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『カナエ・鼎・叶』
第1部
第3話 そして、よみがえるもの



 少年は私を運んでいる間も話を続けていた。
 「う〜ん。SvDのレストアなんて久しぶりだし…どうしよっかなぁ」
 余程嬉しいのか、その声は明るい。
 「これだけの機体だったら、あれも付けたいし、あれも…」
 だが、あまりに明るいその声に私は逆に心配になってきた。いくらいい腕を持っ
ているとしても、こんな場所にまともなパーツがあるとは思えない。
 「そうだ、とっておきのあいつも! へへへ、どうしよう」
 その声はあくまで明るい。私の脳裏に一瞬、作業重機となった自分の姿が浮かん
だ。
 (ん……これでは持ちそうにないな…)
 少年の話をあまり長く聞いていたため、エネルギーをかなり使ってしまったらし
い。私は再び状態維持モード…眠りに就いた。
 自分の将来の姿を想像しながら。


 ブゥゥン…ゥン
 体に力が…魔珠のエネルギーが流れこんでくる。システムが活動を再開するのに
問題ないほどのエネルギー量だと答えを返す。それと共にあたしの体を構成する新
たなパーツの情報も流れこんできた。
 情報量からすると、どうやら修復は完了したらしい。
 (…って、あたし?)
 私。それがあたしに設定された一人称だったはずだけど…口調も変わっている。
 (何でだろ…。まあ、いいや)
 考えても分からないのでこの問題はとりあえず置いといて(この考え方も以前の
あたしには考えられない事だ)、あたしはさっき入ってきたパーツの確認をするこ
とにした。コレが分からないと戦闘プログラムがまともに動いてくれない。
 (…けど…。あたしの知らない型番…何だろ?)
 どのパーツもエンタープライズの定めたSvD用パーツの型式番号とは全く異
なった系列の番号が振られている。
 (まさか、本当に作業重機になっちゃったの?)
 あたしはおそるおそる瞳…これも知らない型式番号…を開いてみた。
 「あ、起きたんだね。おはよ」
 目の前にいたのは思ったとおりパラサイトの子だった。薄汚れた短パンにぼさぼ
さの髪。たぶん立ち上がったら腰くらいまであるだろう長い髪だ。その子が嬉しそ
うな顔をして手を振ってくれる。
 「お…おはよ」
 あたしも思わず手を振り返してしまう。
 ここでふと、気が付いた。
 「あたし…作業重機になってない?」
 「はぁ? 作業重機って?」
 少年が間の抜けた返事を返してくる。
 「あたし拾ってくれた所で『あれ』とか『とっておきの』とか言ってたから、
てっきり作業重機にされちゃうのかと…。パーツの型番も分かんないし…って、そ
んなに笑わないでいいじゃない」
 体をくの字に曲げて笑っている少年は、しばらくするとポケットから一枚のディ
スクを取り出して近くの端末をいじり始めた。
 「ごめんごめん。組み立てとドライバの設定に夢中になってて構成パーツのデー
タ入れるの忘れてた。ちょっと待ってて」
 まだ目が笑ってる。傷つくなぁ、もう。
 少し待つと、新しいデータが入ってきた。彼がどうやっているのかは分からない
けど、自動防衛プログラムは動作してない。
 データの転送が終わる間、あたしは自分の体がどうなったのかをぼんやり眺めて
いた。外見上はたいして変わったように見えないけど、出力の方は間違いなく低下
…ヘタしたら家庭用レベルまで落ちてるだろう。
 (ま、運良く生き延びれたことだけでも感謝しなきゃね)
 この子の所で家庭用SvDとして暮らしていくのもそんなに悪いことじゃないか
な? とか思っていると、少年の声がした。
 「転送終わったよ。パーツのデータ確認してみて」
 「ん。分かった」
 転送されたデータを展開し、あたしの体を構成するパーツを一つ一つ確認してい
く。…と、最初に確認したモーター系であたしは腰を抜かした。
 「これって…前のモーターよりパワー大きいじゃない!」
 前の体に使われていたのは軍事用でも屈指の部類に入る強力なモーターだったは
ず。だけど、このモーターはそれよりも大きい力を持っている。
 「あたりまえだよ。パワードスーツに使ってあった奴を俺が改造したんだから。
俺のとっておきなんだぜ」
 少年は自信たっぷりに言う。
 「全部違法だけどね」
 後でそう付け加えるのを忘れなかったけど。

 「ひゃぁぁ…すごいわねぇ。これ、全部あなたの手作りなの?」
 結局ほとんど全てのパーツやフレームが今までのものと同等か、それ以上の物
だった。
 「そうだよ。あんたの体格に合わせてフレーム調整するの、大変だったんだか
ら」
 少年はそう言って笑う。けど、その表情はすごく嬉しそうに見える。
 「あ、そういえばあんた、名前何て言うんだ?」
 あたしは口をつぐんだ。実を言うとあの名前はあんまり好きじゃない。でも、他
に名前はないし…
 「鼎(カナエ)…よ」
 だが、少年はその名前を聞くと羨ましそうにため息を吐いた。
 「叶(カナエ)かぁ。夢を叶えるのカナエだろ。いい名前だなぁ」
 心底羨ましそうに言う。『夢を叶えるのカナエ』、あたしの名前がそんな意味に
取れるなんて全然気付かなかった。
 「あ、あなたは何て言う名前なの? そういえば、あたしもあなたを呼ぶとき困
る…」
 少年は苦笑した。
 「俺……。名前、ないんだ。孤児だったから」
 「あ…。ごめん」
 「いいよ。友達からは『マーカー』って呼ばれてるから、それで呼んでくれたら
いいや」
 また笑う。良く笑う子だ。でも、少し元気がない笑い方。
 「そうだ。一つ聞きたかったんだけど、マーカー。あなた、私の記憶とかいじっ
た? あたし、話し方とか思考パターンが前と変わってるんだけど…」
 SvDの記憶の改変は調整する時などに頻繁に行われる。口調や思考パターンの
変更も似たような物だ。
 すると、マーカーはあからさまに不機嫌そうな顔をして反論した。
 「失礼だなぁ。人の記憶を勝手に見たり、ましてやいじるような失礼な真似、
誓ってするもんか」
 そう言って怒る。怒った彼は向こうを向いてしまった。
 あたしが何も言わないでいると、しばらくしてこっちを向く。
 「…な、何で泣いてんだよ…。そんなに強く言ったつもりじゃなかったんだけど
…」
 両手で顔を覆っているあたしを見て、マーカーが慌てた。
 「…違うの。嬉しかったの。あたしの事、スレイブ=ドールじゃなくって人なんて
言ってくれた人、あなたが初めてだったから…」
 普通の感情を与えられたSvDならいつでも泣けるのだろうが、あたしには感情
制御がかけられているから、今まで泣いた事も怒った事もない。

 人として扱われた喜び。
 あたしの新品の人工皮膚を、『涙』という液体が濡らしていった。
続劇
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