-Back-

魔風
-Ma No KAZE-
(その2)



 「ねぇ……。昨日の晩に魔物がキャンプを襲ってきたって本当?」
 朝食代わりの携行食を口に運びながら、ユイカは隣のスタックに声を掛けた。
 「ああ。何人かがやられたらしい。魔物の出現は昼だけって聞いてたんだがな…
…。今夜から夜警を増やすってさ」
 スタックは既に食事は終わったらしく、大剣に巻き付けたアミュレットの鎖の具
合を確かめている。前に一度切れた事があるので、気になっているのだろう。
 「あら? あの方は……」
 と、こちらも携行食を食べていた朱鳥が、口を開いた。
 彼女の視線の向こうにいたのは、一人の傭兵。昨日たった一人で砂蟲と戦ってい
た、あの傭兵だ。
 「あ、あんた。もう怪我は大丈夫なのか?」
 「ああ、大丈夫だ。世話を掛けた」
 ごくごく簡潔に礼を述べる男。
 昨日は戦いの最中だったから良く分からなかったが、かなりの長身だ。2m近く
あるスタックよりも、さらに大きい。
 「別にあれくらいどうって事ないケドよ……。それよりもあんた、名は? 俺は
スタックでいいけど…」
 「……ヴァイス。ヴァイス・ルイナーだ」
 傭兵はあまり他人と関わりを持ちたがらない者も結構いる。ヴァイスも多分その
類の人間なのだろう。短くそれだけを答えると、彼はそのままどこかへ行ってしま
った。


 「スタック、何だかおかしくない?」
 相変わらずのガーゴイルの群れを片っ端からド突きながら、ユイカはスタックに
向かって叫び声を上げる。ガーゴイルの数があまりに多すぎて、叫び声を上げない
と声が届かないのだ。
 「何がだ?」
 ユイカに釘を刺されているので、今日は範囲攻撃の魔法は使えない。地道な斬撃
と単発の魔法で砂製のゴーレムを一体ずつ潰していきつつ、スタックはユイカに向
かって怒鳴り返す。
 「あのガーゴイル。ほら、角が片一方なくなってるヤツ。あれ、昨日もいたのよ
ね……」
 のんびりと会話しているようにも見えるが、この会話の間にもユイカは手当たり
次第にガーゴイルを薙ぎ払っている。ペース的には昨日よりもずいぶんと早いが、
全体の数は一向に減る気配がない。
 「砂だから復活する……ってか? 冗談キツいぜ!」
 半ば悲鳴を上げつつ、スタックは足元に自らの大剣を突き刺した。
 「あ、また砂埃巻き上げようってないでしょうね!」
 「ったく……砂埃が出なきゃいいんだろ? 石呪……地来震撃ぃっ!」
 スタックの呪文の発動と共に、大地が激しく揺さ振られる。
 どぉんっ!
 ガーゴイルやゴーレムの足元から吹き上がった衝撃波が敵を片っ端から打ち砕
き、もとの砂塵へと変えていく。
 「今度は砂埃が出なかっただろ?」
 だが、今度もスタックはユイカにぶん殴られる羽目になった。
 「ンな便利な技があるんだったら、さっさと使いなさいよっ!」
 と。


 「北の部隊がやられたって……ホントか?」
 スタックは、隣で仮眠を取ろうとしている男に声を掛けた。
 瞳を閉じたまま、シミター使いのその男はスタックの質問に応じる。ただの仮眠
だから、頭に巻いているターバンも革製の鎧も身に付けたままだ。
 「ああ、半分くらいは全滅したらしいそうだ。俺達の隊は運が良かったがな」
 「半分って……相手は砂竜か? それとも砂蟲?」
 北に向かっていた隊は近くに集落がある事もあって、スタックたち南に出ていた
個人単位の隊とは違う組織だった部隊が投入されていた。それの半数を殲滅出来る
相手など、たかが知れている。
 「いや、部隊の手薄な所から潰されていったらしいから、魔物じゃないと思う…
…」
 「だとしたら、相手は……」
 襲ってきた嫌な予感に眉を潜めるスタック。
 と、そんな事を話していると、新しい人影が仮眠用テントの中に入ってきた。
 デカい。2mは優に越えているだろう。背負っている大剣も、スタックの物より
もずいぶん大きい。
 「あいつ……ヴァイス、だっけ?」
 そこらの傭兵団が束になってもかなわない砂蟲を、たった一人で打ち倒していた
男。スタックの知る限りでは、今回集められた傭兵の中では最も強いだろう。
 「知ってるのか?」
 シミター使いの男は閉じていた瞳を開いて相手を確認すると、幾分かトーンを落
とした声で呟く。
 「ああ。ちょっと……な。別に仲いいってワケでもねえが。知ってるのか?」
 テントの隅に座込んで仮眠を始めたヴァイスを横目で見遣り、スタックは返す。
 「昨日の夜襲で穴の開いた北部隊へ今日から入ったんだけど、どうにも今日の足
取りが掴めないらしい……。あんまり関わらない方がいいかもしれん」
 「そうか……」
 その雰囲気を察したのだろう。隣のシミター使いの男は懐から砂時計を取り出
し、枕元に置いた。三十分程の時間の計れる小さな砂時計は、傭兵の間では割とポ
ピュラーに使われている小道具だ。
 「この砂時計の砂が三回落ちたら起こしてくれるか? 俺、ちょっと寝るわ…」
 「ん。了解」
 そして、その話題はそれっきりになった。


