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『カナエ・鼎・叶』
第1部
第4話 ほんとうの、自分



 「システムの解析?」
 マーカーはあたしの言った事を思わず繰り返した。
 「そう。あたしが何でこんなになっちゃったのか調べて欲しいの。出来るんで
しょ?」
 「そりゃ出来るけど…。あんまりやりたくないなぁ」
 あからさまに乗り気でない口調で返事を返す。
 「どうして?」
 「さっきも言っただろ。人の記憶をのぞき見するんだぜ。俺のシュミじゃないも
の」
 「あたしがいいって言ってるのに?」
 マーカーは頷く。
 「カナエにだって人に知られたくない秘密とか、見られたくない思い出とかある
だろ。それなんかも全部見られちゃうんだぜ? 俺だったら絶対に嫌だな」
 「…あたし、思い出なんかないもの。組み上げられてからずーっと、御主人様の
後を護衛して歩く。そんな毎日の繰り返しだったから」
 あたしは多分淋しそうな表情をしてたんだと思う。マーカーは一つため息を吐く
と、口を開いた。
 「分かった。ちょっと待ってて。準備するから」

 「う〜ん。そうか、なるほどね」
 あたしのデータが表示されたディスプレイを確認しながらマーカーがそんな事を
呟いている。しぶしぶやっている…割にはえらく楽しそうだ。
 マーカーのキーボードを打つ手が止まる。解析が終わったらしい。
 「カナエ、あんた、今まで感情制御かけられてただろ」
 彼の質問にあたしは首を縦に振った。
 「それが壊れてる。だから今まで封鎖されてた領域の感情が出てきたんだ」
 「それって…どういう事? いまいち理解できないんだけど…」
 戦闘用SvDのあたしには戦いに関する知識は入っているけど、SvDのOSな
んかに関する知識は全く入っていない。感情制御が外れるとどうなるのか…なんて
分かるはずなかった。
 「だから、SvD本体のデータを改変せずに基本プログラムの一部を封鎖して
…って、分かんないかぁ」
 あたしはやっぱり首を縦に振る。
 システムの事はあたしの中の独立した制御プログラムが担当しているから、戦闘
モードに入らないかぎりあたしは干渉できない。人間が心臓なんかを自由に動かせ
ないのと同じ原理だ。SvD本体の処理負荷を少しでも和らげる措置…とからしい
けど、よく覚えていない。滅多にも使わない記憶は領域管理のため、再構築の際に
どんどん消されていくのだ。
 考えてみれば、SvDってものすごく人間に近い存在なのかもしれない。
 「う〜ん。何て言ったらいいかなぁ…」
 マーカーはうなり始めた。本気で悩んでるみたいだ。
 「マ、マーカー。とりあえず、あたしが分かってもどうなるワケでもないし、今
日はもう夜みたいだし…。また今度でいいから」
 だが、マーカーは首を横に振る。
 「駄目だよ。自分が変わっちゃった理由が分からないなんて不安だろ。出来るか
らには解決して、理解しなきゃ。そうだろ?」
 図星だった。実際には不安でたまらない。自分が何で変わってしまったのか。
 だけど、彼はしばらくすると口を開いた。
 「仮面…。そう、仮面だ」
 「仮面?」
 あたしはマーカーの言った事を繰り返す。
 「うん。今までカナエは仮面を被ってたんだよ。別の人格…感情制御の設定から
言えば冷徹な護衛用SvD…のね。それが、今は無くなってるんだ」
 「…って事は…」
 今度は彼の言いたい事が何となく理解できる。
 「今のあたしが…」
 あたしの言葉に、マーカーが続けてくれた。
 「そう。今のカナエが本当のカナエだよ」

 「本当の…自分…」
 あたしは真っ暗な部屋の中で考えていた。制御されていた口調や考え方が解放さ
れた事、涙を流すことも出来るようになった事…。
 あたしは、生まれ変わったんだろう。
 それは分かる。
 でも…何かが足りない気がする。
 そう、何かが…。
 「むにゃ…」
 あたしの隣で眠っているマーカーの寝言が聞こえてきた。その辺にあった擦り切
れた毛布をそっとかけ、あたしも彼の隣に横になる。
 「姉…ちゃん」
 すると、マーカーがあたしにしがみ付いてきた。いくら天才的なメカニックの腕
を持つとは言え、ほんの10歳と少し、まだまだ子供だ。それに、孤児として育っ
た分、そちらの面は普通の子供より幼いのかもしれない。
 「おやすみ、マーカー」
 あたしは思わずマーカーを抱き寄せた。起こさないように、そおっと。
 「ま…いいか。そのうち分かるでしょ」
 何となく満ち足りた気持ちになったあたしはマーカーを胸に抱いたまま、眠りに
就いた。
 SvDにも休養は必要なのだから。
第2部に続く
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