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『カナエ・鼎・叶』
第2部
第3話 スラムにかかる虹(前編)



 「じゃ、また何かあったら来てよ」
 「ああ。そうさせて貰う」
 次の日。ゾルさんは調整の終了したビホルダーを持って、帰ろうとしていた。
 「カナエ。マーカーの事をよろしく頼むぞ」
 「うん。ゾルさんも元気でね」
 あたしとマーカーは昨日はゾルさんから色々な話を聞いた。まあ、ほとんどは格
闘技の話だったけど。
 「また話にきてね」
 「ああ。だが、カナエなら『セブン』の機甲闘術の方が参考になるだろうな。…
そうだ」
 ゾルさんはふと思い出したように呟く。
 「マーカー、ナウシズが『セブン』と『DLL』のメンテにそのうち顔を出すと
言っていたぞ」
 「へぇ、ナウシズが…。分かったよ」
 何だか固有名詞が乱舞している。結局あたしはよく分からなかった。

 数日後。
 「ねえ、マーカー。ナウシズさんとか、セブンとかDLLとかって、何なの?」
 あたし達はスクラップ置場でジャンクの回収をしていた。これがないとマーカー
の仕事は成り立たない。
 「ああ、ナウシズはうちのお客さんだよ。ほらっ」
 「とと…。じゃ、セブンとかDLLっていうのは?」
 スクラップ山の上の方から飛んできたパーツをキャッチする。
 「DLLはエグゼキューレの一機。セブンは俺がレストアした戦闘用SvDの名
前だよ。また行ったよ〜」
 「ねえ、マーカーの修理したSvDって事は…ととと…あたしのお兄ちゃんかお
姉ちゃんって事…? わあっ!」
 ジャンクの一つを受け取り損ねたあたしは、足元のパイプにつまづいて転んでし
まう。
 「セブンは女性型だから、カナエの姉ちゃんになるんだけど……って、大丈
夫?」
 「……大丈夫だけど……。痛い」
 あたしはちゃんと動いてくれる痛覚回路を半分嬉しく、半分泣きたくなりなが
ら、山の上から顔を出したマーカーにそう返事をした。

 「ねえ、あれ…どうしたんだろ?」
 ジャンク回収から帰ってきたあたし達は、人だかりの前で足を止めた。
 「あ、おじさん。どうしたの?」
 あたしは人だかりの最後尾にいた鍛冶屋のおじさんに聞いてみる。鍛冶屋のおじ
さんは、あたし達がいま住んでる二区で、一番の顔見知りだ。
 「おう、カナエちゃんとマーカーか」
 「どうしたの?」
 「ああ。マフィアだよ。新興団体の連中がこの街を縄張りにしようとしてるらし
いってわけで、今ゼラナが頑張ってるとこだ」
 鍛冶屋のおじさんはそう言って人だかりの向こうを指差した。

 「だから、ここらが中立地帯って知らないわけじゃないんだろ? おとなしく引
き下がった方がいいんじゃないかい?」
 ゼラナの声は険しい。
 この辺はマフィア達の中立地帯であった。その背景には色々あるのだが、マー
カーや鍛冶屋などの裏の技術者やその客達の存在も少ないわけではない。
 「へっ。その中立地帯を押さえれば俺達も一度に名を上げられるってもんだ
ぜ!」
 マフィアのリーダーらしい男は部下達に何やら指示を送った。

 あたし達の前にあった人だかりが一気に崩れていく。あっという間にあたしと
マーカー、鍛冶屋さんとゼラナさんだけになる。
 目の前にいたのは、マフィアの人達と、犬によく似たシルエットを持つ鋼鉄の
獣。
 「ウ…ウィッシュハウンドじゃねえか! あんなのが相手じゃ命がいくらあって
も足りねえ…けど、女子供置いて逃げるわけにもいかねえしなぁ…とほほ」
 鍛冶屋のおじさんが情けなさそうに呟く。
 「あんた達、逃げた方がいいかもよ…」
 ゼラナさんもあたし達の所まで下がってきた。だが、逃げる素振りは見せない。
 「へへっ。ウィッシュハウンドごときで逃げ出すような俺じゃないって」
 マーカーはポケットに入れていたハンドガンを手に取る。マーカーのハンドガン
はエアバイクでも破壊できる程の威力を持つ改造銃だ。
 その時。
 「マスターっ! ウィッシュハウンドが五匹もいるよっ!」
 この状態に全然そぐわない能天気な声が聞こえてきたのは、上空からだった。

 ゆっくりと降下してきたエアバイクに乗っていたのはきれいな女の人と、ちっ
ちゃな女の子。
 「あらあら。いつから帝都ブレンバルトはクリーチャーが住むようになったのか
しらねぇ?」
 女の人は唸っているクリーチャーにひらひらと手を振りながら、のんびりとした
口調で話し掛ける。
 「このワンちゃんは貴方がたのワンちゃんかしら?」
 恐がるどころか全然気にしていない。
 「何だ…てめえ…。構わねえ。一気にやっちまえ!」
 五匹のクリーチャーの内の四匹が放たれ、女の人目掛けて襲いかかる。いくら何
でも四匹同時にでは、勝ち目はない。
 「マーカー! 早く撃たないと!」
 けど、マーカーは銃を撃つどころか、ポケットにしまってしまった。
 「マーカーが行かないのなら、あたしが…」
 そのあたしをマーカーは片手で制する。
 「まあ、プロの手口をよく見てなって」
 彼はやけに自信たっぷりにそう言った。

 「う〜ん。ワンちゃんは好きだけれど、ウィッシュハウンドじゃあんまり可愛く
ないわねぇ」
 女の人は腰のサーベルを引き抜くと、舞うような動作でウィッシュハウンドの群
れに切り付ける。
 「うそっ!」
 次の瞬間にはクリーチャーは姿を消していた。その場に転がっていたのは四つの
魔力の珠…メモリシア。クリーチャーの一匹は燃え上がる炎の中に灼き尽くされ、
一匹は膨大な熱量に溶かされ、一匹は凄まじい雷に打ち砕かれ、最後の一匹は凍り
つき、砕け散ったのだ。
 「く…くそっ!」
 最後の一匹が放たれた瞬間。
 「もらったよっ!」
 弾丸のスピードで突っ込んできた小さな影。その影から放たれた一発の裏拳が最
後のウィッシュハウンドを粉々に打ち砕いた。

 「こんにちわ。マーカーちゃん」
 「やっほーっ!」
 ほんの数秒でマフィアを追い払った二人がこっちに向かって手を振る。
 「マーカー、あの人達と知り合いなの?」
 「ナウシズ=ヴァナハとセブンスヘブン。多属性メモリシア『虹』を操る1st
ハンターとそのパートナーだよ」
 マーカーがそうあたしに答えてくれた。
続劇
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