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 某月某日、はれ。
 今日は有給が貯まってたんで、これ幸いとばかりに有休を取った。フィナファイエ
ルは夜番とかで昼過ぎまで帰ってこないし、午前中はおもいっきし寝ようと思う。

 あ、『解き放つもの』のブレードが欠けてたんだった。こないだ頑固親父の魂斬っ
たからなぁ……。
 研ぎに出しとかないと。



「とほほ……。ゆっくり寝たいのにぃ……」
 少女は小さくため息を付くと、ブーツの金具をかちゃりと留めた。
 このブーツも大分くたびれてきてるな、来月のお給料が入ったら新しいヤツ買おう
かしら……とか何とか思いつつ。少女はたんたん、っとブーツの調子を整え、玄関口
に立て掛けてある巨大な鎌を手に取る。
 鎌、と言っても日曜の草刈りに使うようなハンディサイズの物ではない。少女の身
長よりも大きな、ばかでっかい鎌だ。
 これが、彼女の商売道具……一般に、『死神の鎌』と呼ばれる物。
 その鎌をひょいと肩に担ぎ、少女は玄関を出ようとする。
 が。
「やぁん……。相変わらず邪魔くさい〜っ」
 思いっきり玄関口に引っかかってしまった鎌に、半ばキレかけた声を上げてしまう。
 少女の暮らしている部屋は2DKの賃貸アパート(バストイレ付き、冷暖房・有線
放送完備)だから、玄関もそれ相応の広さでしかない。そこを2mもある巨大な鎌を
抱えて出ようと言うのだ。ひっかかりもする。
「ったく、鎌置き場くらい作ってくれてもいいじゃない……個人持ちだからって、も
う」
 会社から支給される鎌には専用の置き場があった。しかし、会社から支給される大
量生産の鎌は切れ味があまりにも悪く、回ってくる仕事の半分も片付けられないのだ。
仕方ないから、社員の九割は高い切れ味と魔力同調性を誇るカスタムメイドの鎌を自
腹で購入している。
 だが、仮に会社側が専用の鎌置き場を作ったとしても、それが利用されるかどうか
は疑問が残るところであった。おしなべてカスタムメイドという物は価格が高く、最
も安い鎌でも給料の2〜3ヶ月分は平気で飛ぶ。そんな高価な品物を、会社などに置
きっぱなしにするとは思えないからだ。
 多分、愚痴っている少女自身も鎌置き場が出来たからと言って置いて帰るような真
似はしないだろう。
「ま、いっか。早く行って来よう」
 少女はやっとの事でアパートの玄関を抜け出すと、担いでいた鎌をきゅるきゅると
軽快に回し、鎌の柄を地面と平行となるように構えた。
 そのまま鎌の柄にひょいと腰をのっける少女。すると、鎌は少女の合図でふわりと
空へ舞い上がったではないか。
 この便利さも、少女が何だかんだ言って邪魔な鎌を持ち帰っている理由の一つ。
 鎌はかなりのスピードで、青い空へと溶け込んでいった。


「ただいまぁー。フィナ、帰ってるんだぁ?」
 鍵のかかっていないドアをがちゃりと開けるなり、少女は玄関の向こうに声をかけ
た。
 玄関の上がり口には白くて可愛らしい靴が一足増えているから、すぐに分かる。
「あ、ベル、おかえりー」
 夜勤明けでお風呂から上がってきたばかりなのだろう。薄手のタンクトップにパン
ツというラフな姿で、彼女の同居人……天使のフィナファイエルは少女を出迎えてく
れた。
 フィナとは研修校の寮で同室だった頃からの付き合いだ。研修校を卒業し、別の会
社……天国と地獄の魂回収業者……に就職してからも一緒の部屋で暮らしている。
 彼女達の職場の近くは、土地が高いのだ。土地が高いと言うことは、当然ながら部
屋代も高くなる。二人で家賃を折半する事で、彼女達は何とか職場の近くに住処を確
保していた。
フィナとベル。流行りの鎌ストラップは風鈴な様子(笑)

「ん。夜勤お疲れ様。今からお休み?」
 自らの商売道具、巨大な鎌を玄関に立て掛
けながら、少女……ベルはフィナの方へと返
事を返す。
 鎌は既に見事に研ぎ直されていて、欠け一
つない。
 おかげで、今月の給料の大半は飛んでし
まったのだが。
「ええ。天候庁がこないだ、2000年問題
だとかでシステム壊しちゃったでしょ? そ
のせいで仕事がきつくって……。お肌も荒れ
ちゃうし、もう最悪よ」
 そうため息を吐いてみせるフィナ。
 前々から危惧されていた2000年問題。
コンピュータの記憶構造の都合でコンピュー
タが暴走を起こすというあの問題が、世界の
天候を管理する省庁で起こってしまったの
だ。おかげで世界中の天候が狂ってしまい、
夏は猛暑と強烈な台風、冬は豪雪と言う風に
次々と死者が続出する始末。
 死者が増えたおかげで、フィナやベルの仕事の量も圧倒的に増えてしまっていた。
「うちも一緒。お互い、やってられないわね」
 当たり前だが、天国と地獄では回収する魂の管轄が異なる。だから企業間の競争と
いうものは皆無に等しい。だが、だからといって単体での仕事が楽……というワケで
もなかった。
 天国に行く魂も、地獄に行く魂も、こういう時は等しく大量に出るのだ。どちらの
会社も自らの担当する魂の回収に躍起になっていた。
「まあ、とりあえず私は寝るから……。冷蔵庫にシュークリーム買ってきといたか
ら、晩御飯食べたら一緒に食べましょ。それじゃ、お休みぃ……」
 フィナはリビングに置いてあった蚊取り線香と蚊遣り豚を抱えると、そのまま自分
の部屋に戻って行ってしまう。夏はこの辺りにも蚊はちゃんと出るのだ。
「ん。あたしも寝るけど……おやすみぃ」
 『一応、神様の下で仕事してるヤツが蚊なんか殺していいんだろうか……』などと
ベルは思ったが、さすがに口には出さなかった。

< 単発小説 >



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