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−Prologue−  昔の事はよく覚えていない。  でも、生まれ変わってからの事は覚えている。  それは、大切な思い出だから。  そして、これからも忘れないだろう。  それは、大切な思い出だから。



『カナエ・鼎・叶』
第2部
第1話 君の気持ち、私の気持ち



 あたしがマーカーと暮らすようになってから一月が過ぎた。彼の技術屋の仕事の
手伝い…と言っても荷物運びくらいだけど…も出来るようになったし、街の人の顔
もだいぶ覚えられるようになってきた。
 そんなある日の事。
 「え? 引っ越し?」
 あたしはおうむがえしにそう繰り返した。
 「うん。そうだよ。向こうの街までね」
 事もなげに相槌を打つマーカー。
 「でも、ストリートキッズって街ごとのグループ…みたいなの作ってるって聞い
た事あるけど?」
 ストリートキッズだけでなく、パラサイト間の団結というものは非常に強い。特
に街単位のそれは友人というより親子の関係に近いという。
 「そうだよ。でも、その街と街をつなぐ同盟ってのもあるんだよね」
 マーカーはそう言って笑った。

 「そっか、もうここに来て二ヵ月だもんね。じゃ、今度は七区に行くのかい?」
 「いや、この所二区に顔出してなかったから…そっちに行くつもり」
 あたし達の住んでた区画…彼らの間では六区と言うのだそうだ…の顔であるジノ
伯母さんにマーカーはそう答える。
 「そうかい。あとの事はあたし達がやっとくからさ、ゼラナ達にもよろしく伝え
といてちょうだい」
 「うん。伝えとく。じゃ、カナエ、頼むよ」
 あたしはうなずくと、マーカーのエアバイク『エグゼキューレICO』を発進さ
せた。

 「久しぶりだね、マーカー。ゆっくりしていきな」
 差し出された大きな手を握り返すマーカー。ゼラナさんもジノさんと同じ様に恰
幅のいい伯母さんだ。
 「そのつもりだよ、ゼラナ。そうだ、ジノがよろしくって言ってた」
 マーカーはどうやら街と街をつなぐ同盟の人間らしかった。彼は数か月毎に同盟
の街を移り歩き、その街で技術屋をやっているのだそうだ。
 彼等のような裏社会の技術者が一つの街に居座るのは、その街に過剰な力を与え
ることになりかねない。おまけに官憲に検挙される率も格段に上がる。そして、そ
れ以外の様々な理由が重なる事もあり、裏の技師は街同盟間の間を行ったり来たり
するのがほとんどだという。
 「マーカー。こっちの娘は?」
 「ああ。紹介するよ。彼女はカナエ=ローランド。俺の姉ちゃんみたいなもんか
な?」
 ゼラナはあたしにも右手を差し出して来た。あたしはおずおずとそれを握り返
す。
 「マーカーのお姉ちゃんなら…あの子の事、よろしく護ってやってくれよ、カナ
エさん」
 ゼラナは嬉しそうにと笑う…『満面の笑顔』というやつだろうか…と、あたしに
そう言ってくれた。


 新しい部屋も前の部屋とたいして変わらない広さだった。あたしはそこに早速築
かれたスクラップの山に腰掛け、マーカーに声をかける。
 「ねえ、マーカー」
 「ん、何?」
 マーカーはこの前から何かを作っているらしい。だけど、その手を置いて返事を
返してくれた。
 「みんないい人達ね。ジノさんも、ゼラナさんも」
 「どうかしたの?」
 「あたしの事、SvDって知ってて、普通の人と同じ様に扱ってくれるんだも
の」
 あたしにも排熱系の関係で人肌程度の体温はある。だが、内部にある駆動系の振
動までは誤魔化せない。その辺の防振処理のしっかりされた愛玩型やスパイ型なら
まだしも、戦闘型のあたしなら握手しただけでSvDと分かってしまう。
 「そりゃそうだよ。カナエはみんなにとって『スレイブ=ドール』じゃなくっ
て、『マーカーの姉さん』なんだから」
 当たり前のように言うマーカー。
 「でもね、一番嬉しかったのは……」
 「一番嬉しかったのは?」
 あたしは覚えたての『満面の笑顔』を浮かべながら、言った。
 「あたしの事を『お姉ちゃん』って言ってくれたマーカー、あなたよ」
続劇
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