-Back-

和風
-Nagomi Kaze-
(その3)



 「あーあ。負けちゃったんだ」
 木の上から聞こえてきた声に、スタックは苦笑を返した。
 シュウマのヴァスタシオンを突き付けられているその姿は、お世辞にも格好いい
ものではない。
 「悪ぃな。これ拾ってたらよ、負けちまったい」
 そう言って、樹上のユイカにアミュレットをかざして見せる。どちらにせよ、魔
法の発動体であるアミュレットがなければ魔法剣術は使えないのだ。不利になる事
は否めない。
 「ふーん……」
 掲げられたアミュレットを見た瞬間、妙にそっけない態度でユイカはそのスタッ
クの言葉を受け流す。
 「どうでもいいが、囲まれているな…」
 と、今まで押し黙っていたユウマが口を開いた。他の4人も既に気付いていた事
なのだろう。特に驚く素振りも見せない。
 「第2ラウンドって事か……。けど、誰のお客さんだい?」
 スタックに突き付けていたヴァスタシオンを再び鞘に納め、シュウマはのんびり
と他の面子に問い掛ける。
 「あたし達じゃないわよ。多分」
 自らの真っ赤なリボンを解きつつそう言うユイカ。そのリボンをスタックへひょ
いと放る。
 「それでアミュレットを留めてなさいよ。言っとくけど、エミィに貰ったあたし
の宝物なんだからね。絶対に汚したり、破ったりしないでよ!」
 「ンな大事なもん投げて寄越すなよ……。けど、有り難く借りとくわ」
 どちらにせよ鎖は切れてしまったから、アミュレットを剣に固定する手段はな
い。スタックは受け取ったリボンでアミュレットを剣に巻き付けた。
 「そういえば、母上からの手紙に書き添えてあった。この間盗賊団を一つ壊滅さ
せたから、何かあるかもしれないけど、よろしく…って」
 「ああ、そういえば、そういう事も書いてあったね」
 ぽつりともらしたユウマに、シュウマも首肯き返す。これもよくある事だから、
今更驚いたり怒ったりする事でもない。
 「ったく……あの親はもう…。朱鳥、行くわよ!」
 「ええ。御随意に」
 ユイカも苦笑を浮かべるものの、慣れたものだ。寄り添った朱鳥を再びまとい、
戦闘体勢を整えていく。
 「さて、と。それじゃ、第2ラウンド、始めようか」
 ユウマが眼魔を魔剣へと変化させたのを確認し、シュウマは一人だけ数を減らし
た一同に声を掛ける。
 そして、4人はその場から姿を消した。


 「あのガキども……バケモノか…」
 男…盗賊団の頭は森の中、呆れたような声を出した。
 無理もない。数十人の仕事慣れした盗賊団のメンバーが、たった4人の子供相手
にほんの数分で全滅してしまったのだから。
 既に驚くという次元を通り越し、呆れてしまう。
 「くそ……っ…。せめて、一人くらいは…」
 昔習った穏形術で茂みの中に姿を隠しているから、まだガキどもには気付かれて
いない。
 男は弓に矢をつがえ、目標に向かって狙いを付ける。
 だが。
 首もとに添えられた、冷たい感触。
 抜き放たれた、薄刃の感触。
 「射つか? 射ちたければ射つがいい……」
 そして、低い声。静かな、そして殺気に満ちた声。
 男の首筋に、汗が浮かぶ。
 「ただし、お主の命と引き替えに、だがな」
 振り向けば、死ぬ。そんな凄まじいプレッシャーが男の全身を支配する。
 「射たぬならば去れ。そして、二度と我らの前に姿を見せるでないぞ?」
 「ち、ちくしょうっ! 覚えてやがれっ!」
 そして、男は使い古された捨て台詞を残し、その場を去っていった。
 「やれやれ……」
 盗賊の頭が去ってから、彼に刃を突き付けていた男は、小さくため息を吐きつつ
刃を納める。
 「この僕が脅迫とはな……。全く、エミィの頼みでもなければ絶対にしないぞ、
こんな事…」
 その彼女は既に子供達の所へ行き、話をしているらしい。
 男もその集まりに合流するべく、茂みを後にした。


 「ふぅ……。これで晴れてお役御免かぁ…」
 一人部屋のベッドに寝転んだまま、スタックは小さく息を吐く。
 アミュレットの切れた鎖も修理したし、リボンもユイカにちゃんと返した。その
ユイカ達は、今は家族で集まって思い出話に花を咲かせている真っ最中だから、こ
こにはいない。
 「あぁ……疲れた」
 お役後免になった解放感と、どこからともなく来る奇妙な疎外感に身を委ね、ス
タックはゆっくりと瞳を閉じ…
 こんこん
 と、ドアが叩かれた。
 「誰だ?」
 寝入り端の不機嫌さを全開にし、スタックはドアを開く。
 「あの……」
 そこにいたのは、朱鳥だった。


 「いくら一家団欒の邪魔になるからって、俺んトコに来るかよ、普通……」
 何とも言えない表情を浮かべつつ、スタックは誰ともなしに呟いた。返事をする
はずの朱鳥の反応は、既にない。
 彼女はスタックの部屋に来るなり、彼のベッドに入って眠ってしまったのだ。よ
く見ると、その腕にはユウマの所の魔獣…眼魔が抱かれて、こっちもよく眠ってい
る。
 気鎧となった時には全方位の防御に神経を集中させているのだ。その精神的疲労
は理解出来ないでもないが…
 「ユイカといい朱鳥といいエミィさんといい……ここの人たちは俺を何だと思っ
てんだ、ちきしょうめ…」
 いくら幼なじみとは言えスタックも所詮は普通の男なのだ。今回の旅は盗賊団の
復讐の話で辺りの警戒に集中していたからそういう事まで気が回らなかったが、余
裕のある時だったら一体どうなっていたか…自分で言うのも何だが、保証の限りで
はない。
 「あぁ…もう、知るかよ」
 スタックは無防備な朱鳥のもとへそっと歩み寄り……
 「バカだよなぁ、俺も……」
 彼女の足元に置いてあった毛布をそっと掛けてやる。
 「はぁ…アホくさ。寝よ寝よ…」
 そして、スタックは床にマントを敷き、そこに横になった。
 明日こそはちゃんとベッドで眠りたいな、と思いつつ。
第5話へ続く!
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai