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−Prologue−  昔の事はよく覚えていない。  それは、不要な記憶だから。  メモリーの再構成を繰り返すうち、消えてしまった。  それは、不要な記憶だから。



『カナエ・鼎・叶』
第1部
第1話 創造、そして破壊



 私はある貴族の子息の護衛用SvD(スレイブ・ドール)として注文された。
 個体名は『鼎(かなえ)』。王位、権威の象徴を意味する古代語だ。自分の名前
ながら俗な名前だと思う。
 仮にも貴族用の護衛SvDであるため、外見にはかなり注文がついたそうだ。
が、まあそれはどうでもいいだろう。パワーもスピードも軍事用を凌駕する程の高
レベルのものが与えられ、人形ごときに余計な口を挟ませないよう感情にも制御が
かけられた。
 だが、その力を振るうことは一度としてなかった。
 後で知ったのだが、その貴族の一族は立場はともかく狙われるような才覚も技量
もない…要するに、名前だけの貴族だったらしい。私を造ったのも単なる見栄だっ
たそうだ。

 そして、その力を本来の目的に振るうこともないまま、2年の月日が流れた。

 「パパ、戦闘用SvDの最新モデルが出たんだって」
 「そうか。じゃあ、そろそろうちのも古くなったし、取り替えるか」
 これは間違っている。
 SvDはただの機械とは違い、人間と同様経験を積めば積むほど強くなる。理由
は簡単で、動作プログラムがどんどん最適化され、発展していくからだ。もちろん
私も訓練とシミュレーションにより、この時の最新モデルとでも互角以上に戦える
戦闘プログラムを持っていた。もっとも基本性能だけでも戦闘用普及型の最新モデ
ルなどはるかに凌駕していたのだが。
 この貴族たちはそんな常識すら知らなかったのだ。

 「鼎、『ラスト・ダンス』を踊りなさい」
 不要になったSvDは当然破棄される。だが、メモリシア動力の残留しているS
vDを処分するのはかなりの危険をともなう。ちょうど中身の残っているスプレー
缶を処分するのと同様にだ。
 『ラスト・ダンス』とは、SvDに全力で運動をさせ、残留したエネルギーを完
全に消費させる作業を皮肉った名前である。それは、消えゆくSvDに与えられ
た、最後の舞台…。
 「Yes、マスター」
 私達SvDは命令に逆らえない。私は舞った。持てる戦闘プログラムの全てを駆
使し、内に眠る絶大な力の全てを使って。


 「……こんないい機体を処分しちまうんすか? だってこれ、特A級の白兵戦用
SvDでしょ。戦闘経験抜きでもそこらの普及機でこれに勝てる機体なんてないっ
すよ。この辺のフレームのバランスも絶妙なのに…。はぁ、勿体ねえなぁ」
 聴覚センサーから聞こえてきたのはそうぼやくエンジニアの声だった。
 「そりゃこんな美人手でとびきり仕上がりのいい機体を処分するのは気が引ける
が…。これも仕事だからな…」
 ? おかしい。何故彼らの声が聞こえるのだろう。切られたメインスイッチは偶
然に入ったのだろうが、エネルギーは全て使いきったはずなのに…。
 「仕方ない。こんないい機体を潰したとあっちゃあ寝覚めは良くねえが……。こ
いつのメインスイッチは落としたんだな。じゃあ、やるか」
 かちっ
 軽い音が響く。すると重い駆動音が聞こえ始めた。重い音はだんだん高くなり、
ヒステリックな破砕ブレードの回転音に変わっていく。
 私が寝かされているらしい台が動きだした。だんだん音が近付いてくる。高速回
転するブレードに触れた脚部パーツが砕け、飛散していくのが分かる。私には痛覚
が組み込まれていないため痛みはないが、普通の人間ならショックで死んでいるだ
ろう。
 (怖い…)
 思わずそんな感情が頭脳を支配する。恐怖など感じないよう、制御されているは
ずなのに。
 (死にたくない……死ぬのは…嫌だ!)
 そう思うと、右腕の感覚が伝わってきた。拘束具で固定されているようだが、自
分の意志で動くのが分かる。その瞬間、私は全てを理解した。
 (そうか…死にたく…ないのか)
 普通のSvDなら、使命を全うしたSvDなら心置きなく最後の舞台を踊れるだ
ろう。だが、私は使命を果たしていない。力を使いきっていない。
 だから、全力で最後の舞台を踊れなかった。いや、踊らなかったのだ。
 (ならば…)
 もう下半身は破砕されている。動力炉の組み込まれた胸部を破壊されればいくら
私でも終わりだろう。時間はあまりない。
 (この程度なら…右手が使えれば十分か…)
 右腕に続き、左腕の感覚も伝わってきた。
 私は『瞳』を開いた。


 「何っ! 動いてるじゃねえか! こいつのオーナーは『ラスト・ダンス』をや
らせなかったのかよ! 一生懸命働いてくれたスレイブに対する最後の義務だろう
がっ!」
 「かわいそうだよ! 早く止めなきゃ!」
 エンジニアの一人があわてて緊急停止スイッチを押す。
 だが、間に合わない。
 ぎゅぃぃぃぃいいいいいしゅごぉおおおおおん
 「消えた!?」
 ブレードが停止した時には、美しいA級SvDの姿はなかった。


 (ふぅ…何とか振り切った…わ…ね…)
 私のボディは原形を留めていなかった。最低限必要な主動力部と頭部の中枢ユ
ニットだけ。単にブレードを破壊するなら片手だけでも十分破壊できた。だが、
 (私…事……心配…し…くれた…から…ね)」
 ブレードに傷を付けずに破砕機を抜けるには両腕を犠牲にする必要があったの
だ。
 (動力……限…カ……イ……)
 休眠モードに移行するしかないか。私は光学レンズにひびが入って見えなくなっ
た両目を閉じ、いつ覚めるとも知れない眠りに就いた。
続劇
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