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『カナエ・鼎・叶』
第2部
第2話 その螺旋(ねじ)の巻かれる時



 「う〜」
 あたしは悩んでいた。
 じっと手を見る。
 出力系に問題はない。パワーの調整も完璧。やり方もゼラナさんに何度も教わっ
た。
 あたしはそれをそっと掴む。壊れ物を扱うように、そっと。少しザラザラした感
触が掌に伝わって来た。感度も良好。
 そう、ここまでは問題ない。問題は、ここからだ。
 「えいっ!」
 右手を振り下ろす。
 ぐしゃ
 「あちゃぁ…」
 さっきまで『卵』と呼ばれていた物体。床にしたたった白身と黄身の交ざった液
体に、粉々になった卵の殻が交じっているのが見えた。


 「今日も目玉焼き、失敗だったの?」
 マーカーがくすくすと笑う。相変わらず何かを作ってるようだ。
 「もう、そんなに笑わなくってもいいじゃないのよ」
 マーカーに美味しい目玉焼きを食べさせたくて、料理の練習を始めてから一週
間。ゼラナさん達に教わったおかげで味付け(あたしは何と料理の味がわかるよう
に作られている。前の主人が見栄で付けたらしいけど、これは感謝だね)や火加減
はしっかり覚えた。ただ…
 「でも、カナエの制御系はどこも問題ないはずなんだけどな」
 そう。あたしの卵料理の唯一最大の欠点は、『卵が割れない』事。マーカーも調
べてくれたし、自分でもずいぶん練習した。
 「こういうのは簡単なんだけどなぁ」
 そう呟いてエアバイクを片手でひょいと持ち上げる。今はマーカーに使えるパー
ツの全てを抜き取られ、軽合金製のフレームだけになっているから50キロちょっ
とだろうか。これも捨てられるわけではなく、近くの鍛冶屋さんに回されて日用品
等に打ち変えられる。
 「じゃ、ちょっと外に出してくるね」
 あたしはそれを持ち上げたまま、軽い足取りで外に出た。外に山積みにしておけ
ば、2、3日の内に鍛冶屋のおじさんが回収に来てくれる。


 「よっと」
 フレームをそっと地面に下ろす。あたしももともとスクラップだったから、何か
親近感があるというのか、とても邪険にはできない。
 「すまんが…」
 と、いきなり背後から声がかけられる。
 「ひゃあっ!」
 あたしは反射的に手元のフレームを掴み、思いっきり後に向かってスイングさせ
た。が、そこに加わったのは人に当たる手応えではなく、何か削り取られるような
異様な手応え。
 がらんがらんがらん
 そして、軽金属の塊が地面に落ちる音。でも、あたしの手にはフレームが握られ
たままだ。
 フレームのその先端を、ふと見上げる。
 「うそぉ…」
 あたしは茫然と呟いた。手元のフレームは半分から先がなくなっている。剣で
切ったのとは明らかに違う切断面…どちらかといえば、ドリルの切削面のような切
り口…を見せて。
 「ど、どうしたんだ!?」
 部屋からマーカーが飛び出してきた。が、あたしの後にいた男の人を見て、驚い
たような声を出す。
 「ゾルさん! 久しぶりだね!」

 「そうか。マーカーの。なるほどな」
 ゾルさんはマーカーの話を聞いて首肯く。彼は回転エネルギーを破壊力に変える
格闘術の使い手だそうだ。
 「だが、いきなりフレームとは…。手荒い歓迎だったな」
 彼はそう言って苦笑した。あたしの振り回したフレームを咄嗟にその拳で打ち砕
いたのだという。もちろん、フレームを構成する軽金属はそんな事で壊されるよう
な脆い物では断じてない。だけど、彼は間違いなく砕いている。
 「それは…。ごめんなさい」
 普通は死人が出る場面だったのだ。だが、被害者のゾルさんは怪我ひとつない。
あたしは素直に頭を下げた。
 「いや、気にするな…。それで、マーカー。例の物は出来ているか? 今日はそ
れを受け取りにきたのだが」
 「ああ。珍しい注文だったから苦労したけどね。ついさっき出来たとこだよ」
 マーカーはスクラップの山の中からひとつのヘッドギアを取り出した。
 「はい。注文の『ビホルダー』」
 ゾルさんはそれを受け取ると、しげしげと眺める。
 「こちらの注文通りだな。助かる」
 「どういたしまして。でも、まだ精神リンクが確立してないから今日は泊まって
いってよ。今晩のうちに仕上げちゃうからさ」
 嬉しそうに笑うマーカーの言葉にゾルさんは首肯いてみせる。
 「では、代金はどう払おうか?」
 マーカーはあまりお金を取らない。お金を取らない代わりに別の物を要求する。
それは物であったり、彼の仕事の手伝いであったりと様々だ。だけど、請求額は相
手が必ず払える程度と決まっている。
 「特注だしね…。よし、今日はとりあえず調整料だけ請求するよ」
 ゾルさんの質問に、マーカーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「違う。そうじゃない」
 「え? え?」
 ゾルさんの叱咤が飛ぶ。
 「力が入りすぎている。いや、それは抜きすぎだ」
 「あ…。はい」
 「そのまま…。そうだ」
 あたしは彼の言う通りに腕を動かす。
 ぱかっ   じゅぅぅぅぅ
 キレイに割られた卵が、油を引いたフライパンの上を滑っていく。
 後は味付けと火加減だけ。こっちはゼラナさんのお墨付きだし、大丈夫。
 あたしは、『卵を割ること』を制したのだ。
 「やった…」
 そう。ビホルダーの調整料は、『あたしに卵の割り方を教える』事。
 フライパンから焼き上がった目玉焼きをお皿に移し、もう一つ卵を割る。今度の
はゾルさんの分だ。
 今度も大成功!
 「よくやったな。それを忘れるなよ」
 ゾルさんのその言葉に、嬉しさがこみあげてくる。
 「ありがとっ! ゾルさん!!」
 あたしは思わずゾルさんに抱きついていた。
続劇
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