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『カナエ・鼎・叶』
第2部
第4話 スラムにかかる虹(中編)



 「ナウシズ……。また整備しようとしただろ」
 「うん。オイル交換くらいしたいもん」
 無邪気にそう答えるナウシズに、マーカーははぁ…と小さなため息をつく。
 「で、どうして電装系にオイル掛けるわけ? 全然別のパーツじゃない」
 電装制御系はオイルにまみれて所々ショートしている。ここまでやられていては
全部替えたほうが早いし、手間もかからないだろう。
 だが、そのツッコミにナウシズはたっぷり時間を置いて、返事を返す。
 「え? 違うの?」
 はぁぁ。マーカーは再びため息をついた。

 あたしとセブンさんはマーカーの言い付けでスクラップ置場に来ていた。とりあ
えず修理に使う為のエアバイクを何台か拾ってくればいいらしい。
 「カナエちゃん、何か知りたそうだね」
 そんな事をしていると、セブンさんが声をかけてきた。
 「え? そう?」
 「うん。顔に書いてあるもん」
 頭にくっついたスタビライザーを揺らしながらセブンさんが笑う。
 「えっと…気に障ったらゴメンね。あの、セブンさんって結構古いタイプのSv
Dだよね?」
 「そうだよ。もうすぐ25年になるかな? あと、あたしはセブンでいいよ」
 セブンはそこらのスクラップに腰を下ろすと、あたしの質問を気にした風もなく
そう答えてくれた。
 「でも…」
 「ウィッシュハウンドをやっつけたあの技の事でしょ?」
 あたしは首を縦に振る。いくら改造してあっても当時の戦闘用SvD、しかも8
歳くらいのセブンのサイズにあんな破壊力があるはずがない。
 「あれはね、『零型闘技』だよ」
 「れいけいとうぎ?」
 セブンは首を縦に振る。
 「うん。機甲闘術とかも言うけどね。SvD用の格闘技術だよ」
 それだけ言うと、セブンはスクラップから立ち上がった。
 「少し戦ってみようか。そっちのが分かりやすいや」

 「はっ!」
 セブンの拳は確かに速かった。けど、あたしが避けられないほどの速さじゃな
い。
 「っとぉ!」
 剣の代わりに持っていたスチール製のパイプで軽く受け流し…さらにあたしは全
力で避けた。あたしのすぐ横をセブンの回し蹴りが通り過ぎていく。
 「ふぅ。やっぱ一筋縄じゃいかないねっ」
 頭部スタビライザーの重心制御機構を最大限に利用した高速の方向転換。セブン
はそのシステムを使って予想外の大胆な攻撃を仕掛けてくる。
 強い。
 けど、それでもあたしの方にまだ幾らかの分があるだろう。
 と、いきなりセブンが攻撃の手を休めた。
 「? どしたの?」
 「『零型闘技』は加減が全然出来ないんだ。けど、カナエちゃん相手に本気は出
せないよ。出したらカナエちゃん、無事じゃ済まないもん」
 確かに。ウィッシュハウンドを粉々にしたあの技を使われたら、あたしだって
粉々になってしまう。
 「じゃ、どうするの?」

 「いくよーっ!」
 あたしは鉄の塊をひょいと持ち上げると、それをセブンに向かって全力で投げ付
けた。一つ当たれば無事じゃ済まない位のサイズの物を数個連続で。
 これならセブンも手加減なしで力を発揮できる。
 「はっ!」
 セブンはそれに向かってダッシュした。
 さっきとは比べ物にならないくらい、速い。
 そして次の瞬間には、あたしの投げた鉄塊は全部粉々になっていた。

 「すごいね。それが?」
 「うん。今のが零型闘技。多分カナエちゃんならもっと強い打撃が打てるよ」
 セブンはにこにこしながらそう言う。
 「って事は、零型闘技ってプログラムなの?」
 あたしの質問にセブンは首を振る。戦闘プログラムかと思っていただけに、
ちょっと意外だ。
 「零型闘技は経験で覚えるんだよ。基本はインパクトの瞬間とモーターの脈動、
あとはシステムを循環するメモリウムの流れを重ねるだけだから、一度覚えちゃっ
たらそう難しいものじゃないし」
 セブンは凄まじく難しい事を、事もなげにそう言った。

 「やあ。お帰り」
 あたし達がエアバイクを持って帰ると、マーカーがすっごく疲れた顔で出迎えて
くれた。
 「マーカー、どうしたの?」
 「いや、ナウシズが来たときはいつもの事だから…」
 部屋の中を見るとナウシズさんがこちらに気付いたらしく、にこにこ顔で手を
振ってくれる。
 「カナエ、こいつの電装系全部取り替えるから……手伝ってくれる?」
 「電装系全部って……すごい手間じゃない…」
 全替えなんかやった事ないから分かんないけど、早くても2、3日はかかるだろ
う。鍛冶屋のおじさんの所には作業補助用の自律型特小パワードスーツの『ガ壱
号』があるけど、ここでの作業は全部手作業なのだ。
 あたしはマーカーの疲れた理由が何となく分かった気がした。
続劇
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