 「で……。何であたし達まで北に回されるかね……」
 砂で作られたケルベロスを蹴散らしつつ、ユイカは叫ぶ。
 今日の相手はガーゴイルではない。どうやら砂のガーゴイルは南の方だけにいる
らしかった。
 「上の都合だろ。一応、オレ達って成績優秀だからよおっ!」
 組織的な部隊を投入するだけあって、北の魔物の群れは南の群れよりも強い敵が
多いらしい。ここは砂ケルベロスの群れだが、他の傭兵の話では砂スフィンクスだ
とか砂マンティコアなんかの群れもいると聞く。
 「けど、どうにも……キリがないな。遺跡の探索班は何やってんだか……」
 そうなのだ。
 今回の魔物の襲来は初めから謎が多すぎた。倒しても倒しても出てくるこの異様
な数、統一感のない魔物のバリエーション、そして何より…『昼のみ』現われる
事。
 どう考えても、人為的な何かが絡んでいる。古代の遺跡か、誰かの行なった魔法
儀式の暴走か……。とにかくスポンサー側も討伐初日から専門の探索班を組み、遺
跡探しに向かわせていた。
 「2、3日じゃ見つかんないわよ。多分……ね!」
 炎ではなく、砂の奔流を放とうとしていた砂ケルベロスを2、3匹まとめて砂に
還しつつ、ユイカはスタックに向けて叫んだ。


 「う……き、貴様……」
 鮮血に濡れた革鎧をまとい、男は力の入らない声を出した。
 辺りに倒れているのは、自らの仲間や部下…だったもの。物凄い膂力で胴体を真
っ二つに断ち切られているから、既に生きてはいないだろう。
 切り裂かれた男の胸から、真っ赤な血が流れ落ちる。足元に血溜りが出来ないの
は、足元が乾き切った砂であるからにしか過ぎない。
 乾いた砂と激しい日の光は、貪欲に人体からこぼれ落ちた液体を吸い込んでい
く。
 「裏切……ったな!」
 立っているのもやっとの体を気力だけで支え、男は叫ぶ。
 「裏切る?」
 だが、目の前にいる影の反応は、少しだけ違っていた。
 「そうか。裏切る……か」
 男の叫びを反芻するように小さく呟き、おかしそうな声を上げたのだ。
 「何がおかしい!」
 がくりと膝を突きながら、男はさらに叫ぶ。しかし、その手に構えられたシミタ
ーはまだ力を失ってはいない。
 「おかしいに決まっているだろう……」
 影の放った巨大な刃が、あっさりと男を真っ二つにした。シミターや革鎧の護り
など、まるで無いかのように易々と。
 「貴様等は、ただの餌なのだからな……」
 男の体から流れ出た血に紛れて、影の呟きも乾いた砂の中へと吸い込まれていっ
た。


 「ユイカ。この仕事……降りねえか?」
 スタックがそんな事を言い出したのは、三日目の夜の事だった。
 「降りる? どうして?」
 今の所ユイカ達の仕事は順調に進んでいる。極端に強い敵が出て来ているわけで
もないし、連日四十度を越える気温で体調が悪くなったわけでもないのだが。
 「危険すぎる。今日も北で全滅した隊が三つも出たしな。何かイヤな予感がする
んだよ」
 全滅した部隊以外では死人どころか、たいした怪我人も出ていないのだ。スタッ
クには、何か別の悪意を持った存在がこの傭兵団を狙っているようにしか思えなか
った。
 「それに……」
 「それに?」
 不思議そうな表情を浮かべた聞き返してきたユイカに、スタックは穏やかな笑み
を浮かべて答える。
 「強くなる修業なら、ここ以外でも出来るだろ?」
 「……知って…たんだ?」
 ユイカは、小さな声で呟いた。朱鳥ですら気が付かなかったのだ。まさか、スタ
ックに見抜かれるとは思わなかった。
 「当たり前だろ。こーんな変な仕事を自分から引き受けたりしてよ。見え見えだ
っつの」
 短期間で実力を上げようと思うのなら、実戦に身を投じるのが一番手っ取り早
い。だからこそユイカは、普段なら「面白味がない」とか言って引き受けないこん
な仕事を引き受けたのだろう。
 その位の事は、スタックにも分かる。
 「だって……。あたし、魔法も使えないし、朱鳥にばっかり迷惑掛けてるし…」
 それに、この間のシオンとクワイプの戦いの時は、自分の先走りで朱鳥には辛い
思いをさせているのだ。その事だって、気にしていないわけではない。
 「……それに……」
 左腕に填められている、鋼鉄の腕枷を見遣る。自分の力が圧倒的に足りない証明
が、そこにあった。
 「ユイカ!」
 掛けられた朱鳥の声で、ユイカはふと我に返る。
 浮かびかけた涙を埃っぽくなってしまったマントでごしごしと拭き、ユイカはい
つもの笑みを浮かべて答えた。
 「そだね。スタックの言う通り、この仕事、降ろさせてもらおう。そうと決まっ
たら……」
 だが。
 「それは困っちゃうんだよね」
 そこに掛けられたのは、一人の男の声だった。
続劇
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai