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『カナエ・鼎・叶』
第2部
第5話 スラムにかかる虹(後編)



 マーカーの所にナウシズさんのエアバイク・エグゼキューレDLLが持ち込まれ
て、数日が過ぎた。
 「よっし、これでおしまいっ! カナエ、閉めていいよ」
 「ん、分かった」
 あたしは持ち上げていたDLLのフロントカウルをそっと降ろす。その降ろした
カウルをマーカーは慣れた手つきでロックする。
 「ふぅ。ナウシズ、終わったよ」
 マーカーは10時を過ぎたらさっさと寝ちゃうから徹夜はしてない(この辺やっ
ぱり子供だ)。でも、連日の精密作業でさすがに疲れた口調だ。
 「カナエちゃん、マーカーちゃん、ありがとーっ」
 向こうでお茶を飲んでいたナウシズさん(バイクがないとお仕事にならないから
毎日来てる)が、やってくるなり嬉しそうに微笑む。その顔は本当に嬉しそうだ。
 「ね、エンジンかけていい?」
 「ああ。いいよ」
 ナウシズさんはにこにこしながらDLLに乗ると、子供っぽい口調に似合わない
軽快な動きでエンジンに火を入れる。
 「いい音ね。さすがマーカーちゃん」
 「けど、しばらくは無理させちゃ駄目だよ。電装系が動きを覚えてないだろうか
ら」
 そう。機械は全ての構成部品がその動きを覚えるまでは本調子とは言えない。あ
たしも修復された直後の一週間くらいはほとんど仕事らしい仕事はしてない…い
や、させてもらえなかった。その辺にお使いに出るとか、軽い荷物を運ぶとか、そ
んな簡単な仕事から自分の体を徐々に慣れさせていったのだ。
 「ん、分かった。しばらくは無茶しないよ」
 「セブン、よろしく頼むな」
 「まかせて」
 安請け合いをしたナウシズさんを思いっきり無視してマーカーはセブンにそう声
をかけた。

 「どしたの? カナエちゃん」
 それから少しして。スクラップ置場にいたあたしに声をかけてきたのは…
 「あ、ナウシズさん……。まだ帰らないの?」
 「帰るからあいさつしに来たんだけど……。何だか元気なさそうねぇ」
 ナウシズさんはあたしの隣に腰を下ろしてくる。
 「みんな仲良さそうだったから…。ちょっとね」
 3人の中にはちょっと入りづらかった。そんな事を気にするような人達じゃない
のは分かってるけど…
 「そっか……」
 ナウシズさんは立ち上がると、向こうを向いたままでこっちに声をかける。
 「あのね、いい事教えてあげよっか?」
 「いい…事?」
 あたしの呟きにナウシズさんは首を縦に振った。
 「マーカーちゃんね、レストアしたSvDを絶対に手元に置かない子だったの」
 「…そうなの?」
 知らなかった。マーカーが今までにも何体かのSvDをレストアしてるのは知っ
てたけど……。
 「すぐ信用できる人に譲っちゃうの。ずっと一緒にいると別れが辛いからなん
だって。まあ、セブンの時はちょっとワケありだったんだけどさ……」
 ナウシズさんは少しだけ言葉を濁す。何か後ろめたい事でもあったんだろうか。
 「だからさ、カナエちゃんは自信持っていいと思うよ。マーカーちゃんにとって
カナエちゃんは特別…なんだからさ」
 「分かるの?」
 ナウシズさんはにっこりと笑う。
 「そりゃ分かるよ。だって、マーカーがカナエちゃん見る目、あたしがセブンを
見る目と一緒だもん」
 それだけ言うと、ナウシズさんはスクラップ山の向こうに手を振る。向こうから
やって来たのは、DLLに乗ったセブンだ。
 ナウシズさんはセブンと交替してDLLを浮上させると、セブンと二人でにっこ
りと笑って手を振ってくれた。

