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和風
-Nagomi Kaze-
(その2)



 「やれやれ……。ったく、死ぬほど眠かったんだからいいじゃねえかよ…。別に
減るもんじゃなし…」
 両頬にユイカの手形の痕を付けたまま、スタックはぼやく。
 結局スタックが目覚めたのは翌日の朝、宿の人に運び込まれたベッドの中でだっ
たのだ。
 「減る減らないの問題じゃないでしょ」
 ユイカは相変わらず不機嫌そうに答える。
 既に日は高い。ユイカは朱鳥の転じた気鎧を身にまとい、スタックも自らの巨大
な剣…『賜りもの』と名付けられた剣を無造作に構えていた。その大剣の柄には、
古ぼけたアミュレットが無造作に巻き付けられている。
 そこに訪れる、二つの気配。
 「ユイカ、俺はシュウマの相手をしたいんだが…」
 ちらりとユイカの方を見たスタックの視線が、一瞬だけユイカと絡み合う。
 「OK。それじゃ、あたしはユウマの相手に回るわ」
 意外にあっさりとそのカードを認めるユイカ。何かスタックには考えがあるのだ
ろう…と、踏んでの事だ。それに、今の自分の実力では兄であるシュウマはおろ
か、スタックにも勝てるかどうか怪しいところだった。
 「それじゃ、頑張ってな、ユイカ!」
 「スタックもね」
 ユイカ達の動きに応じ、目の前の二人組…ユイカの兄と弟…も動く。
 そして、戦いは始まった。


 「ちっ……。僕の相手は姉上か…」
 戦いの舞台を屋根の上へと移し、男の子は小さく呟く。
 「あら。あたしじゃ不満? それとも、女の子相手じゃ本気が出ないかしら? 
ユウマ」
 戯けたようなユイカの口調に、小さな男の子…弟のユウマ…は小さく笑みを浮か
べた。
 「まさか…」
 女性に手を上げるのは美しくないが、実の姉が相手の勝負ならば、特に遠慮する
事もない。
 「征くぞ、眼魔!」
 「ぷぎぃっ!」
 ユウマの傍らを飛んでいた魔獣が、ユウマの掌へと舞い降りる。掌へと降り立っ
たその時、魔獣は姿を霧か液体のように転じさせ…
 次の瞬間には、2mに達せんとする巨大な大剣へとその姿を再構成させていた。
 「姉上を倒した後にはあのでかい奴か兄上を相手にしなければならないからな。
速攻で行くぞ!」
 自分の身長よりも大きな魔剣を構えつつ。
 ユウマは、ユイカへと攻撃を開始した。


 「腕を上げたな、シュウマっ!」
 巨大な長剣を大きさに見合わない鋭さで振るいつつ、スタックは笑みを浮かべ
る。
 「そういうスタックこそ、なかなか…」
 一方の青年…シュウマは、腰のヴァスタシオンさえ抜いていない。風にそよぐ柳
のごとく、ゆらりゆらりと斬撃を流しているのみだ。
 こちらの戦いの舞台も、屋根の上。
 「だが、俺は…」
 一瞬の溜めの後、スタックは凄まじい速度での刺突を放つ。
 「俺は?」
 電光の刺突を避けようともせず、シュウマは呟く。正眼に見据えた瞳が静かに映
し出すは、『賜りもの』の刃の先。
 刹那。
 シュウマは見事な飛翔を見せ、スタックの刃を躱していた。
 最後まで剣を抜く事無く。


 「で、誰を倒した後にだって?」
 ユウマの斬撃を羽衣の気鎧で受け流しつつ、ユイカはくすくすと笑う。
 「速攻で倒される程、あたしは弱くないわよ」
 羽衣をふわりと動かしてユウマの視線を遮りつつ、一挙動で相手との間合いを取
る。
 正直な所、ユウマの実力はユイカが思っていたよりも随分と上がっていた。朱鳥
が的確に眼魔の斬撃を受け流してくれるから、防御に心配はない。その分はユイカ
にとって有利だが、そうでなければ実力は互角…と言った所だろうか。
 「隙あり! 秘剣……っ!」
 そんな事を考えていると、ユウマが大剣を構えているのに気が付いた。ユイカは
一瞬のうちにユウマとの間合を詰め、大剣へと羽衣を巻き付ける。
 実力が伯仲している敵相手に、大きな隙を見せるような愚かな真似などしない。
するとすれば、それは囮というものだ。
 「そんな前フリの大きな技、あたし達格闘家相手に通じると思ってるの? それ
が甘いって言うのよ」
 息を吹き掛けられるほど密接したユウマの耳元に悪戯っぽく囁き、ユイカは再び
間合を取ろうと後へと跳ぶ。それと同時に天を指したまま動きを封じられていた大
剣の封印を解き放ってやる。
 だが、着地しようとしたユイカの足元に襲いかかったのは、ユウマの放った漆黒
の衝撃波。ユウマは大剣の動きを封じられた後も、放とうとした技を解いていな
かったのだ。
 「甘いのは姉上だ!」
 さらに追い打ちを掛けるべく、ユウマは大剣を構え、巻き上がった砂埃の中へと
跳躍した。身長差はあまりないから普段のような小回りの利いた戦い方は無理だ
が、それでも持ち前の機動力を生かす事は出来る。
 「あーあ。折角朝からお風呂に入ったのに…。これじゃ、砂だらけじゃない」
 砂埃の中から響く、声。
 「何っ!」
 「だから、甘いって言ってるじゃない。駆け引きがなってないわよ、全然」
 飛び込んだユウマを待ち構えていたのは、ユイカの放った一発の拳打であった。


 「面白くないなぁ……」
 スタックの剣を流しながら、シュウマは小さく呟いた。
 確か、去年の勝負の時にユイカと戦っていた時のスタックの実力は、もっともっ
と上だったはずだ。だが、目の前の男は何を思ってか、本気で仕掛けてこない。
 最初の辺りはただの様子見だと思っていたのだが…それはどうやら彼の勘違いの
ようだった。
 だから、シュウマは自らの刃を抜こうとしないのだ。
 「ちっ……。いい加減、勝負したらどうだっ!」
 再び繰り出されるスタックの刺突。しかし、その刺突は誰か別の者を相手にして
いるようで、全く鋭さがない。
 シュウマはそんな刺突を躱そうともせず、一言だけ呟く。
 「君が誰と戦っているのかは知らないが…僕はここだよ」
 と、その一言でスタックの大剣の動きが止まった。
 「…………。そうだな」
 ゆっくりと大剣を引き戻し、スタックは小さく笑う。何かの迷いを完璧に振り
切ったような、笑顔。
 「さっきまでの事は忘れてくれ。ここからは、本気の俺で行くとしよう」
 再び刺突の構えを取り、スタックは二、三言の短音節の呪文を唱えた。それと同
時に、柄に巻いてあったアミュレットが鈍い輝きを放つ。
 「嵐呪……」
 シュウマよりも幾分大きなスタックの体を取り巻くようにして起こる、風の壁。
そう。スタックはただの剣士ではない。剣も魔法も使いこなす、魔法剣士なのだ。
 「吼撃尖っ!」
 先程までとは比べ物にならない程の、圧倒的な剣速。そして、その大剣を包み込
むように渦巻いているのは、魔力の風によって生み出された嵐の槍だ。
 「うん。こうでなくっちゃね」
 シュウマは清々しい笑みを浮かべると、襲い来る嵐の槍を一刀のもとに弾き返し
た。
 薄氷の美しさを秘めた、鋭き刃の一閃をもって。

 「姉上は……卑怯だ」
 吹っ飛ばされた森の中で、ユウマは小さく呟いた。木の枝に引っ掛かっているか
ら、邪魔になる大剣は眼魔の姿に戻っている。
 「誰が卑怯って?」
 やって来たユイカは、ユウマの引っ掛かっている枝に飛び移るなり、苦笑を浮か
べて質問を寄越す。こちらの朱鳥も森の中では邪魔になるため、いつもの少女の姿
に戻っていた。
 「『朱鳥』は全ての攻撃を自動的に受け止めてくれるのだろう? これでは2対
1ではないか。正々堂々とは言えないと思う」
 ユウマも朱鳥がユイカの魂の一部だという事は知っている。だが、それでも正々
堂々とはどうしても思えないのだ。
 「あなたの眼魔と一緒よ。あなたがあんな大きな剣を自在に使えるのも、眼魔の
おかげでしょう?」
 絡まった木の枝を朱鳥と一緒に外しつつ、ユイカは可愛い弟の質問に優しく答え
てやる。
 「………なるほど。ならば…」
 ユウマは自由になるなり別の枝に飛び移り、鋭く言葉を放つ。
 「今度はそういう力に頼らず、自分の力のみで勝負…」
 ぱかっ!
 「いくら姉弟とは言え、『ありがとう』くらい言いなさい。ありがとうくらい。
ね?」
 思いっきり頭をはたかれてしゃがみこんでいるユウマに苦笑しつつ、ユイカはそ
の隣に腰を下ろした。


 シュウマとスタックの戦いも、舞台は森の中へと移っていた。
 「氷蜘っ!」
 スタックがシュウマの動きを絡め取ろうと氷の飛礫を放つ。放たれた氷の欠片は
一瞬で拡散し、辺りに蜘蛛のごとき氷の網を張っていく。
 「へぇ……面白いなぁ」
 避けたつもりが、服の端を捕らえられてしまうシュウマ。氷の網は触れた瞬間に
凍り付いてしまうから、かすっただけでも動きを止められてしまう。
 「行くぜ、莱牙閃っ!」
 「まだまだっ!」
 2mに達する大剣の斬撃を軽く受け流し、その勢いを利用して氷の網を一気に断
ち切っていく。凍り付く速度よりも、斬撃の迅さの方がさすがに速い。
 「今度はこっちの番……かな」
 楽しそうに呟き、シュウマは自らのヴァスタシオンを鞘へと納めた。
 「行くよ」
 そのまま2、3歩ほど軽快にステップを踏み…
 姿を、消す。
 「ちっ……何処へ行きやがった……?」
 ユイカの使うような穏形術ではない。あまりにも速すぎるシュウマの動きを、捕
捉する事が出来ないのだ。
 しかし、スタックとてその程度の対処法は仕込まれている。風の魔法で瞬時に簡
単な結界を張り、辺りの音と気配の流れに精神を集中させていく。
 「そこかぁっ!」
 シュウマの目にも止まらぬ居合斬りをほとんど勘だけで受け止めるスタック。
 だが。
 「しまった!」
 斬撃の余波で柄に無造作に巻き付けていたアミュレットの鎖が千切れ、弾き飛ば
されてしまう。スタックは、慌ててアミュレットを受けとめに走りだした。
続劇
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