばなおさら自
分が動くわけにも行かないだろう。朱鳥はともかく、変に責任感の強いスタックの
方は自分達を捜しているという確信が、少女にはある。
「ま、いいか。あたしはあたしで出来る事をしなきゃね」
 少女はそのまま羽織っていたマントにくるまり、その場にごろりと横になった。
草原の草は食む動物も居ないのかいつものやや硬質な感触はなく羽毛のように柔ら
かい。柔らかい下草は、少女の華奢な体をふんわりと受け止めてくれる。
 もともと行動派の少女の事だ。風になびく女郎花の花の群を眺めるくらいでは、
大した暇つぶしにもならない。体力を温存しなければならない今の状況では鍛錬も
できないし、残された事と言えば寝る事くらいの物。少女は寝ている間も普段通り
気配を感じられる訓練を受けていたから、眠ってもさして問題があるわけではない。
「あーあ。スタック達、何してんだろ……」
 薄いマントの下の柔らかい草の感触に少しだけ安心しながら、少女はそのまま深
い眠りへと落ちていった。


「ちっ……!」
 青年は、小さく舌打ちを放った。そんな不機嫌な様子のまま自分の身長ほどもあ
る大剣を力任せに振り回し、襲ってきた三人の野盗を一気に凪ぎ払う。
 その一撃を、自ら後ろへ飛びさる事で最低限のダメージまで軽減する野盗達。そ
れどころか、後ろに控えていた他のメンバーが瞬時にはね飛ばされた一団と入れ替
わり、矢継ぎ早に襲いかかってきた。野盗達は青年が魔術を使える事を最初の攻撃
で知り、それ以降は魔術の準備時間を与えないようにしているのだ。
 見事とすら言える、連係攻撃。
 だが、こんな見事な戦いをする野盗など普通はいない。
 いるとすれば……
「傭兵崩れか……」
 そう。雇われて戦う事を捨て、自らの意志で戦う事を選んだ者達。
 それが悪い事とは言わない。青年自身も今は傭兵ではなく冒険者の真似事のよう
な事をしているし、その状況に意外と満足しているからだ。たとえ報酬はなくとも、
大切な何かのために剣を振るえるのは決して不愉快な事ではなかった。
 だが、目の前の連中は違う。何かの為に剣を振るうのではなく、ただ戦い、殺し、
奪うためだけに剣を振るっているのだから。戦いの絶えない今の時代ならば、こん
な追い剥ぎまがいの事をしなくても戦いの道は幾らでもあるというのに。
 例えば、傭兵など。
「くそぉっ……鬱陶しいっ!」
 単音節の呪文を唱える為に大剣に巻き付けたアミュレットを手にしようとすると、
入れ替わった野盗達が即座に青年に襲いかかってくる。熾烈なまでの連係攻撃は、
青年の得意とする範囲攻撃の魔法を完全に封じきっていた。
 ようするに、圧倒的な数に物を言わせた挙げ句に青年をじりじりといたぶってい
るのだ。有効的と言えば有効的な戦法なのだが、やられる方からしてみれば嫌らし
い事この上ない。
(こんだけの技量があって、何で追い剥ぎやってるかね、こいつらは……くそっ!)
 一瞬遅れた敵をようやく一人切り捨てつつ、青年は思う。少なくとも、砂漠で一
緒に仕事をしていた傭兵団よりは強い気がする。この技量を見せれば、かなりの報
酬が貰える仕事を得ることもたやすいだろうに……。
「ま、ンなこたいいか。とりあえず……俺の敵になった以上は容赦しねえ!」
 頼みの魔術が使えない以上、剣で何とかするしかない。青年はジリ貧の戦いを続
けるため、再び剣を振り上げた。
 こんな時『彼女』がいてくれれば、魔術を準備するための数秒など幾らでも稼い
でくれるのに……などと思いながら。


 ふと感じた、気配。
「?」
 その気配に少女は一瞬で目を覚ますと、無意識の内に相手の気配を感じるべく精
神を集中させた。
「スタックや朱鳥の気配じゃないな……」
 相手の気配の情報が入ってくる内に、眠っていた意識がおいおい覚醒してくる。
覚醒した意識は相手の気配の情報を瞬時に読みとり、その気配の持ち主が少女が求
めていた人物達でない事を伝えてきた。
「まだ、遠い……」
 辺りの音は、風に揺れる草や女郎花のものしかない。特に生き物の雑多な気配が
ないから、少女には普段よりも遠くの気配でも手に取るように感じられた。まだ百
mは離れているだろうか。そんな距離では少女の拳は当然届かないし、少々の弓や
射撃武器でも有効な射程ではない。
 気配はゆっくりと近付いて来る。少女は起きている事を相手に気取られないよう
に呼吸を落ち着けつつ、くるまっていたマントの端をきゅっと握った。
「来た……」
 ばさりという、巨大な翼が風を打つ音が響き、気配が少女のすぐ近くに舞い降り
てくる。どうやら、相手は空を飛んでいたらしい。
「何だ、これは……? こんな物があるなど、聞いていないが……」
 若い男の声だが、スタックの声ではない。その声の主が、こちらに手を伸ばして
くる……。
(今だっ!)
 絶妙の間合とタイミング。
 少女は弾かれたようにくるまっていたマントを跳ね上げ、拳を声の主へと叩き込
んだ。無論、ただの威嚇だから当てるつもりなどない。寸止めに決まっている。
 だが。
「危ないな……。ったく、ここの連中は皆この調子か」
 不機嫌そうに呟く、声。
「嘘……」
 その声の主を見て、少女は呆然と呟いた。
 別に、声の主である青年が巨大な純白の翼を持っていたから驚いたわけではない。
翼を持っている種族はかなりいるし、身近な所では朱鳥ですら持っている。彼女に
とってはそう珍しいものではない。
 絶妙の間合とタイミングで放たれたはずの一撃が何故か当たっていたのも、特に
驚くべき事ではなかった。寸止めしたはずだったが、まあ……それも別にいいだろ
う。
 少女が何よりも驚いたのは、少女の拳が青年の体を完全に『貫いていた』からで
あった。
続劇
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