 その数日後。
 「はっ!」
 がっ!
 あたしの一撃にスクラップの装甲が歪む。けど…
 「…痛ぅぅ……」
 あたしの手はもっと痛かった。セブンは素手で戦う格闘戦用のSvDだけど、あ
たしは武器を使った時に真価を発揮できる白兵戦用のSvDだ。さらに、素手での
戦いの知識はあたしにはない。
 「やっぱ、これ使お……」
 足元に転がっていたスチールパイプを拾い、剣のように構える。セブンの話では
零型闘技は武器の使用も可能だと言うし、大丈夫だろう。本当は素手での使い方を
会得してからの方がいいらしいけど、痛いのは好きじゃない。
 「はぁぁ……」
 体内のモーターの脈動を感じるように精神を集中させ、体を巡るメモリウムのエ
ネルギー流を確かめるために瞳を閉じる。
 「はっ!」
 モーターの脈動、エネルギー流、そして、インパクトの瞬間。その三つの力をシ
ンクロさせた一撃をさっきのスクラップに向けて叩き込む。
 がぁっ!
 「…ダメかぁ…」
 特化された戦闘プログラムがある分、素手の時よりも確実にダメージは大きかっ
た。けど、セブンが放ったような爆発的な破壊力じゃない。
 「…あたしもみんなの力になりたいもん…。頑張らなきゃ」
 あの話を聞いてから、あたしはもっとマーカーの役に立ちたいって思うように
なっていた。具体的にどうするかは思いつかなかったけど、とりあえずクリー
チャー達と互角に戦える力を得ようと思ったのだ。
 「ん? カナエちゃんじゃねえか。どうしたんだい?」
 と、いきなり後から声がかけられた。

 「マーカーの事?」
 声をかけてきたのは鍛冶屋のおじさんだった。で、ここはおじさんの家。さすが
に鍛冶屋さんだけあって、うちに負けない位の大量のスクラップがあちこちに置い
てある。
 「うん。修理したSvDを手元に置かないって聞いたんだけど……。ほんと?」
 おじさんは首を捻ると、ずれた眼鏡をかけなおす。
 「そういや、あいつが直した子を手元に置いてるの、見た事ねえな…」
 「やっぱりそうなんだ……」
 あたしの言葉におじさんは首肯いてみせる。
 「ガ壱直したときもすぐ俺に譲ってくれたしな…。カナエちゃんの事はよっぽど
気に入ってんだろうな」
 おじさんは店番をしているハズの自律型特小パワードスーツ『ガ壱号』の名前を
出してきた。確か、あの子はAI系統にマーカーの手が入っているはずだった。そ
れ以外はおじさんが修理したと聞いている。
 「ありがと。じゃ、あたしそろそろ帰るね。夕飯の支度しなくっちゃ」
 あたしは時計を見ると、立ち上がった。最近はあたしがマーカーの食事を作る事
になっているのだ。

 「あ、そうだ。前から聞こうって思ってたんだけど、あれ…何?」
 あたしは家に帰ろうとしてふと、鍛冶屋の屋根に突き刺さっている巨大な物体を
指差した。
 「ああ、あれは飛行機械だよ。エアバイクが実用化されるはるかに昔のな」
 見送りに出てきたおじさんがそう説明してくれる。その飛行機械は巨大な紡垂型
の胴体に薄い翼が何枚か付いた、不思議な外観だ。けど、もう動かすための燃料が
ないから動かせないらしい。
 「『栄光』ってんだ。俺のコレクションの一つだよ。あの翼の鋭利さがまたいい
んだ……」
 何だか自分の世界に入ってしまったおじさんをほっといて、あたしは自分の家に
帰ろうとして…
 こけた。
 「痛ぅぅぅ……」
 (ま、こんな子なら手放したくなくって当然か…)
 もちろん、そんなおじさんの呟きは、あたしには聞こえなかった。
続劇(?)
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